49_片手間ジャンクフード
私は材料を置いた机に手をついて、ポーシャさんに笑いかけた。
「今日は、そんなに凝ったお料理はしません。ジャンクフードなので」
「ジャン……?」
「私の故郷では、簡単に食べられる料理のことをそう呼んでいたんです」
ふふふ、と笑うとポーシャさんはコテンと首を傾げてみせる。種族の中では大人らしいのだが、どうしてもその小さな見た目に可愛らしさが勝ってしまうのだよな。
いや。だめだめ。彼女は立派な大人なんだから、気軽に撫でたりなんかしちゃダメ。見た目で扱いを変えるなんてハラスメントだ。
「まずは泣き虫球根と、酢漬け野菜を細かく刻みます」
このタマネギ、こちらの世界では『泣き虫球根』と呼ばれるだけあってとても目に染みる。ジワジワ溢れる涙を堪えながら、なんとかみじん切りにした。
「それを炒めるの?」
「いえ、これはそのまま上に乗せるだけです。なので口当たりの良いように、細かく刻むんですよ」
そうしてあっという間に刻み終わった材料をボウルに避けて、次の制作に取り掛かる。日本ならば作らなくても市販で買えるケチャップも、この世界では1から作らなければならないのは、少し煩わしさも感じてしまうな。
手間のかかるものを手軽な値段で提供してくれている企業努力に感謝だ。
「ソース作りに時間がかかりそうですね。まずはケチャップから作ります」
「ケチャップ?」
「太陽の実を煮込んで、ハーブや調味料と合わせたソースのことですよ」
「そのソースを腸詰肉にかけるの?」
「はい。このソースは保存できるので、少し多めに作っておこうと思います」
玉ねぎとニンニクをすりおろして、塩胡椒、ローリエやシナモンなどのハーブ、そして酢と水を入れてくつくつと弱火で煮る。
「焦げないように、慎重に……」
ある程度火が通ったら、刻んだトマトを入れる。本当はミキサーで潰して裏ごししたものが望ましいけれど、そんな贅沢は言っていられないので、今回は割愛。
弱火でくつくつと赤い液体を煮詰めている私を、ポーシャは不思議そうに、しかし楽しげに見つめていた。
「とってもいい匂いのソースだね」
「私の故郷ではすごく有名で、どんな食料店でも必ず売ってるくらいだったんですよ。自分で作る必要もなかったんです」
「じゃあ、どうしてルナちゃんは作り方を知ってるの?」
「私の祖母は、なんでも自家製でやりたがる人だったんです」
祖母は手間を惜しまず、なんでも自分で作ろうとする人だった。ケチャップもマスタードも、味噌すらも自家製で、私は長らく市販の味を知らなかったのだ。
「ポーシャさん、味見をお願いできますか?」
「うん!」
トロトロになるまで煮詰めたケチャップをスプーンで掬って差し出すと、好奇心旺盛なポーシャさんはぱくんと勢いよく口に含んだ。そして目を輝かせて、身体を揺らす。
「なにこれ、おいっしい! 太陽の実ってこんなに甘くなるんだね!」
「煮詰めると甘くなるんですよね。味の濃さはいかがですか?」
「ちょうどいいよ。それにハーブもいいアクセントになってる。野菜にもお肉にも合うね!」
「特に煮込み料理や、焼いたお肉に添えると美味しいですよ」
「なるほど、なるほど……」
ポーシャさんはポケットから手帳を取り出して、メモを取っていた。きっと食堂にケチャップ料理が並ぶ日も近いだろうな。
「次はもうひとつのソース、マスタードです」
「ますたあど」
「このソースは少し辛味があるので、刺激があって口がさっぱりするんですよ」
「そのジャンクフードってやつ、なんだかたくさんの味があるんだね」
「その方が楽しく食べられますから」
「贅沢だぁ」
マスタードは粉末が市場で売っていて助かった。粉末を入れたボウルにワインビネガーと塩、砂糖を混ぜて、そしてひたすらに混ぜる。
よく知るマスタードと同じくらいの固さになるまで練って、熱湯消毒した容器に移して完成だ。
「ソースが完成したので、あとは本体ですね。腸詰肉を蒸し焼きにして、こんがり、パリッと焼きます」
まずは腸詰肉をパリッと割れるまで火を通し、水を入れて蒸し焼きにする。どこかで読んだネット知識によると、これが最も食感がよくなる焼き方らしい。
「あとは少し炙ったパンに切り込みを入れて、その間に腸詰肉と、刻んだ野菜と酢漬け野菜を挟んで……」
溢れすぎないように、しかし少なくなりすぎないよう慎重に量を整えながら野菜を盛りつける。そしてトマトケチャップとマスタードを添えれば、完成だ。
「私の故郷のジャンクフード、ホットドッグの完成です! ポーシャさんもおひとつどうぞ」
