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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
04_VS 魅了の魔女 ハル編

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67_泥棒猫 VS 招き猫

「ビョルンさん!目を覚ましてください!」


 ビョルンさんは答えず、ただ濁った黒い瞳でこちらを睨みつける。


「っ……!!」


 その目を見た瞬間、悟った。


 うん、無理。勝てません。ビョルンさんがとんでもない魔術師だってことは、これまでの付き合いでよく分かっている。


 ……で。今、私ができることとは何か?


 倒れたクレイモアさんの傍らで光る、憲兵を呼ぶための警笛。それを咄嗟に握りしめた。


「三十六計逃げるに如かず!!」


 私はドレスをたくし上げ、ハイヒールを履いていることも忘れて、出口に向かって全速力で駆け出した。


 この警笛を吹くことができれば! 屋敷の外で待機している大量の憲兵をホールに呼び込むことができる!


「逃がすと思ってんの!?」


「っ、ちょ……!」


 ハルの絶叫が聞こえて、耳元でヒュン! と風を切る音がする。自分の髪が切れたと知ったのは、髪飾りがズレたから。どうか金貨75枚分が無駄になりませんように!


 高らかにヒールを鳴らしながら、とにかく一目散に出口に向かう。距離を取ればどうにかなる。


 どうにかなるのか!? どうにかなってくれ!


「あぁ、もう!」


 魅了されてしまったビョルンさんの対処法なんて考えていなかった。だって彼は自らを『魅了が効かない』と豪語していたんだから。私を守る盾になってくれたからとはいえ、術中にハマってたら意味ないでしょうが!!


 全速力で駆けて、あと数歩で玄関口。あと少し、あと少しで!


 扉に手を伸ばしたその時目の前に迫ったのはビョルンさんだった。彼の目は何も映していない。


「げ……!」


 普段怠そうにノソノソ動くクセに、こういう時ばっかりすばしっこいんだから!


 どうしよう、どうする?なにか今からでも使えるものはないか?


「っ、これだ!」


 ふと、給仕係の銀色の盆が目に入った。私は思いつきで盆を拾い上げて、盾のように構える。コミックのヒーローの盾みたいに万能だったらなぁ。


「どいてください!!」


 ハイヒールでもコツさえ掴めば全速力は出せる。全力で踏み込んで、ビョルンさんに体当たりを繰り出した。


「……ぃ、ったぁ!!」


 しかし結果は失敗。いや、当然。


 勢いをつけすぎて派手に転んだ私は、追撃を避けるために慌てて柱の影に隠れる。ビョルンさんは風魔法を繰り出して、柱を削り取っていく。まずい、このままじゃ柱ごとスライスされる。


「ちょっと!! このドレス金貨百枚なんですけど!?」


「あっははは! 貧乏人は大変ねぇ!」


 私はハルの嘲笑に、影に隠れながら腹の底からの返事を返した。


「お金を稼ぐってのはねぇ、大変なの! あんたも日本人ならわかるでしょ!?」


 ドレスを切られたことに対する怒り、ビョルンさんを洗脳したことに対する怒りがふつふつと込み上げて、思い切り叫ぶ。


「説教垂れてんじゃないわよ!」


 ハルは私の言葉に腹を立てて、黒い風を撒き散らす。床のグラスやワインボトルが散らばって、小さなガラス破片が私やハルの頬や腕を切り裂いていく。 


「ハル、あんたには同情する。でも他人様の物を奪っていいってことにはならないんだよ、この泥棒猫!」


「ウッザイんだよ、ババア!」


「まだ二十五だわ!! このクソガキ!」


 ハルの言葉に威勢よく返して、グラスを投げつけた。


「吹っ飛んじゃえ!!」  


 ハルの言葉に従うようにビョルンさんが大きな竜巻を巻き起こし、それは私が隠れている柱に一直線に向かってきた。


「それはナシでしょ!?」


 室内で竜巻なんて規格外すぎる! ビームよりマシか!? そんなことはないか!


 慌てて飛びだして地面に転がると、背後で先程まで私が隠れていた柱が木っ端微塵に砕けていた。一瞬でも遅ければあの瓦礫の中にバラバラになった自分の身体が埋まっていたかもしれないと思うと肝が冷える。


「ぅぐ……!!」


 左足に破片が刺さってしまって、赤い血が流れている。じわじわと広がる鉄臭い液体に、舌を打ちたくなった。さっきみたいな全速力はもう出せない。それどころか私はもう、この場から動くことすらままならない。


「バカな女。私に逆らうからこうなるのよ」


 ハルの冷たい声が静かなホールに響く。


「ここは私の楽園なの。あんたの説教なんて必要ないのよ」


 そして先程まで見せていた猫かぶりの、甘ったるい声で私に問いかけた。


「同郷のよしみで、私に土下座するってんなら許してあげてもいいけど?」 


 その傍らでビョルンさんは糸で操られた人形のようにゆっくりと、そして優雅に、床に落ちていた剣を拾い上げた。ビョルンさんの目は黒く濁ったまま、私を静かに見下ろしている。


 周囲の竜巻は止んで、先ほどの喧騒が嘘のように静かだ。


 ……ん?静か?


「今なら、聞こえる!」


 今、私がするべきことはただ怯えることではない。

 警笛を咥えて、大きく息を吸い込む。


 ピィイーッ!!!


 けたたましい警笛の音がホール中に響いた。

 ハルは心底呆れたような、失望したような顔をしてビョルンさんの方に手を伸ばした。彼女はビョルンさんの腕に絡まるように身を預け、まるで恋人のようにその頬を撫でる。


「あっそ。可哀想な女。カレシに殺されちゃうなんて、ね」 


「ビョルンさんはビジネスパートナーよ!」


 カレシ、なんてそんなチープな関係じゃない。ビョルンさんは誰よりも大事な、私の相棒だ。


「ビョルンさん、しっかりしてください!」


 今のビョルンさんは、ハルの指示通りに動く人形だった。その美しい所作とは裏腹に、ぎこちなく剣を抜いて私の方に歩いてきた。彼から距離を取ろうとするけれど、血を流した左足が痛くて無様に後ずさることしか出来ない。


「……!」


 ビョルンさんを見上げる。綺麗なライムグリーンだった瞳が黒く塗り潰されて、苦しげに歪んでいた。さっきとは少し違う表情だ。


「ビョルンさん……?」


 ビョルンさんの指がビクリと震える。そこで、彼がハルの魔法と戦っているのだとようやく気がついた。


 彼の洗脳を解くことは、本当に不可能なのか?


 限界まで後ずさった時、右手になにかが当たる。そしてそれを視認した時、あることを思いついた。これならビョルンさんを助けられると、確信したのだ。


「ビョルンさん、信じてますからね」 


 その言葉は彼に届かないまま、剣は無慈悲にも振り下ろされた。


「ぁ……」


 自分の身体を見下ろすと、構えていた盆が真っ二つに割れている様と、胸元から腹まで大きく裂けたドレスが目に入る。そしてドクドクと流れ落ちる深い赤色の液体。


 あーあ。この服、金貨百枚分なのに、汚しちゃった。アニタさんに弁償しないとな。


 そんなことを考えながら、私は冷たい大理石の床に崩れ落ちたのだった。 

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