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【第1章完結】異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
異世界の旅路編

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90/92

必要経費という名の

第90話です。

今回はこの世界のお買い物事情のお話です。

ルーンデールを出発して一日目。街道の脇にいくつかの小さなテントが見えた。


「野営地でしょうか?」


「いや。あれは商隊キャラバンだ」


私のなんてことのない質問にも、ビョルンさんはぶっきらぼうに、しかし律儀に答えてくれる。


私の世界にも歴史上にキャラバンが存在していたというけれど、実際どんなものだったんだろう。

商品のラインナップは?値段帯は?仕入先は?色んなことが気になりすぎて、私の視線はそのテントに釘付けだ。


「商人が商隊で買い物をしてはならんという規定はない」


幼い子供を宥めるような声で、ビョルンさんは言い放った。


「つまり?」


「好きにしろということだ」


聞き返すと、ビョルンさんは心底面倒くさそうにため息をついて顎をしゃくった。さっさと行ってこいということだろう。私はガッツポーズをして、その商隊のテントに走っていった。


「いらっしゃい、お嬢さん。南国で人気の香料はいかがかな。それともアクセサリーがお好みで?」


テントの前に座り込んだ商人は、ルーンデールの商人たちとは随分と違う格好をしていた。緻密な模様が描かれたターバンを巻いて、ゆったりとした布を帯で締めている。この世界にも、この国以外の国があるということか。


「この商隊は、外国から来たんですか」


「あぁ。ここからずっと南の国さ。運河と砂漠の国だが、資源が多くてこの国よりも商売が盛んな国だよ」


「なるほど」


確かに商品のラインナップはどれも一級品ばかり。香料、顔料、天然石の装飾品……煌びやかで美しい宝飾品の数々が並んでいる。しかしその中でも一際目をひいたのは、唐草模様の細工が施された銀の櫛だった。


「きれい……」


「お目が高い!こちら、南部でも貴重な銀細工の櫛でね。ひと梳きしただけで、艶やかな髪になるんだ。お嬢さんの栗毛もきっともっと綺麗になるだろう」


商人は私の手のひらに、ハンカチで包んだ櫛を乗せて見せてくれる。それは重すぎず軽すぎず、太陽の光を浴びてキラキラと光っていた。


「どうしてこんなに光っているんですか?」


「温もりの精霊の加護がついているからだよ。こういう装飾品には欠かせない加護をくれる、南の精霊だ」


商人が櫛を太陽にかざすと、櫛が仄かに光る。


「こうして一日一度、精霊の加護を得る。そうすれば髪に加護が宿って、その日一日を元気に過ごすことができるのさ」


「元気になるんですか?」


「あぁ、魔力が宿るからね」


魔力、と聞いて私の頭の中にはビジネスパートナーの不機嫌そうな顔が浮かんだ。きっとこれからも、彼の魔法に頼る場面が出てくるだろう。そんな時、これがあれば彼の支えになれるんじゃなかろうか。


「あの……これ、おいくらですか?」


「銀細工で、加護付きだから金貨3枚だ」


金貨3枚。ルーンデールの報酬金貨20枚を半分に分けたから、私の手持ちは金貨10枚。その中での出費となるとかなりの痛手だ。


先行投資という面で、妥当な値段だとは思う。いや、そもそも受け取って貰えるのかどうかという問題も残っている。


「この櫛は男でも使える。恋人への贈り物にもいいと思うがね」


「こっ……!?」


思ってもなかった言葉に、ニワトリの鳴き声みたいな声が出た。


「ち、違います!彼は、ビジネスパートナーで!」


聞かれてもいないのに、勝手に口がそんなことを口走ってしまう。商人はまるで娘を見るような優しい眼差しで、私を見て微笑んだ。


「そうかい」


「そ、そうです。お世話になっている日頃のお礼として、どうかなと思っただけで。他意はありません!」


慌てて櫛を商人に返して、後ずさる。やっぱりやめておこう、と決意して口を開きかけた。


「ちなみにこの模様には幸運の願いが込められてるんだ。男から女に贈れば、その女は一生美しく過ごせる。女から男に贈れば……」


商人はニヤリと笑って私を見る。そんな様子を見せられては、先を促すように頷くしかない。


「一生、強く、健やかに過ごせるという言い伝えがあるんだ」


「それって、エルフの一生でも通用します?」


思わず私が尋ねると、商人は笑みを深めた。


「もちろん。この草模様は永遠を示しているからね」


「永遠……」


実の所、私はあまり信心深い方ではない。お呪いなんて信じないし、お守りも買わないタイプだ。だけど、この異世界のお呪いや精霊の加護ならなんだかご利益がありそうな気もする。


