94_マンネリ防止、万能ハーブと調味料
「はぁ……」
野宿3日目の夜。私は焚き火の近くに座り、干し肉を齧りながらため息をついた。
「この干し肉、味がしませんね」
「塩は振っただろう」
「そうですけど。パンチが足りないというか」
「文句言わずに食って、さっさと寝ろ」
不満げな私の発言を遮るように、ビョルンさんはピシャリと言い放つ。その眉間には、深い皺がよっている。ビョルンさんも硬くて味の薄い肉に対して不満があるのは間違い無いだろう。
「これは由々しき事態ですよ、ビョルンさん」
「はぁ」
「クオリティー・オブ・ライフは大事にしないと、心身の健康に影響を及ぼします」
「はぁ……」
またこいつがなんか変なこと言い出したぞ、とでも言いたげな目でビョルンさんは私を見た。しかし私は大真面目で真剣である。
荷物の中を漁ってみるが、あるのは最低限の食糧と売り物の薬草やポーションのみ。あとたまに、ビョルンさんが彫ったであろう謎の木彫りの置物も出てきだが、今は不要なのでしまっておく。
「今、手持ちのハーブは、と。黒胡椒、生姜、ニンニク、オレガノ、コリアンダー……うん、これだけあれば上手くいくんじゃないかな?」
私は鑑定グラスを覗き込みながら、ポイポイとすり鉢の中に入れていく。そしていくつかのハーブを入れ終わったあと、細かい粉末になるまでめん棒ですりつぶした。
「何をしてる」
「お肉や野菜にかける万能ハーブを作っているんです。私、『美食の魔女』ですから」
「その調合だと、効能が競合するが」
「え、そうなんですか?」
「まったく、お前は……」
私が顔を上げると、ビョルンさんは呆れたように深いため息を吐いた。しかし、重い腰を上げて私のすぐ隣に腰掛けると、すり鉢の中を覗き込んで思考を巡らせる。
「お前の企みは把握した。だが、この量のハーブの調合には、魔力と油で効能を整える必要がある」
「油?」
「香油の類だが、黒星草の種子(黒ゴマ)と白星草の種子(白ゴマ)の油はバーブ類の効能を整え、底上げする効果が期待できる」
琥珀色の瓶に入った、薄茶色の液体がとぷんと揺れる。コルクを抜くと、ふわりと香る濃厚で香ばしい香り。その匂いには非常に覚えがある。
「ごま油じゃん」
「お前の世界にもあったのか」
「はい。料理によく使っていた調味料です。これならハーブとの相性も良さそうですね」
つまりこのハーブとごま油を合わせて出来上がるのは、万能ハーブのドレッシングということになる。私は調合したハーブとごま油を混ぜ合わせて、空き瓶の中に入れた。そして軽く振って混ぜ合わせる。琥珀色の液体の中にハーブが混じり、月明かりに照らされてキラキラと輝く。
「この油とハーブを一晩月明かりに晒しておく。そうすれば効果が纏まって、口にしても無害なポーションになるだろう」
「月明かりに?」
「古くから月明かりは特別な魔力を帯びていると言われている。ポーションの中には日光に当てるものや、月明かりに晒すものもある。覚えておけ」
「はい、わかりました」
私は手帳を取り出すと、詳細なメモを残した。この世界に来てからというものの、日本の生活では考えられないような情報がたくさん集まったように感じる。まさかこの手帳にポーションのレシピを記すことになるなんて思いもしなかったけれど、悪い気はしなかった。
「味は明日のお楽しみ、ですね」
「……フン」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、ビョルンさんの耳は落ち着きなく揺れていた。私はそんな不器用な相棒に笑顔を浮かべて、また干し肉に齧り付いたのだった。
「おはようございます、ビョルンさん」
「ん」
翌朝、目を覚ますとビョルンさんが瓶を光にかざして眺めていた。昨晩は薄い琥珀色だった液体は深い茶色に変わっていて、深緑色のバーブが底に沈澱している。そのコントラストがなかなか美しい。
「まずはドレッシング……もとい『万能ハーブポーション』の味見ですね」
「飲み下すには、少々刺激が強すぎると思うが」
「これは携帯食料を美味しくするためのポーションですよ。お肉や野菜ありきの、特別なポーションなんです」
私の世界で言う、『ごま油とハーブのドレッシング』をこの世界ではポーションと呼ぶのだ。私は少しだけ匙にポーションを落として、舌に乗せてみる。
「ニンニクとごま油が合わないわけがないんですよね。うん、胡椒とオレガノもいい感じ……」
「つまり?」
「おいしいってことですよ。お味見、どうぞ」
私はもう一匙をビョルンさんに差し出した。ビョルンさんのライムグリーンの目が、淡く光る。おそらく鑑定してくれているのだろう。そして光が消えた時、ビョルンさんはおそるおそる、ちろりと匙を舐めた。
「どうですか?」
「悪くはない。が、単体だと味が濃すぎる」
「それを工夫するのが、私の役目です」
私は干し肉を取り出して、少し小さめの器にいれたポーションに先端を付ける。そう、これはドレッシングでもありディップソースでもあるのだ。
「これなら、味気ない干し肉でもパンチが効いて満足感のある食事になるはずです。一口どうぞ」
「ん」
ドレッシングがたらりと垂れた干し肉を見て、ビョルンさんから生唾を飲む音が聞こえる。そして受け取った干し肉の匂いを嗅いで、ガブリと噛み付いた。干し肉の硬さを和らげる方法も考えて方がいいかもしれないな、なんて思いながらビョルンさんの感想を待った。
「ポーションの効果は疲労回復と免疫向上、便秘解消だ。これなら携帯食料としての効果も底上げできる上に、退屈な食事にはならんだろう」
モグモグと硬い肉を噛みながら、ビョルンさんは冷静に分析する。その冷静な表情とは裏腹に、耳がひょこひょこ揺れていた。初めての味に出会った時、彼は必ず好奇心で耳を揺らすのだ。
「売れると思います?」
「そこはお前の腕次第だ」
「つまり、営業トーク次第と」
ある程度の基準は満たせたようで、私はほっと息を吐く。そして自分もポーションにくぐらせた干し肉に齧り付いた。硬いけど、ハーブとごま油の香りと塩味が淡白な肉を味わい深いものに変えている。
いつの間にか、退屈で事務的だった食事が、噛めば噛むほど味が出る楽しいものになっていた。これはエールが欲しくなる味だから、朝ごはんにはちょっと不向きかも。
「冒険者たちは干し肉に飽きている。それなりに関心を持つはずだ」
ビョルンさんの背中を押すような言葉が、あたたかく胸に染みる。私は肉を飲み込むと、ビョルンさんに向かって笑顔を向けた。
「冒険者の方々が美味しいご飯を食べられるように、頑張りましょうね、ビョルンさん」
「ん」
もう一本干し肉を取り出して『おかわり』を催促するビョルンさんに、私は笑ってポーションを差し出したのだった。




