06_良き商談は良きエールから
アニタさんから支給された新しい服は、ギルド職員の制服のようだった。飾りのない白いブラウスとオレンジブラウンのベスト、そしてベージュのパンツに黒革のブーツ。安くは無い代物だろうに、アニタさんは善意で与えてくれたという事実に胸が熱くなった。
手早く着替えて食堂へと急いだ。新しいブーツはパンプスよりもずっと動きやすい。パンツも通気性がよい素材で、歩く度に心地良さを感じる。
「やっぱりあたしの見立て通りだ、良く似合うね」
大食堂に入ると、アニタさんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます。このご恩、決して忘れません、アニタさん!」
「あっはは! じゃあさっそく、恩返しをしてもらおうかね。頼んだよ」
夕食時の大食堂はまさに戦場だった。暖炉の串に刺した肉を削ぎ、スープをよそい、パンと芋、そして塩漬けしたキャベツを添える。それが今日の一般メニュー、その他にも腸詰肉やペースト状にした芋、野菜のグリルを添えるプレートもある。
それらを区別しながらテーブルに運ぶのが、私に割りあてられた仕事だ。
「ルナちゃん、これお願い!」
「はい!」
「こっちのエールもお願いね、おかわり!」
「はい、ただいま!」
絶えず飛んでくるオーダーを捌きながら、商人たちのジョッキにエールを注ぐ。そして皿が空になればおかわりの皿を持っていく。それを繰り返して繰り返して、とりあえず働きまくった。
「商人って、よく食べるんですね……」
「特にウチは『働かざる者食うべからず。だけど働くためにしっかり食いな!』って言うのがアニタさんの教訓だからね」
小休憩と称して水を煽りながら、そんな話を調理係のハーフリングから教えてもらう。ハーフリングとは小柄で、小さな耳が尖った種族らしい。
「実務的かつ、効率的なモットーだと思います」
とても素敵なモットーだと思うけれど、アニタさんなら尚更人手を増やしそうなものなのに。
不思議に思っていると、ハーフリングの彼女は困ったようにため息をついた。
「この街じゃ料理人って貴重でね? 最近は都会に人が取られちゃって、人が足りてないの」
「最近のことなんですか?」
「そ。なんでも領主様のお屋敷に料理人や使用人をたくさん取られちゃうらしくって」
そこで料理長からストップが入った。
「ほら、そこ! お喋りしてないで、次の皿持って行ってちょうだい」
「はい、すみません。すぐに行きます!」
「愚痴りたくなる気持ちはわかるけどね。さ、こっちのお皿とエールをバジルさんに持って行って」
「バジルさん?」
「バジルさんは奥の窓際に座ってる人だよ。ほら、ちょいとビールっ腹の」
「なるほど、わかりました」
バジルと呼ばれた商人は、食堂の一角にある豪華な装飾のテーブルに座っていた。彼は絶えず笑顔を浮かべ、機嫌良さげにエールを煽っていて、その豊かな髭にはエールの泡がついていた。
「お待たせしました、バジルさん。こちら腸詰肉盛り合わせと、おかわりのエールでございます」
「おや! 初めて見るお嬢さんだね、新人さんかな?」
「初めてお目にかかります、ルナと申します。訳あって本日はこちらで働かせていただいております」
「ルナ嬢! 君は大変、興味深い。あんまりにも機敏に動き回るから魔導人形かと思ったよ」
「恐れ入ります」
過去のファミレスバイトで、最短ルートでサーブする癖を叩き込まれた。そのおかげで、彼の目に止まったようだ。
バジルさんは見るからに上質そうな衣服に身を包んでおり、上流階級であることは一目でわかる。彼の前で粗相は許されない。
しかし緊張する私に対して、バジルさんはにこやかに笑って手を差し伸べてくれた。
「私はバジル。一つ商会を所有しているが、そう大層なものじゃない。ここにいる他の商人たちと同じだよ」
「お気遣いありがとうございます。まだこの地方の作法に疎くて、お恥ずかしい限りです」
「なに、知らないことは学べばいいのさ。よろしく、ルナ嬢」
バジルさんはそう言うと、差し出した私の手を取って、手の甲に軽く唇を触れ、古風な礼をした。なるほど、これが異世界の紳士の挨拶。キザったらしい仕草も、上品な紳士がすると様になるな。
——ゴホン!
わざとらしい大きな咳が聞こえた。音の方を見ると反対側のテーブルに座っていたビョルンさんが、水を飲んで咳き込んでいる。水が喉の変なところにでも入ったのだろうか。
と、そこで彼と視線がかち合う。
しかしすぐに舌打ちをして忌々しそうに私から視線を逸らした。なんなんだ、一体?
「彼とは知り合いかね?」
「ビョルンさんには、こちらのギルドまでの同行を許可頂いたのです。私にとってビョルンさんは大切な恩人です」
そう言うと、バジルさんはこぼれ落ちるくらいに目を丸めた。
「驚いた。彼が誰かとこのギルドを訪れるなんて。ルナ嬢はラッキーガールだ!」
バジルさんはニコニコと笑い、これまたご機嫌にエールを煽った。そして何かを伺うように、こちらを見上げてくる。その眼差しは先程の優しいものとはちがい、どこか試しているような挑戦的な瞳だった。
「そんなラッキーなお嬢さんに、一つお願いしたいことがあるんだが、よろしいかな?」
「はい。何なりとお申し付けください」
「これから私は、とある商人とビジネスの話をしなくてはならないんだ。彼の機嫌をあまり損ねたくなくてね、君にはぜひ私のフォローをお願いしたい」
バジルさんは指でエールのジョッキを示した。彼の言わんとしていることを理解し、にっこりと微笑んでみせる。
「承知しました。お相手様のエールが尽きないよう、こちらも尽力させていただきます」
「おぉ、乗ってくれるかね! ありがとう、ルナ嬢」
それから大食堂はさらに過酷な戦場と化した。私は他の商人たちへのサーブもしながら、バジルさんのテーブルに常にアンテナを張った。
会話の切れ目や、グラスを置いたタイミングで素早くエールを補充して、常にグラスが満たされている状態を心がけた。
「バジル殿、この度は素晴らしい取引をありがとうございます」
「こちらこそ! これからも引き続き、ビジネスパートナーとしてよろしくお願いいたします」
頭を下げ合う日本のサラリーマンとは違い、堂々とした紳士たちの取引現場に素直に感心する。これはビジネススタイルの参考になりそうだ、と心の中でメモをした。
取引相手が大食堂を後にした後、バジルさんの前にお水を置いた。
「お疲れ様でした、バジルさん」
「ルナ嬢! 君のおかげで、大変素晴らしい取引ができたよ!」
「恐縮です」
「本当に、本当にありがとう! 君こそ勝利の女神だ!」
大袈裟に手を広げてハグをしてくるバジルさん。正直彼のビールっ腹で押しつぶされそうだけれど、彼の純粋な好意が伝わってくるので不快ではない。それに誰かの役に立てたことは純粋に嬉しくて、バジルさんに親愛のハグを返したのだった。




