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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
04_VS 魅了の魔女 ハル編

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37_異文化コミュニケーション

 五階層目の入口は真っ暗で何も見えない。


 一寸先(いっすんさき)は闇を文字通り現したような洞窟に尻込みしてしまう。しかしビョルンさんは迷うことなく進み、一言呟(つぶや)いた。


「『灯(とも)れ』」


 ビョルンさんの声に反応して、足元のキノコがふわりと青白く光る。以前連れて行ってもらったエルフの森でも見た光るキノコは、ダンジョンでも馴染みのものらしい。


「キレイですね……!」 


 ビョルンさんは私を振り返ると、濡(ぬ)れた足元を気遣(きづか)うように、しかし心配を悟(さと)られないためかぶっきらぼうに言い放った。


「気を取られて転ぶなよ。あとが面倒だ」


「はい」


 私たちは薄暗く硬い岩の道をひたすら下った。


 暗がりの中からちょろちょろと細く水が流れる音がするので、湧き出した水や雨水がここまで染(し)み込んでいるのだろう。ぼんやりと光るキノコたちがフットライトのように足元を照らし、時々薄緑色の光を放つ虫が鼻先を掠める。


「この光る虫はなんですか?」


「シグナルホタルだ。その時々の状況によって腹の光が変わる」


「へぇ……! 色が変わるんですね。私の世界のホタルは黄色だけなんですよ」


 ビョルンさんの目がふっと緩(ゆる)む。


「シグナルホタルは外敵のいない時は緑、要注意の時は黄、そして外敵の襲来がある時は赤色になる」


 なんか信号機みたいな色の変化だな、と思いながら頷く。


「そして繁殖期(はんしょくき)は桃色に光る」


「ぷっ! 桃色! ファンシーで可愛いですね」


「ちなみに、繁殖に失敗すると青色と桃色が交互に点滅する」


「あははっ! ホタルでもフラれたら悲しいんですね」


 ホタルの生々しい裏話を真顔(まがお)で話すビョルンさんに、思わず笑ってしまう。そんな私の反応を面白がっているのか、ビョルンさんはそれからも色々とダンジョンのモンスターについて教えてくれた。


「もう少し下れば最下層だ。その前に、休息を挟んだ方がいい」


「そうですね。ここなら安全そうですし」 


 岩肌に荷物を置いたビョルンさんの隣に腰かける。緑色のホタルたちが静かに飛び回る中、穏やかな時間が流れた。


 そして腰を落ち着けたあとに感じるのは、途方もない空腹感。ビョルンさんも同じだったのか、どこか期待した目で私の方を見た。


「えぇ、わかっていますよ。ちゃんとお弁当を作ってきましたから」


 お弁当といえば、そう、おにぎり!


 ルーンデール周辺は小麦だけでなく稲作も盛んな地域らしく、日本人の私にとって非常に好都合である。


「米の塊か」


「はい。お米を丸めて、片手で食べやすくしました。中には焼いたソルトフィッシュを入れてるんですよ」


 ソルトフィッシュは塩鮭みたいな味がしたので、代用品として入れてみたのだ。海苔が欲しいなんて贅沢は言えない。


「それからこっちは薬草の種…ええと黒星草の種子(くろごま)と白星草の種子(しろごま)と、塩を混ぜこんでみたんです」


 ふむ、と珍しいものを見る目つきでおにぎりを眺(なが)めるビョルンさん。耳がひょこひょこと揺れている。初めての食べ物なんだから警戒するのも無理はないけれど、カレーライスの時よりはハードルが低そうだ。


「こうした方が美味しいし、効率的でしょう?」


「お前が作る料理はいつも珍妙(ちんみょう)だ」


 ビョルンさんは少し警戒しながらも、こくんと頷(うなず)いた。この人に納豆とか出したらどんな反応するのかな、なんて悪戯心(いたずらごころ)が湧(わ)いてしまった。


「いただきます」


 手を合わせて、白いおにぎりにかぶりつく。お米の素朴な甘みとソルトフィッシュの塩味がよく合う。まるっきりこれは塩鮭おにぎりだ。


「お味はいかがですか?」


「……悪くない」


 はい、頂きました。ビョルンさんの『悪くない』!


 ビョルンさんは大きな口を開けて、わずか三口で食べ終わってしまった。それだけ豪快(ごうかい)に食べて貰えると気持ちがいい。今度はもう少し大きめに作ってあげよう。


「いつもはどんな食事をしていたんですか?」


「携帯食を持参している。木の実や穀物を乾燥させたものに、虫を混ぜたものだ」


「む、虫……!?」


「貴重な栄養源だ」


 そりゃ日本だって『昆虫食』なる文明は存在しましたけど。私にはどうしても生理的に受け付けなくて断念(だんねん)した記憶がある。


「虫は嫌いか」


「う……」


 へな、と残念そうに眉を下げて尋(たず)ねてくる彼に何も言えなくなる。

 どうして、そんなにしおらしい顔をするのか!

 普段は高慢(こうまん)ちきな顔をしてるくせに!