「うぅん……」


この櫛は値段相応の美しさを放つ装飾品。しかも実用的。ならば、私の答えはひとつしかない。


「この櫛、ひとつください!」




「……で、騙されたと?」


「ううぅ……」


「お前のその鑑定グラスは飾りか?」


「返す言葉もございません」


近くの宿屋について早々、私はビョルンさんの前で正座をしていた。


「馬鹿馬鹿しい。温もりの精霊など聞いたこともない」


「魔法とか妖精がいる世界なら、そういう精霊もいるのかと思って……」


ビョルンさんは険しい顔をしながら、眉間のシワを指で揉んだ。


「召喚士や魔法道具師ほどの能力がなければ、付呪は不可能。それらは専門店でのみ取り扱いが許されている。そう教えたはずだが?」


「はい、教えてもらいました……」


「南からの商隊が扱うのは香辛料や香料、顔料などが主流だ。召喚術や魔術の類はこの国よりも劣っている。付呪の類はまず、詐欺と疑っていい」


「じゃあ私は、まんまと詐欺に引っ掛かったと」


「そういうことになる」


呆れ返った声で肩を竦めて、鋭い目でじとりと睨まれる。私は縮こまったまま、床のシミを数えていた。そんな私の姿を見て、ビョルンさんはさらに追い打ちをかけるように言う。


「お前が、自身の身嗜みに関心があるとは思わなかったがな」


ギクリ、と肩が跳ねてしまった。


「あ……えっと、その……」


「なんだ。はっきり言え」


ビョルンさんが低い声で凄む。その顔を見られなくて、私は床のシミをなぞるように指をイジイジと弄った。


「この櫛、ビョルンさんへの贈り物にしようと思って……」


「は?俺に、だと?」


私の言葉に、ビョルンさんは呆気にとられたように聞き返す。


「ビョルンさんにはいつもお世話になってるし、お礼として贈ろうと思っていたんです」


「……そうか」


ビョルンさんはそれを最後に、むっつりと押し黙ってしまった。落ち着かなさそうに眉間を指で抑えたまま、腰に右手を添えて深い深いため息をつく。そしてその後、こちらに右手を差し出した。


「え?」


「贈り物なんだろう」


「う、受け取ってくれるんですか!?」


「加護はなくとも、実用性はそう変わらん。金貨3枚分を無駄にするよりはいい」


「ありがとう、ございます……?」


おずおずと櫛を渡すと、それと入れ替わるように紫色の布袋が私の手に収まった。


「ん」


「ん?」


「必要経費だ」


袋の中身を見ると、大きさの異なる容れ物が五つ入っている。木彫りの入れ物や瓶、丸くて小さな容れ物と正方形の小さな箱など色とりどりで、ふわりと花の匂いがするそれらに思わず頬が緩む。


「女の好みは知らんぞ」


ビョルンさんが女性の好みを語るとは思わず、私は目をパチクリさせた。そして促されるまま、その小箱を鑑定グラスで覗き込んでみる。


「保湿クリームと化粧水、白粉、紅と眉墨?」


「女物の顔料だ。商人というのなら、そういう類のものも必要だ」


そして取ってつけたように一言。


「……と、アニタが言っていた」


吐き捨てるように言って、ビョルンさんはそっぽを向いた。しかしその耳は上がったり、下がったりしている。


「私のために選んでくれたんですか?」


「お前に任せれば不良品を掴まされるからな」


ぐうの音も出ない。でも、ビョルンさんが選んでくれたということが素直に嬉しい。私は袋を胸に抱いて、お礼を言った。


「ありがとうございます、ビョルンさん。大切に使いますね」


「必要経費と言ったはずだ。長旅とはいえ、これから行くポルタ・サレやセレスティウムの商人は一筋縄ではいかない。見た目で舐められる可能性もある」


ビョルンさんは私に一歩近づいて、頬に張り付いた前髪を払った。彼の長い前髪からは、静かなライムグリーンが覗いている。


「武器の手入れを怠るな」


忠告するような響きの中に、僅かな優しさを感じる。それはきっと、彼の眼差しが穏やかだったからそう感じたのだろう。

ビョルンさんはそれだけ言うと、ふいと顔を背けてその場から立ち上がり、部屋を出ていってしまった。


残された私は、小箱たちを布袋に戻して丁寧に包む。いずれ無くなってしまうものでも、今はもう少しだけその形を覚えていたかった。


翌朝、私はいつもより少し早く起きて身支度をする。小さな鏡の前で、慣れない化粧品をそっと指で掬う。保湿クリームのおかげか、いつもより肌の調子がいい。


白粉をふって、仕上げに紅をさしてみる。普段よりも血色が良い女が、そこにいた。久しぶりに見る自分の顔に、自然と笑みが浮かぶ。


と、そこで部屋のドアが開いて、ビョルンさんが入ってくる。


「おはようございます、ビョルンさん」


いつもの挨拶をして振り返ると、珍しく髪を束ねた姿のビョルンさんがいた。心做しかいつもより寝癖も少ない。そのためがいつもよりも少し気品を取り戻したようにも思える。


「あれ、今日は髪型が違うんですね?」


「ただの気まぐれだ」


面倒くさそうに答えて、大きなあくびを一つ。そして私の顔を数秒眺めて、フンと鼻を鳴らした。


「多少はマシだな」


「すみませんね、化粧映えしない顔で!」


ムッとして答えると、ビョルンさんは揶揄うようにくつくつと肩を震わせた。


まったく、この意地悪エルフめ。


私だって、知ってるんだから。ビョルンさんがいつもより少し早く起きて、あの櫛で髪を整えていたことを。


「これで少しは売上がアップするといいですね」


私の言葉に、ビョルンさんはフンと鼻を鳴らす。その不器用な肯定の返事に、私はまたふふふと笑うのだった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回も引き続きよろしくお願いいたします

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※次回第91話『トロールの小指』の更新は3月6日18時です

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