42_急募、気まずい空気を消す方法
「んん……」
なんだかふわふわで、柔らかくて心地いい。爽やかな鳥の声と水のせせらぎの音が耳をくすぐって、ぼんやりと目を開ける。
「あら、おはようルナちゃん」
超美人エルフの笑顔が目の前に広がった。私は彼女の肉付きの良いムチムチな太ももを枕にして、寝こけていたらしい。
「ほわぁあ!!!!」
美人の膝枕、しかも目の前には豊満な胸が見える場所で目覚めるなんて!!
ご褒美です、ありがとうございます……じゃなくて!
「す、す、すみませんシンシアさん! 私、えっと、なんで」
戸惑って慌てる私の様子を見て楽しそうに笑うシンシアさん。彼女は私の頭を優しく撫でて、現状を教えてくれた。どうやらシンシアさんたちは、最下層の湖の辺に野営地を設置して、休憩させてくれていたようだ。
「あなた、ヌシの攻撃に巻き込まれて湖に落ちたのよ」
「そうでした……! あの、大きい方のヌシは!?」
「エルフのお兄さんが倒したわ。魔法でドカンッ! てね」
「ビョルンさんが……え、じゃあビョルンさんは大丈夫なんですかっ!?」
うっすらと覚えているのは、稲妻を伴う竜巻を創り出したビョルンさんの後ろ姿だ。先程までの激闘を思い出して、起き上がってビョルンさんを探す。しかしすぐ近くには見当たらない。
「お兄さんなら向こうで休んでるわ。あなたも無理に起き上がっちゃダメよ?」
「私はもう大丈夫です。ビョルンさんのところに行ってきます!」
「あぁ、ちょっとルナちゃん!」
シンシアさんの声を振り切って、彼女が指さした場所へと走る。まだ頭がクラクラするけれど、今はビョルンさんのことの方が心配だったから、自分のことなんて後回しだ。
ビョルンさんは苔の生えた岩陰に座り、剣にもたれ掛かるようにして休んでいた。
「ビョルンさん!」
「起きたか」
私を見上げた顔は、やっぱり血色が悪い。あぁ、やっぱり無茶をさせてしまったんだ。
「ビョルンさん、すみませんでした」
「何に対しての謝罪だ」
「だって私……何も役に立てなくて、ビョルンさんにばかり負担をかけてしまって」
ビョルンさんは何も言わず、懐から取り出した何かを私の手のひらに乗せた。そのキラキラと内側から神秘的な光を放つ透明な結晶は、まさに私たちが探していたものだ。
「『水鏡の結晶』!」
ビョルンさんは静かに頷く。
「お前の手柄だ」
「私の?」
「水に飲まれたお前が握りしめていた。お前のユニークスキルが呼び寄せたのかもしれん」
「そうでしたか……! よかった!」
ただ水に飲まれて、足を引っ張ってたわけじゃなかったんだ!
「よかった、だと?」
せっかく目的が達成されたにも関わらず、ビョルンさんの顔は晴れない。なにか懸念点があるのだろうか。
「今回命があったのは、運が良かっただけだ」
ビョルンさんの氷のように冷たい声と表情に、顔が強ばる。そんな私を見て、ビョルンさんは苦しそうに顔を歪めた。
「お前は死にかけたんだぞ」
そのままどこか苛立ったように、ビョルンさんの語気が上がる。
「毒の時もそうだった。なにか幸運を引き寄せる度、お前はいつも危険に晒される。そんな非効率的なことを、これからも続けるつもりか?」
「確かに結果的にビョルンさんに助けられてばかりで……ごめんなさい」
「謝罪を要求しているわけではない」
私の返答に不満だったのか、ビョルンさんはふいとそっぽを向いてしまった。でも、なんだかその苛立ちは私を攻撃するものではない気がする。
どうして、彼はこれほどまでに苛立っているんだろう?
「ユニークスキルについて不明な点が多い以上、解決策はわかりません」
「わかっている」
そっぽを向きながらも、対話はしてくれるみたいだ。耳はこちらの声を良く拾おうと、少し傾いている。
「でも……ビョルンさんの言う通り、今の私は計画性に欠ける行動が多いですよね。すみません」
視線を足元に落として、またしても謝罪を口にする。ビョルンさんの顔を見られないのは、自分に非があると分かっているからだ。
「これは心配をかけてしまったことに対する、謝罪です」
「心配したわけじゃない。取引が完了するまで、お前に死なれては困るだけだ」
分かってる。彼の負債が完遂されるまで、私がいなくなるわけにはいかない。そういう契約なのだから。
あの時、身の危険を鑑みて真っ先に逃げるべきだった。それでも、私は『水鏡の結晶』を諦めきれなかった。きっと彼はその諦めの悪さに苛立っているのだろう。
「……」
私は叱られた子供のように、何も言い返すことができなかった。
ビョルンさんはガシガシと頭をかいて、ポツリと呟いた。
「……た」
「え?」
不機嫌な声だけど、どこか言いにくそうにもごもごと口を動かすビョルンさん。
「……腹が減って、考えがまとまらない」
「……あぁ!」
そこでようやく、最後に食事を取ってからかなり時間がかかっていることに気がついた。それは食事の催促であると同時に、気まずい空気を打ち消そうとする彼なりの気遣いを感じる。
「そうですね、わたしもお腹がすきました」
「……あいつらが素材を剥ぎ取って帰ってくるはずだ」
「それまで待ちましょうか」
私はもう一度ビョルンさんの隣に座り直して、膝を抱える。なんだか気まずいけれど、それでも、先程までのヒリつきは感じなくなっていた。




