08_不器用エルフと晩酌を
第8話です。
エルフの顎って細いから咬筋が弱そうだなと常々考えていました。
08_不器用エルフと晩酌を
他のお客様も食事にひと段落がつき始めた頃合になり、どうやら繁忙期のピークは過ぎたようだと料理人たちは大きな息を吐く。
「はい、これはルナちゃんの分ね。ほんとにお疲れさま!手伝ってくれてありがとう」
「こちらこそ大変勉強になりました。ありがとうございます」
「そお?じゃ、働き者のルナちゃんにはサービスでお肉多めにしてあげるね」
そう言ってプレートに溢れんばかりの骨付き肉と熱々のジャガイモ(のような野菜)、キャベツ(のような野菜)の酢漬けを載せてくれた。異世界なので食料の名前は違うみたいだけれど、見た目や雰囲気は日本と同じように思える。
……と、まぁ、異世界の食文化の分析はこのくらいにして。
ちょうど一日働き詰めだった身体が悲鳴をあげていた頃だったので、たくさんエネルギーを取る事が出来るのは素直にありがたかった。
料理を乗せたプレートとエールを手に、大食堂最奥のテーブル席に座るビョルンさんの元に向かった。彼は相変わらず不機嫌そうな顔でチマチマと肉を齧っている。エルフって顔が小さいせいで咬筋が弱いのだろうか。そこまで眉間に皺を寄せながら食事をする人も、そういないだろうに。
「ビョルンさん、お向かいよろしいですか?」
「……」
「失礼しますね」
「許可していない」
「拒否もされませんでしたので」
ビョルンさんはこちらを一瞥してますます不機嫌そうな顔をしたけれど、追い払おうとはしなかった。ふと、テーブルに置かれた彼の木杯の水と自分のジョッキのエールの対比が気になって尋ねる。
「ビョルンさんって、お酒は飲まれないんですか」
「わざわざ思考を鈍らせる必要がない」
「確かにアルコールは脳の処理機能を低下させますからね。ですがアルコールは時に……」
「貴様は飯も黙って食えないのか」
「食事時の会話は、食事を最大限に楽しむために必要な要素です」
とはいえ、私もあまり他人とプライベートな食事を取る機会がなかった為、上手く話題が続かない。
その時、近くのテーブルから、エールを煽る男たちの大きな話し声が聞こえてきた。ビョルンさんは露骨に顔を顰め、フードをさらに引き下げた。まるで特徴的な耳を覆い隠すように。
「可哀想に。あんな陰気なエルフ、放っておけばいいのにな」
「まったくだ。それにしても、あいつ今日も赤字だって? ギルドマスターに迷惑かけるんじゃねぇって話だよな」
「しかも薬草の品質も最近良くないそうだ。安く買い叩くか、いっそギルドから追い出せばいい。あんな効率の悪い商人がいたら、ギルドの評判が下がる」
私は耳を疑い、思わずビョルンさんを見た。ビョルンさんは一切動かず、串肉に視線を落としたままだが、その瞳には深い諦めが見えた。
それを見た瞬間、火がついたように目の前が熱くなった。たしかに彼らの言う通りビョルンさんのビジネスは非効率的かもしれない。それでも不器用ながらに顧客に寄り添った商売をしていることは、彼が丁寧に仕込んだ薬草やポーションを見れば一目瞭然だ。それを理解すらできない者たちが好き勝手言うなんて、あまりにも理不尽すぎる。それに公共の場で同志であるはずのギルドメンバーの悪評を流すなど、なんて非道徳的で底意地の悪い人達なんだろう!
