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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
04_VS 魅了の魔女 ハル編

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32_危機と好機は紙一重

「こんな草い店、さっさと(つぶ)しちゃってよ」


「ちょっと……!?」


 いくら役目を果たしたからと言って、取り(つぶ)されたりなんかしたら商売あがったりなんですが!?


 無慈悲(むじひ)にも、衛兵隊長とおもわれる見るからに厳つい男がすぐさま露店にやって来て、私たちを見下ろす。


「聞こえただろう。即刻(そっこく)退去(たいきょ)せよ」


 甲冑(かっちゅう)に身を包み、重そうな剣を(たずさ)えた男は冷たくそう言い放った。このままじゃ商人ギルドのメンツは丸つぶれ、しかもビョルンさんの負債がまた増える!


 意を決して、私は口を開いた。


「えぇと……では、銅貨五枚が二百個で金貨十枚になります!」


「は?」


「え?」


 分かります、そりゃ混乱しますよね。私もですとも。


 ビョルンさんだって(ほう)けたように口を開けている。しかし、ここで負ける訳にはいかない。大博打(おおばくち)と言われようとも、商人ギルドの看板を背負っている以上、私はここで引けないのだ。


「奥様は『この店を(つぶ)せ』って(おっしゃ)ったんですよね? それって『この店の商品を全て買い()くしてやる』という意味ですよね?」


 ニコリと笑ってみせるが、当然衛兵隊長の顔は固い。


 ビョルンさんは私の作戦を()み取ったのか、小さくため息をついたあと隣に立ってくれた。それだけなのに、先程までの身体の震えは収まった。私は衛兵隊長の威圧(いあつ)に屈せず、無邪気(むじゃき)に言ってみせた。


「あれ、この言い回しって、私の故郷だけなんですか?」


 本当に無知なフリをしてころんと首を傾げてみせる。我ながら、あざといし、痛い。痛々しい。

 でも、ここで負けられないから仕方がない!


「確かに、ここらじゃあんまり聞かへんな。でもな」


 それまで黙っていたグリオンさんが口を開く。


「このカレーパンも君の故郷のモンやろ? きっと奥様はそれに気付いたから、君んとこの言い回しでご命令しはったんやわ! なんって慈悲深いお方なんやろか、なぁ衛兵の兄さん!」  


「そんな訳が」


「あかんやんか、兄さん。せっかくの奥様のご厚意(こうい)やで、無下(むげ)にするなんてよっぽどや!」


 助け舟を出してくれたのは、なんとグリオンさんだった!

 ありがとうグリオンさん!


「奥様は下賎(げせん)なものにもありがたいお言葉をくださる、お優しいお方ですもの。きっと、護衛の衛兵さんたちのためにそう仰られたのですね」


 私の言葉に、衛兵隊長の眼光が鋭くなる。


「貴様、今すぐいい加減なことを言うのをやめろ。さもなくばこの店を取り潰すだけでなく、地下牢送りにするぞ!」


 地下牢送りになんてなりたくない。でも私のせいで商人ギルドのメンツを潰すのはもっと嫌だ。だから、耐えろ、頑張れ。(こぶし)を握りしめて震えを押し殺して、衛兵隊長を見上げた。そして反論しようと口を開いた。その時。


「もういい、衛兵隊長」


 その時、誰かの低い声が響く。その人は確か、領主夫妻の隣に控えていた、いかにも位の高そうな役人だった。


「クレイモア様、ですが……」


 クレイモアと呼ばれた若い男は、カレーパンの匂いを鼻で小さく吸い込んだ後、私をまっすぐ見た。その瞳は冷たいが、ハルのように私を(さげす)む色はない。ただ、合理的な判断を求める眼差しだった。


「奥様の感情論に付き合う必要はありません。我々は伯爵の任務に集中すべきです」


 彼は衛兵隊長に向き直った。


「衛兵隊長。このパレードと警護の任務は、日の出前から続いています。兵は疲労している上に、食事はまともにとれていないはず。さらにこの後、夜の舞踏会まで警護任務は続くのでしょう?」