「この世界の食べ物なら、食べてみなきゃわかりません」


 絞(しぼ)り出した答えに、ビョルンさんは満足したようだ。そして彼は私の顔色を一切気にせず、懐(ふところ)から手のひらサイズの茶色いバーを取り出した。


「これだ」


「なんで持ってるんですかー!?」


「何を言ってる。ダンジョンに潜るのだから、食料くらい携帯している」


「それはそう」


 私は内心の焦りを悟(さと)られないよう、必死に平静(へいせい)を装(よそお)う。


「これは乾燥させた『クリスタル・ビートル』の外骨格(がいこっかく)を砕き、穀物と木の実と共に虫の蜜で練り固めたものだ」


「ご丁寧な解説ありがとうございます……」


 反射的に吹っ飛びそうな身体を、意地で繋ぎ止めた。


「昨晩作ったものだが、味は馴染んでいるはずだ。一口食べてみろ。最終層に備えて体力が必要だろう」


 ビョルンさんは平然とそれを一口齧(かじ)る。カリッという小気味(こぎみ)良い音が岩肌に響いた。 


 私は受け取ったバーをじっと見つめて、観察してみた。『鑑定グラス』を覗き込むと、こんな風に表示された。


『クリスタル・ビートルバー:体力回復(高)、気力上昇』


 わざわざ(高)って付くことは、かなり効果があるということだ。


「うぅむ……」


 これはわざわざビョルンさんが手作りしてくれた大事な食料。これがこの世界のプロテインバー(エルフ仕様)。しかし虫入り……。


「食わないのか」


「い、いえ」


 すん、と鼻を鳴らして匂いを嗅(か)いでみる。 

 虫入りにしては見た目はそう悪くないし、匂いも強くない。匂いの強さや異質さでいえばカレーの方が異質だった。それなのにビョルンさんは口にしてくれて、あまつさえ完食してくれた。

 

 彼の懐の深さと優しさに報(むく)いたいと思う。

 思うけど、虫か……。


「え、ええい! いただきます!!」


 意を決して目を閉じ、思い切ってひとくち齧る。


——カリッ、サクッ。


「……あれ?」


 ザリザリとした食感と土臭さを想像していたが、それはまるで焦がしたアーモンドのような心地よい歯ごたえだった。口の中に広がるのは、白砂糖よりも上品な蜜の甘さと、香ばしいきな粉にも似た風味。


「お、おいしい!?」


 私は思わずもう一口齧(かじ)った。なんか、ナッツ入りのグラノーラバーっぽい!


「なにこれ!? 全然生臭くもないし、土っぽくもない! むしろ香(こう)ばしくて甘い!」


「だろう」


 ビョルンさんは私の感想に、わずかに目元を緩(ゆる)めた。


「このバーに使われている『クリスタル・ビートル』は、花の蜜を主食にするため身が甘い。成虫は芳醇(ほうじゅん)な風味や香りが珍重(ちんちょう)されて、エルフ族の菓子や香料の材料としても使われる」


「へぇえ、そんな風にも使われるんですねぇ」


「エルフの森には喋る虫もいるが」


「え、まさかそれも食べるんですか」


「そのビートルもその一種だ」


「うげ!」


 甘くて美味しいけど、さすがに喋る虫は勘弁(かんべん)!

 口を抑えて呻(うめ)くと、ビョルンさんはわずかに肩を震わせた。


「もしかして、ビョルンさん……」


「なんだ」


「ウソ、つきました?」


「騙(だま)される方が悪い」  


「無茶言わないでくださいよ。エルフ文化を誤解しちゃうでしょ!」


 怒りのまま残りのバーを一気に食べ終えると、身体熱くなるような、ほんのりと熱を伴うエネルギーを感じた。体力回復効果のおかげだろうか。


「おかわりか?」


 彼の揶揄(からか)うような声音にたじろぐ。まさか自分が虫入りプロテインバーのオカワリを催促(さいそく)することになろうとは思ってもみなかったから。


「もうちょっと、だけ」


「軟弱者(なんじゃくもの)だと思っていたが、気骨はあるようだな」


「え、なんですか急に」


「人間族の多くはこの携帯食に理解を示さない。口に入れることなど有り得ん」


 こっちの世界でも昆虫食はハードルが高いのか。そりゃそう。


「確かに最初は驚きましたけれど、食べてみたらおいしいですよ。それにビョルンさんが作ってくれたんですから、なおさらです」


 口にすら入れずに批判するのは、私の流儀(りゅうぎ)に反する。


「お前は……いつも、こんな気分だったんだな」


 ビョルンさんはどことなく嬉しそうに口角を上げ、耳も少し機嫌良さそうに揺れていた。

 自分の食文化を受け入れて貰えるのって、なんだか嬉しいもんな。


「これからも、少しずつ教えてください。あなたや、あなたの文化のこと」


「……あぁ」


 ビョルンさんと目を合わせて、笑い合う。 

 緑色に光る煌(きら)びやかなホタルたちが、私たち二人の間を柔らかく照らしていた。

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― 新着の感想 ―
外骨格、というのが人によりそうですね。カブトの「腹」を食えと言われるのよりは個人的にはハードルが下がります。
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