125 / 海をながめる
もうずいぶんと長いこと生きたので、思い立って、今日は近所の浜辺へ行くことにした。
もう2年は履いているであろう某ブランドのスニーカーはぼろぼろで、右足の親指のところの布がほつれている。
買い替えよう、買い替えよう、そのうち新しいのを買おうと思いつつ、一日、また一日と時を重ねて今日まできてしまった。
まるで私の人生のようだな、と思う。
もうずいぶんと長いこと生きたので、今日のような日差しの中、アスファルトの上を歩いてゆくのはずいぶんと骨が折れる。
じりじりとした音でも聞こえてきそうな陽炎の中を、薄い布をまとった私がひとり歩いてゆく。
まるで何かの苦行のように感じられる一方で、逆にどこか救われるような気もして、総じてなんだか現実味がない。
人はこうして意識を徐々に飛ばしながら熱中症になるのかもしれない、などと思いつつ、道の途中の、屋根のあるバス停のベンチに腰掛け、手押し車から、家でいれてきた冷たい麦茶の水筒を取り出し、ひとりのどを潤す。
あまりにも突然の温度差に、内臓たちがびっくりしているのが分かる。
この刺激はあまり身体によくないのだろうな、などと思うので、三口飲んでそれ以上はやめておく。
もうずいぶん長いこと生きたので、私の手足には細いシワが無数に入り、あんなに艶めいていた黒髪もすっかりごわごわの白髪だらけである。
勿論、顔はいうまでもない。
若い頃は、自分が年をとるだなんて信じられなかった。
40歳になり、はじめて衰えを感じ始めて、あっという間に今の年になった。
最近では、もう必要ないかなと思って、化粧をするのをやめた。
その代わり、スキンケアに気を遣いだし、今日も全身に化粧水と乳液とUVクリームを塗りたくってきた。
もうずいぶんと長いこと生きたので、目の前に広がる海を見ると、目を閉じてそのまま逝ってしまいたくなる。
そういう気持ちになることは若い頃もあったが、当時のそれはロマンにも似た、どこか現実逃避する気持ちに酔っただけのものだった。
今は、このまま吸い込まれるように死んで行けたらというリアルな希望でいっぱいである。
でも、そんなことは誰にも言わない。
老人がそんなことを言っても、何にも面白くないし誰も得しない。
もうずいぶんと長いこと生きたけれど、日々は相変わらず残酷なほどあざやかで。
最期の一瞬まであざやかであれ。
そう願い、ひとり海を眺める。




