30_作戦開始のファンファーレ
城門から中央市場に続くメインストリートは、朝日の下で目に痛いほど華やかに飾り付けられていた。領主の紋章である真紅と金色の大旗と、急遽飾り付けられた色とりどりの花飾りがそよ風に揺れていた。
人通りはいつもより多く、パレードの準備に追われた人達が忙しなく行き来する。その間を縫うように、祭りやパレードを見に来た街の人々がゆっくりと歩いていた。
「さて、と」
商人ギルドが出店している露店には、熱で頬を赤らめたハーフリングたちが大量のカレーパンを揚げ続けている。油の弾けるシュワシュワという小気味よい音と、カレーのスパイシーな香りが風に乗って広がっていった。
「ルナちゃん、こっち揚がったよ!」
「ありがとうございます!」
商人ギルドからの出店ということで、食堂の調理係のハーフリングの皆さんがボランティアとして参加してくれている。そのお陰で作業効率がぐんとあがり、出来たてのカレーパンが露店のカウンターに並ぶ。
「商人ギルドの新商品! 出来たてのパンはいかがですかーっ!」
私はメインストリートに響き渡るように、精一杯声を張り上げる。その隣でビョルンさんの視線は街に行き交う人を見ていたが、表情はどこか憂いを帯びている。
「どうかしましたか、ビョルンさん?」
「祭りにしては静かだと思っただけだ」
「え? そうですか? 人が多くて賑やかだと思いますけれど」
「顔を見てみろ」
「あ……」
通りを埋め尽くす人々はいるものの、彼らの表情は一様に硬い。豪華な装飾とは裏腹に住宅の窓は固く閉ざされ、まるで葬儀の準備でもしているかのような静けさを保っていた。
「だが」
ビョルンさんは私の肩に手を置く。
「負債完遂、させてくれるんだろう?」
不器用な彼なりの励ましの言葉に、私は胸を叩いてみせる。
「もちろんです!」
カウンターに並べたカレーパンからの香りは、大変インパクトが強い。カレーのスパイスの香りと、程よい甘さの油の香りがなんとも嗅覚を刺激する。そしてその魅力に気がつくのは大人だけとは限らない。
「ねぇ母ちゃん、あれなぁに?」
「なにかしら。とってもいい匂いねぇ」
ちいさなまあるい瞳がこちらを見上げて、かわいらしく首を傾げる。小さな男の子とお母さんが、匂いに釣られて興味をもったようだ。
この機会を逃すまい!
「こんにちは! こちら、商人ギルドの新商品『カレーパン』でございます。ご試食できますよ」
男の子とお母さんに小さく切った一口サイズカレーパンを差し出す。男の子はキラキラと顔を輝かせて、ひとくち頬張った。
「まぁ、試食だけなら……」
「おいっしい!」
口に含んだ瞬間、男の子が無邪気に声をあげる。
「母ちゃん、これもっと食べたい!ぜんぶ食べたい!」
「えぇー? ちゃんと全部食べられるの?」
「食べられるもん!」
お母さんは困ったように眉を寄せる。たしかに子供のおやつって買うのに躊躇するよね。でも、これはどうだ?
「こちら、1つで銅貨5枚になります。ですが今日はおめでたい日なので、お子様には銅貨2枚でサービスしているんですよ」
「えっ、そうなの? それならいただこうかしら。この子の分と、私の分。銅貨7枚でいいの?」
「はい、お買上げありがとうございます!」
「やったぁー! 母ちゃんありがとう!」
やった! と、私も男の子と一緒になってガッツポーズをしてみせる。今日の初売上ということもあるけれど、自分が企画した商品が誰かに求められるというだけでも十分に嬉しかった。
「おいしいねぇ、母ちゃん」
カレーパンを頬張る男の子と微笑ましげに見るお母さん、その光景は何よりも眩しい。お母さんは少し表情を暗くして、私に頭を下げた。
「ありがとう。最近どこも物が高くて、この子に何も買ってあげられなかったの」
「おねえちゃん、ありがと!」
「こちらこそ! お祭り、お母さんと一緒に楽しんでね」
「うん!」
口の周りを油でベタベタにした男の子の口を拭って、お母さんは幸せそうに微笑んだ。その親子の和やかな姿に、こちらも胸が温かくなる。
「嬉しいですね、ビョルンさん」
「……否定はしない」
今だけはハルの事や、負債のことを少しだけ忘れて、純粋な喜びをビョルンさんと二人で分かちあった。
「なぁんやなんや! このごっつええ匂いは!」
親子を見送って少し経った頃、聞き覚えのある声がカウンターの向こうから聞こえた。
「グリオンさん!」
「ルナちゃーん! 会いたかったでぇ!」
グリオンさんと再開のハグを交わす。グリオンさんはハーフリングなので私の腹あたりまでしか身長がなくて、まるで小さな子をハグしているような多幸感を感じる。
ゴホン!
