29_揚げたての秘宝、その名も『カレーパン』
市場や食堂を駆け回って、材料を一通り揃えると作業場のテーブルに並べた。薬草、野菜など以前見たことある材料にビョルンさんは怪訝そうな顔をする。
「何かと思えば、食事の準備か?」
「はい。カレーを作ります」
ビョルンさんの耳がピクリと上がる。なんだかんだいってカレーを気に入ってくれたんだな。
「ビョルンさん、スパイスと野菜の下準備をお願いします。私はちょっと他にやることがありまして」
「好きにしろ」
風魔法で野菜を切り始めたビョルンさんを横目に、食堂で分けてもらったパンと、パンの原料をテーブルに並べた。
「完成品と材料を並べてどうするつもりだ」
「この完成品の方のパンも、材料にするんですよ」
「材料に?」
「まぁ、見ててください」
パン種、小麦粉、塩、水、そして木の実の油を混ぜて、塊になるまで混ぜていく。無心でこねまくっているうちに生地が滑らかになり、きれいに伸びるようになったら。
「一次発酵!」
「野菜とハーブの準備ができた」
「ありがとうございます!」
さすがビョルンさん、手際がとてもいい。大皿の上にはきれいにカッティングされた野菜と薬草が整理されて並べられていて、ビョルンさんの几帳面さが伺える。
「では今からカレーを作ります。それまでビョルンさんは、少し休んでいてもらって構いませんよ」
「そうか」
しかしビョルンさんは私の作業が気になるのか、背後の椅子に座って私の作業を見守っていた。私は以前のようにハーブを煎ってカレー粉を作り、野菜を煮込んでいく。今回はコストがかかるので肉を除いて、野菜カレーにしてみたのだ。少しすりおろしたリンゴも入れてみたので甘くて食べやすいカレーが出来上がった。
そしてカレーを煮たたせている間に、発酵させていたパンが大きく膨らんでいた。
「カレーを作っているうちに、二次発酵まで出来ましたね」
「ニジハッコウ」
「パンを作る準備が出来たってことです」
パンを削ってパン粉にしていると、ビョルンさんが心底不思議そうに覗き込んできた。そんなビョルンさんは、なんだか子供みたいに目を輝かせていた。未知との遭遇というのは、長生きをしているエルフにとってもやはり楽しいものなのだろうか。
「小さくわけた生地でカレーを包んで」
「完成か?」
「まだです。十分休ませないと」
「……随分と手間がかかる」
むす、と口を一文字に引き結ぶのも、なんだか子供っぽい。ちょっとかわいい、なんて思ってしまった。
「休ませた生地を卵液に潜らせて、ここで削ったパンをまぶします。……で、また休ませる!」
日が傾いて、夜が訪れようとしている。あまりの待ち時間の長さにビョルンさんは飽きてハーブの整理をし始めた。
「あとは、揚げるだけですね」
「ビョルンさんの出番ってことですよ。火魔法をお願いします!」
ようやくか、とため息をつきながら、彼はとても繊細なコントロールで火魔法を起こしてくれた。細く、そして一定の温度を保つには相当な集中力を使うのだろう。その横顔は先程の少年のような幼さはなく、凛々しい魔術師に見えた。
「『炎よ、燃え上がれ』」
揚げ物は温度が上がりすぎても下がりすぎても宜しくない。油がちょうど良い温度になったところで、ビョルンさんに声をかける。
「そのままの温度をキープできますか?」
「無論だ」
「では第一弾、投入します!」
勢いよく言いつつも、油が飛び散らないようにそっとパンを油に入れる。カリカリシュワシュワという小気味よい音がして、白かったパンが魔法にかけられたようにキツネ色に変わっていく。ビョルンさんは驚いたように目を丸めて、鍋の中を覗き込もうとするので慌てて止めた。
「油が散っちゃうので危ないですよ」
「そ、そうか」
「出来上がったら一番に食べてもらうので、もう少し我慢してくださいね」
幼い子供に言い聞かせるように言うと、彼は拗ねたように鼻を鳴らした。
「こんなにも油を使うなんて、経費計算とやらはどうなんだ」
「ご心配なくこれだけの量があれば沢山作れるから、採算は取れます。それに油はいちばん安価なものを使ってますし」
「なら、いい」
キツネ色に変わったパンが油に浮いてきたら食べ頃だ。すくいあげて、油をきって……そして、ようやくこの時が来た!
「できました、カレーパンです!」
「かれーぱん」
「以前作ったカレーをライスではなくパンに閉じ込めたんです。はい、揚げたてをどうぞ」
警戒したように私とカレーパンを交互に見つめるビョルンさん。大丈夫ですよ、きっと美味しいですから。
「ね!」
にこりと微笑むと、ビョルンさんは静かに頷いた。
「……いただきます」
いよいよ意を決したように、ザクッと良い音を立てながら、大きなひとくちで齧った。その思い切りの良さに、こちらがビックリしてしまう。ちゃんと注意してあげたらよかった!
