51_燃えカスの底意地
「伏せろ、ルナ!」
ビョルンさんの大きな声とともに、真横を業火の球が吹っ飛んできた。あれっと思う間に刺客の頭はチリチリに燃え尽きてしまって、またしても白目を剥いてぶっ倒れてしまった。しかも今回は泡まで吹いてる。
「ビョルンさん!」
「無事か」
「はい!」
あ、ちがう。無事か聞いたのは私じゃなくて。
「妙薬は無事です!」
「そうか」
火が上がる倉庫から出てきたビョルンさんは、駆け寄ってきて追い討ちとばかりに刺客の頭をブーツで踏みつけた。メショ、と骨が軋む音がしたけど気づかなかったことにする。
炎に包まれた倉庫はごうごうと燃えさかり、真っ赤な木の柱が倒れそうになる。その時、ビョルンさんは手をかざして呪文を唱えた。
「『水よ、沸き上がれ』」
空中に大きな水の流れを生み出して、小屋の炎を鎮めていく。少しずつ、しかし確実に小さくなっていく炎を見ながら、私はその場にしゃがみこんでしまった。
「は、はぁ……」
いつの間にか、刺客は逃げ去っていた。残されたのは煤まみれのビョルンさんと、腰を抜かしてひっくり返った私だけ。先程まで炎に照らされていた裏庭はひっそりと暗く、静けさを取り戻した。
黒焦げになった作業場の倉庫を見下ろすビョルンさん。その背中にかける言葉が見つからない。この場所は、たった一つのビョルンさんの居城だった。それなのにこんなことになるなんて思ってもみなかったのだ。
ビョルンさんが静かにこちらに向かって歩いてくる。そして大きなため息をついて、私の背中に引火した火を消した。
「わぁっ!? 燃えてたんですか!?」
「それぐらい気づけ」
「す、すみません」
暫し、沈黙。沈黙が痛くて、煤まみれになった倉庫を見つめる。
「刺客を送り込んできたということは、領主もこちらの動きに勘づいたか」
「昼間、宝飾店でゼルマンをぶっ飛ばしたからかもしれません」
ビョルンさんが片眉をあげた。そういえば、詳細は話していなかったな。
「以前の徴税係のことか?」
「はい。ハルとの取引の証拠を握っていたんです。ただその時に、一悶着してしまって」
ビョルンさんは座り込んだ私に目線を合わせるようにしゃがみ、静かにこちらの目を見つめる。
「何もされていないな?」
「怪我をするようなことは、なにも」
「そうか」
「むしろ私が怪我をさせました。あまりにもしつこかったので、ビンタを少々」
「ふっ……そうか。役人にビンタか」
ふっと彼の口元が緩む。その声は穏やかで、安堵の色が滲んでいた。そしてゆっくりと立ち上がり、まじまじと焼けた倉庫を見つめる。そして少し思案した後、静かに口を開いた。
「今更我々の動きに勘づいたところで、もう遅い。妙薬を飲ませるタイミングさえ作れば、こちらの勝ちだ」
「そうですね」
私は頷きながらも、視線を落とす。ビョルンさんは淡々としながら言葉を続けた。その淡々さが、今はなんだか心地よい。
「目的達成のため、多少の損失は織り込み済みだ。今は計画のことだけを考えろ」
「……はい」
「この借りは必ず返す」
「はい。絶対に返してやりましょう……!」
肩を落とした私の隣に立ち、ビョルンさんは腕を組む。
「それよりも。これをアニタにどう説明したものか」
「まさか、こんなことになるなんて……」
自分の声はなんとも頼りなくて、情けなかった。ビョルンさんはこちらを一瞥することもなく話を続ける。
「これまで小火を起こしたことは、ある……何度か」
「え?」
私が顔をあげると、ビョルンさんは気まずそうにそっぽを向いた。多分、嘘は付いていないと思う。ただの直感だけど。
「行商人を始めたばかりの頃だ。これまで何度アニタを怒らせたか、数はわからん」
ビョルンさんがよく喋る。わざとらしいくらいに軽い声音で、しかし淡々と。
もしかして……私を元気づけようとしてるのかな?
そう感じてもう一度ビョルンさんの顔を覗き込む。すると目が合ったと同時にふいと逸らされ、どこかバツが悪そうに耳を下げた。やっぱり、ビョルンさんは私を気遣ってくれているのだ。
「……私も。祖母を怒らせた回数なんて覚えてないです」
「手のかかる子供だったようだな」
「そりゃもう。しょっちゅう喧嘩して、その度に祖父が仲裁してくれていたんですよね」
昔を思い出して、その懐かしさに少し笑ってしまった。
「今回は、二人でアニタさんに怒られましょ。ロッドさんが仲裁してくれるかは、分かりませんけれど」
「ふ……そうだな。ロッドからも説教を食らうかもしれん」
「その時は、まぁ、しかたないですね」
冷たい風が吹いて、私とビョルンさんの髪を揺らす。その隙間から見えた彼の瞳は、少し優しい色をしていた。そしてビョルンさんは私のすぐ近くまで歩み寄り、助け起こすために手を差し出した。
「明日は大仕事だ、抜かるなよ」
「ビョルンさんこそ、疲れたからってサボっちゃダメですからね」
ビョルンさんの煤けた大きな手を取って、二人して笑いあう。夜明けの淡い光が、私たちをやわらかく照らしていた。