ビョルンさんがなぜかわざとらしく咳払いをした。もしかして失礼だったのかな。慌ててグリオンさんを離すと、グリオンさんはすうっと目を細めてビョルンさんの周りを回って見上げている。
「ふーん、へぇ、ほーん?」
「……なんだ」
「いやぁべっつにぃ? 兄さん、かわええやっちゃなぁ」
「………」
「ちょ、ちょっとビョルンさん!? なにしてんの!?」
ビョルンさんが今にもグリオンさんを頭から食い殺しかねないくらいの形相で睨みつけるので、慌てて引き離す。グリオンさんは楽しげにケラケラ笑って、視線をこちらに戻した。
「ま、ええわ。それよりルナちゃん、またえらい美味そうなモン売っとるやん? 水臭いわァ、こういうのは、はよ言うてくれんと!」
「こちらは私の故郷の料理『カレーパン』です。まだまだたくさんありますから、ぜひ召し上がってください」
「んじゃおひとつ下さいな!」
「ありがとうございます! 熱いのでお気をつけくださいね」
揚げたてのカレーパンを紙ナプキンに包んで手渡すと、グリオンさんはアチアチと手の中で転がしながら、カプリと齧った。ビョルンさんに比べて一口が小さくて、なんだかかわいく思えてしまう。
いかんいかん、ハーフリングに『かわいい』は禁句。最近覚えたこの世界のコンプライアンスだ。
「うっっま!! なんやこれ、うっま!! このザクザク食感! 中からトロッと出てくるシチューも、ちょいピリッてしてクセんなる! 無限ループや! もう一個ちょうだい!」
「はい、ありがとうございます! 少々お待ちください」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、オカワリを所望するグリオンさん。私は代金を受け取ると、まだ揚げていなかったカレーパンを油に投入した。グリオンさんは待ち遠しそうにキツネ色に変わっていくカレーパンを眺めながら、カウンターに頬杖をついた。
「景気はどない? 最近、ここら辺景気悪いやろ」
「今日はおめでたい日ですから、人通りも多いかと思ったんですが……正直なところ、予想より少し閑散としているように見えますね」
「せやろな。今の領主様の人気はドン底や。顔見せに来たって、誰も喜ばへんよ」
グリオンさんはいつもの弾むような声ではなく、少し沈んだ声で答えた。
「以前は違いましたか?」
「前の奥様ン時はもっと活気があったで。商人ギルドも冒険者ギルドももっと張り切っとった。なんなら中央で商人ギルド VS 冒険者ギルドの腕相撲大会! とかイベントやっとったんや」
「わぁ、たのしそうですね」
「やろ? ま、アニタちゃんの一人勝ちやったけどな。ありゃ勝てんわ」
「なるほど」
アニタさんなら、成人男性でも余裕でぶっ飛ばしそうだ。グリオンさんと二人して肩を竦めて笑い合う。
「隣の領にはダンジョンが多いけど、こっちの領には魔物が多い。せやから冒険者ギルドも潤っとったんよ。でもなぁ」
「最近は、報酬の出し渋りが多いとお聞きしました」
「さすがルナちゃん、耳早いな。せやねん、だから冒険者も商売あがったりで寄り付かへん」
尖った耳を少し困ったように下げる。さすらいの身でもある彼にとって、その土地の情勢悪化はなにかと胃が痛いのかもしれない。
「最近じゃ伯爵の奥様にキナ臭い噂が出とってな。裏金がどうこうって、えらい言われようや」
「裏金?」
「そ。しかも奥方様は美人やからって毎日パーティー三昧でな。この街にいる間も、パーティーしまくるらしいで」
「貴族様のパーティーって、どんなのなんでしょう?」
「僕ら一般庶民じゃ予想もつかへんなぁ。でもごっつい宝石とヤバいご馳走があるっちゅうんは、よう聞く話や。ま、僕にとっちゃ、ルナちゃんのご飯がご馳走やけどな。もう一個ちょーだい!」
「気に入ってくださって嬉しいです」
もう一つ揚げたてのカレーパンをグリオンさんに手渡したその時。
「領主様ご夫妻、ただいまルーンデールにご到着なさいましたーッ!」
けたたましいファンファーレの音が中央市場に響き渡る。続いて花火が上がる軽快な破裂音と、衛兵たちの掛け声が聞こえて、城門の重い跳ね橋が徐々に下がっていく。
グリオンさんは忌々しげに一言、吐き捨てるように言った。
「来たで、お山の大将のご登場や」




