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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
02_バディ結成編

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09_上り下りの分かれ道

「ちょっと待ってくださいよ、ビョルンさん! 痛いですってば」


 教会の石段まで降りたところで、ようやくビョルンさんから解放される。掴まれた部分はジンジンと熱を帯びていた。


「エルフって、実はバカ(ぢから)なんですか!? 小説ではフィジカルは弱いって書いてたのに!」


 場を(なご)ませようと言ってみたものの、ビョルンさんは険しい顔で俯いたまま、返事をしなかった。


「どうしてそんなに王都を毛嫌(けぎら)いするんです? それとも他に、王都に行ってはいけない理由でもあるんですか?」


 ビョルンさんの顔を(のぞ)き込むと、彼は目を背けた。まるで私の顔を見たくないとでも言うように。これは彼が初めて私にみせた、心からの拒絶なのだと理解した。


「なぜ、貴様はそうまでして、元の世界への帰還(きかん)に固執する」


「なぜ? そんなの、家に帰りたいという本能的願望に決まってるじゃないですか。それに……」


 そこで言葉が一瞬詰まる。そうだ、私が帰りたい理由は。


「……田舎に残してきた祖母が、心配なんです。長らく連絡をとっていないけれど、私がいなくなったら……」


 母は私が幼い時に出ていったきり、一度も家に戻っていない。父は知らない。祖父は何年も前に他界している。その上、私まで帰ってこれなくなってしまったら、祖母は一人で生きていくことになってしまうじゃないか。


 だけど、この怒りをビョルンさんにぶつけるのは筋違いだ。必死に言葉を飲み込んで、話を戻した。


「理由はともかく、私は帰りたいんです。帰らなければならないんです」  


 今見えている道は、たったひとつだけ。しかもこの三日間でようやく掴んだ一筋の手掛かりなんだ。私はその道に(すが)るしかないのに。


「王都はダメだ。危険すぎる」


 頑なにそう言うビョルンさん。私はそれに()れて、子供のように声を荒らげた。その言葉がどれほど彼にとって冷たいものなのかも知らないで。


「じゃあどうしろって言うんです? 目標が見えているのに、わざわざ別の道を探せと?」 


「そもそもだ。王都にそう簡単にたどり着けると思うのか? たとえ司祭の推薦があろうと、必ず問題は起こる。貴様が問題を起こした時、責任を取らされるのは誰だと思っている」


 そこで初めて、長い前髪に隠れていたライムグリーンの瞳が見えた。その瞳は普段は(なぎ)のように静かなのに、今は激しい感情で燃えている。それが怒りなのか敵意なのか分からない。だけど確かなのは、私が目の前のエルフを初めて『こわい』と思ったこと。


 後ずさって距離をとると、ビョルンさんは一歩足を踏み出す。


 やめて、来ないで。


 その言葉の代わりに、別の言葉がナイフのように飛び出す。違う、こんなことを言いたい訳じゃないのに、恐怖で思考が上手くまとまらない。 


「じゃあ、そんな理不尽なリスクを被るかもしれないのに、なぜこの街まで同行させてくださったんですか? リスクを回避したいのなら、あの山道で私を見捨てていればよかったでしょ!」 


 ビョルンさんは舌打ちを一つして、冷たく言い放った。


素性(すじょう)も分からぬ異邦人(いほうじん)を放置して、貴様が街で問題でも起こせば、このルーンデール、そして商人ギルドにまで影響が出るやもしれん」


素性(すじょう)も分からぬ』と強調された言葉に、彼の本心を見た。彼は私を信用などしていない。当然だ。何年も生きてきたはずのエルフがたった数日会っただけの、しかも異世界から来た小娘に心を許すはずがない。 


「そんな多大な責任を取らされるのは御免(ごめん)だ。だから、貴様が問題を起こさぬように監視していた。つまり俺にとって貴様は『危険因子(きけんいんし)』だ」


危険因子(きけんいんし)』。思ってもみなかったその一言に、身体が凍りついた。


 彼の言葉は、あまりにも論理的で反論の余地がない。これまで見てきた彼の不器用な優しささえも、効率化のひとつだったのでは無いかとすら思えてくるほどに、彼の言葉は冷ややかだった。


「……そう、ですか。あなたは私を監視するつもりで、面倒を見てくださったんですね。それはさぞ面倒な仕事だったでしょう。お疲れ様でした」


 今、自分がどんな顔をしているのか分からない。ちゃんと笑えていたらいいのだけれど。


「私のユニークスキルは効果不明です。私のステータスは平均以下。つまり私は、ただの一般人。危険因子(きけんいんし)ではないことが証明されたはずです」


 足を後ろに踏み出し、ビョルンさんから一歩離れる。


「どうぞご心配なく。あなたはこれまで通り、仕事に戻ってください」


 ビョルンさんの目が見開かれ、耳が下がる。言いすぎたと感じたのだろうか。だけどもう遅い。一度飛び出した言葉は、なかったことにはならない。


 胸が、苦しい。


 この短時間で、どうやら私はビョルンさんに入れこみすぎてしまったようだ。勝手に期待して、勝手に裏切られたと悲しむほどには、彼と過ごす時間を気に入ってしまっていたのだ。


 これ以上、ここにいられない。いたくない。


 だから私はビョルンさんに背を向けて、足早に石段を登り始めた。一刻も早く彼の前から消えたかった。 


「おい、どこへ行く」


「先程のシスターさんが教えてくださった教会の書庫で、しばらく基礎的な情報収集をしてみようと思います」


「一人でどうにかなるとでも?」


「はい。これまでも一人で生きてきましたから」


 そう、私はずっとそうしてきた。知らない街で、何年もひとりで、労働に、孤独に耐えてきた。だからここでだって、同じことだ。


 それなのに、どうしてこんなに胸が苦しくなるんだろう。思っていた以上に、ビョルンさんの隣は居心地が良かったからかな。


 私は深々と頭を下げて、最後の言葉を紡ぐ。


「短い間でしたが、本当にありがとうございました。このご恩を返せなかったこと、お許しください」


 本心を話しているはずなのに、何故かビョルンさんの顔が見られない。(にじ)む視界は知らないフリをした。


「どうかお元気で」


 そして、再び教会の石段を上り始めた。とうとう雨が降り始め、石段に黒いシミを作る。あっという間に石段は黒く染まり、冷たい雨は私の肩を濡らす。ビョルンさんの声が聞こえた気がしたのは気のせいだ。彼が私を呼び止める必要なんて、どこにもない。


 きっとそれは私の幻聴(げんちょう)、私の願い。


 彼に引き止めて欲しいなんて、わがままにも程がある。雨に濡れた階段を上がる度に振り返りたい衝動に駆られて、とうとう一度だけ振り返ってしまった。


 最後に一言だけ。


「さようなら、ビョルンさん」


 雨音にかき消されそうなほど、小さな声だった。


 振り返った視線の先、石段の下に(たたず)む彼は、雨に打たれるまま微動(びどう)だにせず、ただこちらを見つめていた。前髪で表情は見えない。その肩がわずかに震えていたのは、冷たい雨のせいか、それとも……。


 いいや、考えるのはやめよう。


 足を踏み出し、また一歩ずつ階段をのぼる。もう私は振り返らなかった。 

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