「いいの!? やった!」
ポーシャさんがホットドッグを大きな口で齧る。パキッ! と小気味良い音がして、ポーシャさんの顔が一瞬にして輝いた。
「腸詰肉から肉汁がジュワって溢れてくる! シャキシャキの野菜と、甘いソースと辛いソースが合わさって……とっても不思議な味だけど、おいしいよ、ルナちゃん!」
「本当ですか? よかった!」
「これならきっとビョルンさんも喜ぶね!」
ポーシャさんはホットドッグを食べながら、ニコニコと笑った。そのご機嫌な様子にこちらも嬉しくなって笑顔になる。
「あのね、ビョルンさんって、ルナちゃんが来てからとっても元気になったと思うの」
「そうなんですか?」
「前まで全然ギルドに顔を出さなかったし、食堂にだって来なかったもん。来たとしても、ずーっとひとりで、誰ともおしゃべりしなかったし……実は、みんなちょっと怖がってた」
そういえば、私と出会う前のビョルンさんの様子なんて聞いたことがなかったな。たしかに初めて会った時のビョルンさんは今よりも無愛想で怖い人だった。あれがいつもの態度だったのなら、きっとポーシャさんたちギルドの人達からも遠巻きにされていたのだろう。
「でもルナちゃんが来てから、ビョルンさんは楽しそうだよ。ご飯も食べるし、お喋りもするし!」
「あの人、お喋りってほど喋ってはくれませんけれどね」
「前に比べたら全然だよ! ほんっとに、岩みたいに静かだったんだから」
ポーシャさんは私に近づいて、人懐こい笑みで顔を覗き込んだ。そして小さくふわふわな手で私の右手を包んで、柔く握りしめた。
「だからね、ルナちゃん。ビョルンさんのこと、よろしくね」
ポーシャさんのその一言で、私の胸の中でひとつの炎が灯る。第三者からも、ビョルンさんのビジネスパートナーとして認めて貰えた気がしたから。
「もちろんです。私にできる限りの事をしますよ」
ビョルンさんとそういう約束を交わしたのだから。
約束を違えるつもりはない、だから私は今日も夕食を作って差し入れるのだ。
ホットドッグを乗せたお皿を持ち帰って、作業場のビョルンさんの後ろ姿に声を掛けた。
「ビョルンさん」
鍋をかき混ぜているビョルンさんが、こちらを見ることはない。
「軽食を作ってきました。キリがいいところで、召し上がってください」
「……食う」
ビョルンさんが短く返事をして、右手を差し出してきた。皿のホットドックを差し出すと、彼はスン、と鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、危険がないと判断したのか大きな口でかぶり付いた。
「……ん」
ついぞ言葉は出さなかったけれど、彼が美味しいと感じていることは言葉にしなくたってわかる。だって彼は、たった三口でホットドッグを平らげてしまったのだから。
「もうひとつ、いかがです?」
「……ん、貰う」
そう言って差し出される右手に、再びホットドッグを置いた。そしてまた、三拍子で消えるホットドッグ。
「ビョルンさん」
「なんだ」
「口にソースがついてます」
「……ん?」
「逆ですよ」
手のかかる人だなぁ、なんて思いながら、ハンカチでその赤と黄色の口元を拭ってあげた。
「問題は、なかったか」
静かな問いかけの真意に気づくのに、少し時間がかかる。
「アニタの供は気苦労が多い」
「アニタさんは守ってくれましたから。ただ、その……」
ゼルマンの言葉を思い出してしまって、俯いた。
「言わなくていい」
ビョルンさんの言葉は拒絶ではなかった。無理に口に出す必要はないのだと、尊重してくれている気がした。
ビョルンさんは資産を過ごしさ迷わせて、棚から小瓶を取り出した。その中にはキラキラと煌めく蝶が入っている。
「ヒール・バタフライ。夜になるにつれて、輝きが変化する」
「そうなんですね?」
「そいつの光は癒しの効果がある。心身の傷を癒すことが可能だ」
「傷なんて、そんな大袈裟なことではないですよ」
きっと大切なものなのだろうに、ビョルンさんは迷いなく瓶の蓋を開けてしまった。蝶は私の頭の上をふわふわと飛び回り、黄金色の鱗粉を散らす。その景色は幻想的で、なんだか体の緊張もほぐれていく。
「今は休め」
低く、穏やかな声に促されて、私は静かに頷くとそばの椅子に座り込んだ。チリチリと蝶の羽ばたきと、鍋がくつくつ煮える音だけが響く。そんな中に、安心できる大きな背中がひとつ。
私はその大きな背中を眺めて、ゆっくりと目を閉じたのだった。




