34_ファム・ファタールの独壇場
「ハルのユニークスキルだが……『愛されヒロイン』と出た。だが内容についてまでは分からん」
私から身体を離したビョルンさんは、こちらの反応を伺うように、わずかながら緊張した面持ちでじっと見つめてきた。
「『愛されヒロイン』……?」
つまり、ファム・ファタール(運命の女)のことだ。
先程の冷徹な女が冠するスキル名にしては、なんとも皮肉な響きだ。私の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。それは確信の笑みだった。
「いいえ、これだけ分かれば十分です」
私は座っていた丸椅子から立ち上がり、思わず彼の手を掴んだ。
「私の予想が正しいことが、証明されたので!」
興奮を隠せない私に、ビョルンさんは怪訝な顔をした。
「あの女の呪術と、なにか関係があるのか」
「はい」
私は真剣な面持ちで頷いた。
「私の世界での『愛されヒロイン』というのは、物語の中で無条件に異性から愛される素質をもった女性のことです。しかし現実でそんなことは不可能でしょう」
「だが実際、あの女は男共から熱い視線を浴びていたようだが?」
私のスキル『招き猫』の正体は分からないが、おそらく身近にいる人間に幸運を引き寄せるという無意識下によるもの。ハルのスキルも無意識下で発せられる魔法の類いなのかもしれない。例えば男達がハルの笑顔に引き込まれた時のように。
「ハルのユニークスキルは、『魅了魔法』だと思うんです」
私の推論を聞いたビョルンさんの眼差しが、一気に鋭くなった。
「たしかに。あの女を見た瞬間、一瞬だがこちらの意識を乗っ取ろうとするような圧力を感じた。だが、まさか魅了魔法とは」
少し意外そうに、ビョルンさんは顎に手を当てる。
「珍しい魔法なんですか?」
「一時的な魅了はサキュバスが使うものだ。だが、あれほど威力が高く持続性のあるものは上級魔法だろう。それも禁忌級のな」
「禁忌級って……恐ろしいですね」
「本来、人の精神を支配する術は厳しく制限されている」
たしかに、そんな恐ろしい魔法がポンポン簡単に使われちゃ、たまったもんじゃないだろう。
「広場の男どもが急に騒ぎ始めたのも、そのせいだろう」
ビョルンさんの声からは僅かに苛立ちが感じられた。
あの広場でハルは意識的に、あるいは無意識的にスキルを発動させた。その結果、広場にいた人々は理性を失い、ハルを無条件に支持したのだ。
「ビョルンさんまで魅了されちゃってたら、どうしようかと思いましたよ」
私はつい、ぽろりと本音を漏らした。その瞬間、彼はギッと睨みつけてきた。
「エルフを舐めるな。たとえ上級魔法だろうが、他人に意識を乗っ取られるような無様は晒さん」
フン、と心底心外そうに彼は鼻を鳴らす。
「今後はあの様な発言は控えろ。下手な誤解は面倒を生む」
「そ、それについては、ほんとに申し訳なく!」
先程の失言。なにが『ハルのこと好きにならないで』だ。自分で思い出しても鳥肌がたつ。
「動揺していたとはいえ、あんなことを言ってしまって……ごめんなさい」
「動揺を取り繕う努力をしろ」
「おっしゃるとおりです……」
しょんぼりと肩を落とすと、ビョルンさんはぐぅと唸って顔を顰めた。落ち着かなげに耳を揺らして、私を静かに見下ろす。
「今後気をつければ、いい」
「怒ってません?」
「怒る理由はない」
肩を竦めて見せた彼からは、本当に怒りの感情は感じなかった。その様子に私は安堵のため息をついた。
「ハルのユニークスキルは解明できた。次はどうする」
ビョルンさんの問いかけで、私は我に返る。
浮上した問題は、『どうやってハルを引きずり下ろすのか』だ。
「ハルの魅了魔法は、どうやったら解けるんでしょう?」
「術者よりも強力な魔術師に解除させるのが確実だが、異世界人以上の魔術師となると……」
ビョルンさんがなにか言いたげにこちらを見る。その目線に含まれた意図を汲み取って、私はシャーッと威嚇した。
「すみませんね、低ステータスの一般市民Aで!」
「何も言っていない」
「うそつき! 絶対思ってた!」
ビョルンさんは面倒くさそうにそっぽを向いたが、私には分かる。
『こいつに、もう少しまともなスキルがあればな』と思ったことを!