 クレイモアは淡々(たんたん)と言う。


「奥様はあのようにおっしゃったが、私はこの食料が長時間の警護任務で消耗した兵士たちの、効率的な体力回復に(てき)していると判断した」


 そしてこちらに向き直ると、役人は丁寧に言った。


「この商品は、いつ頃出来上がる?」


 これは急展開だ。天からの助けに感謝しつつ、私は彼にとびきりの笑顔を向けた。


()げるのにお時間をいただきますが、すぐに熱々のものをご用意いたします」


「最速で取り掛かるように」


「か、かしこまりました!」


 立ち去るクレイモアの後ろ姿が遠ざかってようやく、私は肺に空気を入れることができた。酸欠状態でクラクラする。


「グリオンさん、本当にありがとうございます。ナイスアシストです!」


「何言うとんの。あったりまえやんか」


 バシバシと私の背中を叩いて、グリオンさんはからりと笑う。


「だって僕、ルナちゃんの料理好きやもん」


 なんてあたたかく優しい人なんだろう。彼には今度なにか新しいメニューをご馳走(ちそう)しようと心に決めた。グリオンさんと話していると、隣にビョルンさんが来た。


「二百個となると、それなりの時間がかかる。さっさと動け」


 ビョルンさんは相変わらずしかめっ面をして、不機嫌そうだ。危機を乗り切ったんだから、一緒に喜んでくれてもいいだろうに。


「素直じゃないんだから」


「……別に。大袈裟(おおげさ)に喜ぶ必要もなかろう」


「ケチ。ケチエルフ」


 ビョルンさんは私の文句にさらに眉間のシワを寄せて、ピン! と、私の額を強く弾いた。


「褒めてやろうと思ったが、気が変わった」


 鼻を鳴らして意地悪なことを言うエルフに、私はお返しにそのお腹を小突(こづ)く。それなりの力を込めたのに、彼は揶揄(からか)うように意地悪に目を細めたまま。そんな私たちの様子を見て、グリオンさんは楽しそうに笑った。


「もう。軽口叩いてる(ひま)があったら仕事しますよ、ビョルンさん」


「……ん」


「僕も手伝うで、ルナちゃん!」


「グリオンさんありがとうございます! みなさんも、よろしくお願いします!」


 ビョルンさんやハーフリングさん達、そしてグリオンさんに頭を下げて、最速で仕上げてもらったカレーパンをカゴに詰めていく。そして揚げたてのものから順に、広場の護衛をしていた衛兵さん方に配って回った。


「熱いのでお気をつけくださいね。お仕事おつかれさまです」


 にこやかにそういうと、彼らはどこか安心したような顔をして受け取ってくれた。


「やっと飯にありつける!」


「お嬢さん、これ美味いよ」


「あぁ、娘にも食わせてやりたい……」


 そんな声をかけてくれる人もいて、なんだか胸が熱くなった。


「衛兵隊長様も、どうぞ。日々我々を守ってくださり、感謝いたします」


 先程の脅迫(きょうはく)を忘れたわけではないけれど、それとこれとは別の話。商売人は私情(しじょう)を持ち込まないのは鉄のルールだ。


「……」


 衛兵隊長は無言で受け取ると、警戒したようにカレーパンを睨みつける。しかし部下たちが喜んで口に運んでいるのを見てようやく、小さくひと口かじった。


「……油の塊だな」   


 冷たく言い放つ。だが敵意は感じない。


「働くためにはエネルギーも必要ですから」


 あっという間に平らげたのを見て、もうひとつ差し出すと、衛兵隊長はバツが悪そうな顔をしつつも、渋々(しぶしぶ)受け取ってくれた。


 そして最後はあの役人、クレイモアだ。


「クレイモア様」


 私は深く、丁寧(ていねい)に頭を下げた。


「この度は、本当にありがとうございました。あなたのお言葉がなければ、我々はすべてを失うところでした」


 クレイモアは私の感謝の言葉に対し、一切表情を変えなかった。彼こそまるで機械人形のように表情が変わらないため、何を考えているのか全くわからない。


「私の仕事は旦那様をお守すること、そしてこの領地の発展を支えることです。その為に最も合理的な判断を下したに過ぎません」


 彼は淡々と言い放って、金貨の入った袋を手渡した。

 しかし金貨十枚にしては、少し重過ぎる。怪訝(けげん)に思って開くと、袋の中には十枚ほど多く入っていた。


「不足はありませんね」


「あの、すこし、多すぎるのではないでしょうか……?」


「他言は無用。此度(こたび)の商人ギルドへの報酬です」


「と、言いますと?」


 察しの悪い私にも、その人は丁寧(ていねい)に、しかし淡々(たんたん)と説明してくれる。


「領主様に()り寄る者は多く存在したが、衛兵を気遣(きづか)う商人は一人もいなかった」


 この人も長時間労働を気にしていたのか。あの領主夫妻ではそこまで気が回らなさそうだもんな。中間管理職は大変だ。


「感謝します」 


 それはストレートな謝辞(しゃじ)だった。彼の表情は相変わらず変わらない。出会ったばかりなので彼の人となりは分からないけれど、とても真っ直ぐな人なのだろうと思う。


「取引は成立です。早々に店を(たた)み、ギルドに戻るように」


「承知いたしました」


 彼はもう長居(ながい)は不要だと言うように、衛兵隊長や衛兵たちに指示をして領主夫妻の元に戻って行った。


「ありがとうな、お嬢さん!」


 衛兵さんたちの声掛けに頬が緩む。その言葉を言って貰えた自分が誇らしくて、より一層大きな声で答えた。


「皆さん、お仕事頑張ってくださいね!」


 衛兵隊長が引き連れた衛兵さんたち、そしてクレイモアさんの背中が中央市場から見えなくなるまで私は頭を下げ続けた。


 馬車の中から、ハルが恐ろしい形相(ぎょうそう)(にら)んでいたことも知らずに。  

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