05_これぞ異世界ファンタジー!
第5話です。
猫獣人はやっぱりロマンだなって
05_これぞ異世界ファンタジー!
翌日も朝から昼間まで歩き、昼間から夕方にかけて行商人としてのビジネス。今日は通りかかった冒険者風の人を捕まえて体力回復ポーションをいくつかお買い上げいただいた。これで銀貨5枚分の売上になった。
そして日の入りの少し前、ようやく人工物らしい建物や農場が見え始めた。更に歩を進めると、大きな城門を構えた要塞都市に辿り着いた。パンプスはもうヘナヘナのシナシナで、半ば足を引きずりながらビョルンさんの後を追いかけた。
「これが、この世界の街なんですね」
「落ち着きのない行動をするな。無駄な警戒を招く」
「わかりました」
街をちゃんと見られないのは残念だけれど、仕方がない。マントのフードを深く被って、黙ってビョルンさんのあとをついていった。
「通行証を」
厳しい鎧を身にまとった門番が、私たちを見下ろして冷たく言い放つ。それだけで背中に緊張の汗が浮かんだが、ビョルンさんはただ黙って木札を門番に見せた。
「商人ギルドの者か」
「そうだ」
「後ろの女は同行者か?」
ギクリ、と肩が跳ねる。ここで万が一ビョルンさんが『ただ後ろを着いてきているだけの人間』だなんて宣ったら、私は元の世界に戻るどころかこの城塞の地下牢で一生を終えてしまうだろう。お願いだから、同行者だと言って!
「……そうだ」
願いが通じたのか、それともあまりに私が悲痛な顔をしていたせいなのかは分からないが、ビョルンさんは低い声で肯定してくれた。門番は少し訝しげに首を傾けたが、私たちの後にも並んでいる旅人たちの列を見て諦めたように顎をしゃくった。
「問題を起こすなよ」
「ありがとうございます。お勤め、ご苦労さまです」
「…あぁ、民を守るのが我々兵士の仕事だ。あんたも夜道は気をつけな」
「はい、ご助言に感謝いたします」
なるべく礼儀正しく頭を下げると、門番は気を良くしたのか人なつこい笑顔を向けてくれた。やはりどの世界でも労りや感謝の言葉は相手の心を解してくれる最大の便利ツールであるらしい。
跳ね橋を抜けると、そこに広がっていたのは圧倒的な熱量と喧騒に溢れた中央市場だった。しかしその市場をじっくり観察する前に、耳元で。
「ニャアン」
猫が主人に媚びるような甘ったるい声を吹き込まれた。
「ひゃあ!?」
「こんにちは、とってもかわいいお姉さん。お姉さんは旅のお方?」
市場に入った瞬間、するりと腕を掴まれた。ビックリして隣を見ると、艶やかな黒い毛並み琥珀色の瞳が特徴的な占い師風の猫の獣人が妖艶に微笑んでいた。こういう時はミサンガなんかを巻かれてお金を請求されるのだろう、観光地の常套手段だ。
あ、でもお手手がふっかふかでとっても可愛い。猫ちゃんかわいい。
「えぇと、行商をしながら旅をしております」
嘘は言ってない。はず。
「この街は初めて来るのね?」
「ひぇっ」
モフモフの手がフードの中に入り、もちもちの肉球が頬に触れる。いや、かわいい、肉球は反則。
猫の女性は私の顔を覗き込むように両手で触れ、琥珀色の瞳が真っ直ぐに射抜いた。
「不思議なお姉さん。お姉さんはどこから来たの?…えぇ、わかるわ。とても、とても遠くから来たのね。大変な旅だったのでしょう?」
何もかもを見透かしたような瞳に、背筋がすうっと冷えていく。ふかふかで暖かいはずなのに彼女と触れた部分から熱を奪われるような、そんな恐怖すら感じた。
「おい」
「グエッ」
いきなり首根っこを掴まれて、持ち上げられる。踵を履き潰していたパンプスが脱げてしまった。
「貴様に構っている暇などない。立ち去れ」
ビョルンさんの冷たい視線と言葉をものともせずに、彼女はクスクスと笑う。そして名残惜しそうに目を細めると、別れの挨拶をするようにザラリとした舌で私の頬を舐めた。
「ルーンデールの街を楽しんで、かわいいお姉さん」
彼女はそう告げると、まるでそこには最初から誰もいなかったかのように雑踏に消えていった。彼女の甘く艶やかなお香の残り香がまとわりつくようで、大きくくしゃみをしてしまった。
「あ、あは…猫アレルギーでして」
「汚い」
頬を舐められた動揺を咄嗟に取り繕う様子を、心底呆れたように見ていたビョルンさんは舌打ちをして私のマントから手を離した。当然重力に従ってドシャッと地面に叩きつけられることになったが。
「いたた…もうちょっと優しく扱ってくださいよ」
「行くぞ」
ビョルンさんはまるで何事も無かったかのようにマントを翻してスタスタと歩いていってしまう。転がったパンプスを履き直して、市場に入っていく彼の背中を追いかけた。
硬い石畳の上には音や匂いの情報がこれでもかというくらいに溢れていた。キャラバンの音楽や魚屋の呼び声、鍛冶屋が鉄を打つ音やご婦人型の談笑の声など様々な音。そして肉屋の肉が焼ける匂い、ポーション屋のハーブや石鹸屋の香料の香り。
そして最も目を引くのは店員たちの多種多様な民族だ。キャラバンの獣人、鍛冶屋のドワーフ、魚屋のハーフリング、薬屋のエルフ…これぞ異世界ファンタジー!という風貌の人々がこの中央市場には溢れていた。
「すごい、これがこの世界の街…!これが多様性…!」
しかしビョルンさんは顔をしかめ、フードをさらに深く被り直して不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「この無秩序な群れはどうにも好かん」
「活発な経済活動は商人にとってとても喜ばしいことです」
「エルフは静寂を尊ぶものだ」
フードの下の彼の尖った耳を思い出す。そういえばよくあるRPGでのエルフは人間よりも多種多様かつ広範囲の音を拾うのではなかったっけ。もしそうなら、きっと今の状況はビョルンさんにとってかなり苦痛なのかもしれない。
「では早く抜けてしまいましょうか。最短ルートはどちらですか?」
「貴様に言われずとも最短ルートを通っている。気遣いは不要だ」
「相手の体調を鑑みるのは人として当然のことですよ。それに私は、ここまで同行を許してくださったあなたにとても感謝していますから」
「……下らん」
こちらの気遣いの言葉にビョルンさんはひとつ舌打ちをして、人気のない裏路地に足を進めた。彼の表情は分からなかったけれど、その歩みがさらにゆっくりになったことから気分を損ねたわけではないことは理解できた。もしかしてビョルンさんは、感謝や気遣いの言葉に慣れていないのでは。という仮説を立てたが、そんなまさかと否定する。だって彼とは出会ってからまだ一日も経っていないけれど、暖かくて優しい人だと分かるから。きっと誰だって彼の優しさを知っているはずだ。
「おい、置いていくぞ」
「あ、はい!すぐいきます!」
ほら、今だってこうして待ってくれるのだから。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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※次回更新は1月6日18時です




