64_悪女による悪女のための断罪劇
第64話です。
今回はタイトルの通り悪女による悪女のための断罪劇。ようやく領主夫妻の悪事が大衆に晒される時がやって参りました。
エリザベスさんの高らかな声が、静まり返ったホールの隅々まで凛と響き渡る。
「こちらの羊皮紙には、ここ数年の税収の虚偽申告、および私的流用の詳細が記されております。王都へ提出された報告書と、領主邸に保管された裏帳簿……クレイモア卿と商人ギルドが命を懸けて暴いた、紛うことなき真実ですわ」
「な……な、何をデタラメを!」
伯爵が激昂し、詰め寄ろうとする。だが、クレイモアさんの鋭い視線がそれを許さない。
「デタラメかどうかは、今ここで読み上げればはっきりいたしますわね。……例えば、昨年の秋。凶作に苦しむ西の村への救済措置として計上された金貨3000枚。それは村へ届くことなく、特注のネックレスに姿を変えました。違いますか?」
会場が静まり返る。淑女たちの視線が、ハルのネックレスへと向けられた。憧れの対象だったその輝きが、今は『飢えた村人の命』を削り取った醜い光に見えたのだろう。
この証拠こそ、アニタさんと乗り込んだ宝飾店の金庫からあぶりだした真実だ。
「さらに、今年の北の関所の修繕費金貨5000枚。これも実態はありません。実際には貴方が王都から取り寄せた、季節外れの希少な香料とに消えておりますわね。……あぁ、ちょうどあなた方がお召しの香の匂いが近いかと」
「黙れ! 黙れ黙れ!!」
伯爵が叫ぶ。だがエリザベスさんの糾弾は止まらない。
「それだけではありません。街の守備に当たった冒険者への褒賞削減、商人ギルドへの重税、市民への追加徴税…それらの金貨は一体どちらに消えたのかしら?」
すっとエリザベスさんのサファイアの瞳が細められ、伯爵を射すくめる。そこには元夫婦の温度はなく、糾弾者の目をしていた。
「徴税額の虚偽申告は重罪です。王命に背き、領地を私物化した報いは、爵位の剥奪だけでは済まないでしょう。地下牢送り、強制労働。もしくは絞首刑」
脅迫めいた口ぶりで追い詰め、エリザベスさんはホールの中央に踊り出す。そしてパシン!と扇を閉じると、ハルに向けて高らかに言い放った。
「あなた方の不正証拠は揃ったということですわ。なにか、言い訳はございまして?」
エリザベスさんの鋭い眼差しが領主夫妻を見抜く。その勢いに乗ったのは、淑女たちだ。この場の強者は誰なのか理解したのだろう。
「まぁ、なんて酷いこと……」
「伯爵の地位を持つお方が、不正を働いていたなんて」
「領民の恥、ですわ」
「やはり貴族の血を引かぬ娘には、領地運営なんて荷が重かったのでしょうね」
ヒソヒソと非難の声と共に、嘲笑が起こる。淑女たちは扇で口元を覆いながら、冷たい目でハルを見た。一転した状況に、ハルは顔を歪めて握りしめた拳を震わせる。
「……!?」
しかし、ハルの顔に焦りは見られない。見て取れたのは、底知れない狂気だった。私はその狂気に身震いして後ずさった。
この女は一筋縄ではいかない。そう直感した。
「な、なんですって……? 3000枚の税金でネックレスを買ったの…?」
ハルは呆然と呟き、次の瞬間、まるで悲劇のヒロインのように口元を抑えて伯爵から飛び退いた。
「信じられない! 旦那様、私を騙していたのね!? 私は全部旦那様が正当に稼いだお金で買ってくれたものだと思ってたのに。まさか、領民から奪ったお金だったなんて!!」
ハルのあまりに鮮やかな掌返しに、会場は凍りついた。
「な……な、何を言っているんだハル! 君がそう言ったから私は……!」
「私はただ『美しいものが好き』と言っただけよ! それをこんな……犯罪紛いの手段で手に入れるなんて、旦那様がそんなひどいお方だなんて思わなかった!」
伯爵は口をパクパクとさせ、自分に縋り付いていた愛しい妻が、今や自分を奈落へ突き落とそうとしている事実に絶望の表情を浮かべる。
「ハル……私が、私がどれだけ君に尽くしてきたか、わかっているのか……!?」
伯爵の声は震え、その瞳には裏切られた衝撃と絶望が溢れていた。今まさに、彼という人間が「正気」を取り戻し、ハルの呪縛から逃れようとしたその瞬間。
「うふふ、冗談ですよ、旦那様。そんなに悲しい顔をしないで?」
「え……?」
「少し遊んでしまいましたの。お許しくださいましね?」
先ほどまでの氷のような視線はどこへやら。ハルは湿り気を帯びた熱い瞳で伯爵を見上げ、その頬を白い指先でなぞった。その指が触れた場所から、毒のようにどろりと粘度の高い、それでいて甘美な響きを持つ声で伯爵に語りかけた。
「だって、そうでしょ?愛しい妻の我儘を叶えるために、国にも領民にも嘘をついて悪に手を染めるなんて。旦那様はなんって素敵な方なのかしら!」
ハルは伯爵の耳元で、蜜が滴るような声で囁いた。
「みんな、私に冷たいのよね。でも、旦那様だけは私を愛してくれる。ね、旦那様? 」
「あ……あぁ……ハル……」
伯爵の瞳から、一瞬宿った理性の光が急速に失われていく。
どくどくと波打つ血管が浮き上がり、彼の表情は再び、ハルという人形に魂を抜かれた抜け殻へと戻ってしまった。
「そうか……そうだな、ハル。君が喜んでくれるなら、私は何だってする。国が何だ、法律が何だ! 君が微笑んでくれるなら、私はいくらでも悪魔になろう!」
「ええ、嬉しいわ、旦那様! 」
その光景を見ていたビョルンさんが、低く、低く唸るような声を出す。
「救いようのない男だ」
仮にも伯爵はエリザベスさんの元夫、この状況下でさすがにそんな直球に言うのは憚られる。しかしエリザベスさんはハルと伯爵呆れたように肩を竦めて、ため息をついた。まるで粗相をした子供を諌める母親のような声で語り掛ける。
「あらあら、お二方。少々落ち着きになって?そんな発情期の猫のような姿を衆目に晒すなんて、恥ずかしくありませんこと?」
エリザベスさんの言葉に合わせるように、どこからともなく現れた給仕係が水を乗せた盆をハルと伯爵に差し出す。
「ふん、そんな顔できるのも今のうちよ!すぐに地下牢送りにしてやるんだから」
勝ち誇ったようにハルが水を煽った。
そのグラスの水は透明で、しかし異様な輝きを持っていた。そう、それこそが今回の勝利の鍵。
「飲んだ……!」
ハルは『水鏡の妙薬』入りの水を飲んだ。つまり自白剤を自らの手で煽ったということだ!この給仕係の采配はバジルのおかげか。調理場に続くドアの隙間から、バジルさんが顔を覗かせてウィンクしてきたので、小さなガッツポーズを返す。
「ハル、今一度お聞きしても宜しいかしら」
エリザベスさんは歪んだ口元を隠すように扇を広げ直し、そして再び高らかにハルに問いかける。
「あなた、旦那様を心から愛していて?」
ハルは美しい顔で微笑む。そして鈴を鳴らすような声で言葉を紡いだ。
「そんなの決まってるじゃない。もちろん愛……」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第65話『』更新は2月19日18時です