「もしくは、被術者が自力で魅了を打ち破ることだな」
「自分で? そんなことできますかね?」
「魅了魔法は所謂思考に入り込む毒だ。『自分が魔女の毒に犯されている』と自覚すれば、自ずと解ける」
他の手段があることは喜ばしいが、随分と難易度が高いように思える。
「でも詐欺師が『私は詐欺師で、あんたを騙してました!』なんて白状することなんてあります?」
ビョルンさんは一瞬何かを思いついたように目を見張って、顎に手を置いて何かを思案し始めた。
「白状させる方法は、ある」
「本当ですか!? どんな!?」
ビョルンさんは頷いて、私の耳元で低く囁く。
「エルフの秘薬、『水鏡の妙薬』を使えばいい」
妙薬、なんて魅惑的な響き。
ビョルンさんは自分の唇に人差し指を当てて、大きな声を出さないように推しとどめる。彼のライムグリーンの瞳が鈍く光る。
「飲めば一定時間、真実しか口にできなくなるポーションだ。俺ならば作成にそれほど時間はかからない。だが」
「だが?」
「その素材である『水鏡の結晶』は特定のダンジョンでしか得られない。そして、潜ったところでその素材が見つかるという保証もない。余程の運がない限りはな」
ん? 待てよ、運?
「それ、解決できるかも」
私の呟きを拾ったビョルンさんが、微かに目を見開く。
「なんだと?」
私の最も近くにいる彼には、全て話しておくべきだろう。たとえ仮説だとしても。
「私のユニークスキル『招き猫』は、『近くにいる人に幸運をもたらす』能力なんじゃないかと思ってるんです」
「個人の運を左右する能力だと? これまで耳にしたことはない」
ビョルンさんは静かに呟き、私を見つめる。しかしその目はいつも通り、凪のように静かで落ち着いている。
「ダンジョンで『水鏡の結晶』が見つかれば、お前のユニークスキルの効果を裏付ける証拠となる。そう言いたいわけだな?」
「はい、そうです」
私は深く頷いた。ビョルンさんは私のスキルに対して、どう思ったのだろう。
異物への忌避感? それとも嫌悪?
彼の反応が怖くて俯いていると、ビョルンさんは私の目線の先にしゃがんで、まっすぐとこちらを見つめた。
その目には嫌悪などのマイナスの感情は見られず、どこか心配そうな色を帯びていた。
「お前のスキルについて、誰かに話したか」
「いいえ、まだ誰にも言っていませんよ」
「そうか」
ビョルンさんは安心したように、深く長く息を吐いた。そして言い聞かせるように、私の肩を掴んだ。
「いいか。今後も俺以外には話すな。アニタにも、誰にも」
「え?」
「お前のスキルは俺にとって『幸運』そのもの。ということは、お前のスキルを知れば俺の立場に取って代わろうとする輩が出てくる可能性が高い」
「でも、アニタさんはそんなことしませんよ」
「厄介事に彼女を巻き込めない」
『厄介事』。彼のその言葉の重みに、自分のスキルの危うさを思い知らされる。けれど、肩を掴むビョルンさんの手は温かくて、私を突き放す気配なんて微塵も感じない。感じるのは、親が子を案じるような心遣いだけ。
「互いの身の安全のためにも、お前のスキルについては他言無用。これから我々が相手にするのは『魅了魔法』の術者だ。簡単に他人を信用するな」
「……分かりました」
彼の言葉はこれから待ち受けることの大きさを感じさせて、居住まいを正した。彼はそんな私の姿を見て、ふっと目元を緩める。
「俺は必ず、約束を守る。あの女の魔法が効かないことは、証明したはずだ」
彼の言葉は力強くて頼もしい。彼なりの不器用な励ましに、私も背筋を伸ばして、力強く返事をした。
「信じていますよ。ビョルンさん」




