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『キリトリセカイ』Vol.02(101~200)  作者: 百字八重のブログ


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10/10

110 / 握手会


ゴールデンウィーク前の日曜日、俺は満を持して「むつらぼし昴」の握手会にやって来た。


知らない人のために紹介すると、「むつらぼし昴」は、今をときめく超新星アイドルである。

今年でデビュー5周年になる彼女は、歌える踊れる喋れるの三拍子そろった無敵タレントでもある。

そんな彼女の握手会ともなれば、金額もさることながら、その当選確率はべらぼうに跳ね上がる。

そんな超ラッキーな握手券を、俺はこの度ついに、手に入れた。

これも毎日、浮気せずに推し続けた結果なのだろう。

長蛇の列に並びながら、自分の幸運をこの身に噛みしめ、俺はその時を待っていた。


午後14時。

いよいよ握手会が始まった。

彼女と握手できるのは大体3秒と言われているが、その時に何か気の利いた会話でもできれば、俺という一個人が彼女の記憶に強く残るのだが、残念ながら俺に文才はなく、結局「がんばってください」と月並みな言葉を俺は選んだ。

じり、じり、と列が縮まってゆく。

一歩、また一歩と、彼女との距離が縮まってゆく。


そしてそのとき――。


「次のかたーどうぞー」

スタッフの呼びかけで前へと進み出ると、「むつらぼし昴」が両腕を広げて俺を迎え入れてくれた。

それだけでも感極まるというのに、「今日はありがとうございます!」と言いながら右手を差し出してくるではないか。

いや、握手会なのだから当然なのだが、いやしかし、それにしても、だがしかし、俺は混乱してしまい、結局「が、がんばってくらさい」と噛み噛みになりながら決めていた言葉を告げた。

彼女は「はい!頑張ります♪」と言って、俺に最高の笑顔をプレゼントしてくれた。

その笑顔が最高にかわいかったので、もうその光景だけを思い出にこの世を去りたい気持ちに駆られた。


帰りの新幹線の中で、たった数秒の短い幸せを胸に、俺は弁当をかっ食らっていた。

少しでもスリムに見せるために食事を抜いて行ったので、おなかがすいていたのだ。

唐揚げを食べながら、ふと思う。

あと何年、彼女を追いかけられるだろうか、と。

俺だって年をとる。

彼女だって年をとる。

けれど、この気持ちが続く限り、きっと俺は、彼女が死ぬまで追いかけるのだろうな、とひとり静かに確信している。







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