「…あの人たち、ちょっと」
立ち上がろうとした瞬間、ビョルンさんは低く冷たい声で言い放った。
「やめろ」
ビョルンさんは顔を上げることはなかったが、その声は先ほどまでの諦めとは違い、警告の響きを帯びていた。
「 でも……!あんなこと言われっぱなしだなんて。根拠の無い誹謗中傷は営業妨害ですよ」
「このような些事で諍いを起こすのは非効率だ。ましてこの場で問題を起こして、アニタに迷惑はかけられない」
アニタさんの名前を聞いて、熱くなっていた思考が一瞬で冷えた。ビョルンさんにとって唯一の後ろ盾である彼女を困らせることこそ、もっともリスクの高いことなのだろう。彼はリスクを避けて、誹謗中傷に耐えているだけ。…今の自分には、せめて彼の意志を尊重することしか出来ないのがもどかしい。
「……わかりました」
奥歯を噛み締めて、言葉を絞り出した。そんな私を見て、ビョルンさんはほんのすこし目を細めて応えた。
「肉は冷めると固くなる。さっさと食え」
「はい」
再び椅子に座り直して、先程の商人たちを盗み見る。彼らはこちらのことなんて全く気にすることなく、談笑を続けていた。
全くもって腑に落ちない。ビョルンさんもビョルンさんだ。確かに赤字は喜ばしいことではないけれど、杜撰な商売をしているわけじゃない。そもそもビョルンさんの商品を効率的に売り捌けば損失なんて出さないだろうに。不満をこぼすわけにもいかず、怒りのまま目の前の肉串に齧り付いた。ジュワッと溢れる肉汁とスパイスの風味が絶妙で、思わずエールを煽って唸る。
「んん、このお肉おいしい…!」
「……」
「このお芋もホックホクで、バターの塩味がまた最高に合いますね」
「言いたいことがあるのならはっきり言え。視線が鬱陶しい」
お料理が美味しいのは本当なのだが、ビョルンさんは私の行動の裏の意味なんてとっくにお見通しだったらしい。
「あぁ…ごめんなさい。実はビョルンさんの売上が赤字だってこと、アニタさんの帳簿で見てしまいまして」
「そうか」
「なぜ効率的に稼ごうとされないのかお聞きしても?」
ビョルンさんの肉串を持つ手がピタリと止まる。
「貴様には関係ない」
「ビョルンさんならもっと高値で効率的な取引ができるはずです。どうして積極的に利益を追求しないのですか?エルフの矜恃に反するから?」
「……単純な話だ。俺にお前のような商才はない」
彼のぶっきらぼうな言葉には、夢も希望もない諦めのような静けさがあった。まるで回ることをやめた歯車のように、ただそこにあるだけ。その姿にえも言われぬ感情が湧き上がったが、この感情をぶつけるには互いに信頼関係が足りていない。赤の他人に踏み込まれることは誰だって嫌だろう。
「ねぇビョルンさん。私と乾杯していただけませんか?」
「は?なぜ」
「えーと、我々の出会いに乾杯!とか…」
「……無駄なことを」
ビョルンさんは呆れたように言いながらも、自分の冷たい水が入った木杯を、私のジョッキにゴツンと軽くぶつけた。それだけのことなのに、なんだか胸が暖かくなった。
「…!ありがとうございます!」
ビョルンさんは私の言葉を無視して再び串肉を無愛想に口に運んだ。その変わりなのか、ぽつりと付け加えた。
「この肉」
「どうかしました?」
「……いや」
「なにか味に不備でもありましたか」
「普段より質がいいと思っただけだ」
それはきっと誰かと食事をしたからですよ、とは言わなかった。きっと言ったところでぶっきらぼうなこのエルフは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだろうから。
それでも彼の口から食事の感想が聞けたことに、わずかな進展を感じた。彼の人生に目標や計画性なんてものがなくても、美味い食事を楽しむ感性が残っているのならそれでいいじゃない。
それに、と心の中でつけ加える。
ビョルンさんは決して咬筋が弱いのではなく、私が仕事を終わるまで見守っていてくれたのだと、彼の大きな一口で今更気がついた。その不器用な優しさは金貨よりも価値があるように思えて、見知らぬ世界で緊張していた身体の力がほぐれていくのを感じる。
「ありがとうございます、ビョルンさん」
相変わらずこのエルフは不機嫌そうな顔を崩さない。あとどれだけの時間を共に過ごせるかなんて、今はまだ分からないけれど、もう少しこんな穏やかな時間が続くのも悪くないと思うのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回更新は1月9日18時です