「……!!」
「だ、大丈夫ですか!火傷してません?」
「問題ない」
モグモグと頬を膨らましながら、彼は戸惑ったように目を白黒させている。
「パンが、パンじゃない」
「というと?」
「こんな食感の食べ物は初めてだ」
ごくん、と飲み込んでまたひとくち大きく頬張るビョルンさん。熱いのかはふはふと口から白い息を出している。
「私の世界では『揚げ物』と呼ばれている料理法で、私の世界では手軽に食べられるお料理として親しまれているんですよ」
「……悪くない」
ザク、ザクと一口、また一口と大口を開けてカレーパンを頬張っているビョルンさんの姿に、少し感動してしまう。初めて会った時は氷のように冷たい人だと思ったのに、今ではこんなに私の料理を楽しんでくれるのだから。
……まぁ、素直に言葉にはしてくれないけれど!
「お前が作った料理だ。お前も食え」
もう一つ揚げたてのカレーパンを指さしたので、早速私も食べてみることにする。だけどその前に、ちょうどもう一つ揚げたてが油に浮いてきたので、取り出してビョルンさんに渡してあげた。彼は言葉にはしなかったが、耳がひょこんと上がっていた。
「いただきますっ!」
私も揚げたてのカレーパンを一口かじってみた。外側の衣を噛んだ瞬間じゅわっと甘さが広がり、内側の香り高くてほのかに甘いカレーがトロリと垂れる。複雑な風味の中に隠し味のりんごの甘みが溶けていて、衣の甘みとハーモニーを奏でている。
「ん、おいしい! 衣がサクサクでいい感じですね。これなら、はじめての人でもおいしく食べられそうです」
「あぁ。質は認められるだろう」
ビョルンさんは少し目を細めて、カレーパンに齧り付いた。その顔を見ただけでもなんだかお腹が膨れた気がする。
私がカレーパンを食べ終わった頃、作業場にアニタさんが顔を出す。きっと油とカレーの匂いに釣られたのだろう。食いしん坊の調理場ハーフリングたちもこっそりと顔を出している。
「おや、またあのカレーライスとやらを作ってるのかい」
「アニタさん、素晴らしいタイミングです。ぜひ出来たてをどうぞ。みなさんもぜひ!」
そういうと、食いしん坊のハーフリングたちは真っ先に駆け寄ってきた。彼らは成人でも人間の子供と同じくらいの見た目で、とても愛らしい。彼らはカレーパンを警戒することなく、まっさきにかじりついた。
「おいしい! 甘いけど、ハーブの香りがするね!」
「サクサクしてるのはどうして?」
「以前振る舞ったカレーを応用した料理ですよ。サクサクしているのは油で揚げているからです。ベースを作り置きしておけば、あとは揚げるだけでいいんです」
アニタさんはすぐには手をつけずに、カレーパンをじっくりと観察している。その顔は商人の顔だ。
「それで、その……明日のパレードでは商人ギルドも露店を出展すると聞いたんです。なのでこちらを商品としてお出ししていただけないかと、思ったのですけれど…… 」
「ふむ、なるほど。チャレンジャーってわけかい」
これならパレードの出店としても売ることができるし、ハルが異世界人ならばほぼ確実に匂いに反応するはずだ。だが責任者であるアニタさんを満足させなければ、ハルはおろかお客様を満足させることはかなわない。
「はい。よろしくお願いします」
「ギルドの命運がかかってるんだ。簡単じゃないよ」
緊張した面持ちでアニタさんを見上げると、彼女は大きな口でカレーパンに齧り付いた。
「んん〜っ!? なんっだいこれ!」
アニタさんは頬を染めて、顔を綻ばせてくれる。その表情から彼女がとても喜んでくれていることはよくわかった。
「ザクザクした食感も楽しいし、甘い味付けなら子供でも食える。しかも片手で食べられるからパレードを見ながらでも食えるね」
あっという間に食べ終えてしまったアニタさんは、口元の油を拭うと私の頭をガッシガッシと力強く撫で回してくれた。
「……よくやったよ。あんたにはホントに感心させられる。商人ってもんが何なのか、思い出したよ」
しみじみと告げられた言葉に、期待の芽が宿る。
「それじゃあ……!」
「合格だ」
静かだけど、はっきりとした声で告げられたGOサイン。
「やった!」
飛び跳ねて喜ぶと、アニタさんはいつもの優しい顔に戻って抱きしめてくれた。
「誰もやりたがらなくて困ってたところだよ。なんせ一昨日、追加徴収があったばっかりだからさ」
「無理もありませんね……」
「で、あんたは何企んでるんだい」
アニタさんの目が、キラリと光る。やっぱりアニタさんはごまかせない。
「領主夫人が本当に異世界人なのだとしたら、確実に食いつくはず。なにか少しでも情報を得られるかもしれません」
「なるほどね、故郷の味をそう使うっていうのかい。逞しい子だね、あんたは」
力強く抱きしめながらも、よしよしと子供を褒めるように撫でてくれる。彼女に褒められると自己肯定感が爆上がりするし、もっと頑張ろうという気概が湧いて出てくる。アニタさんこそ理想の上司だ。
「だけど、くれぐれも気をつけな。領主夫人は抜け目ないって噂だからね」
「細心の注意を払います」
「よし! いい子だ」
満足気に、わしゃわしゃと私の頭を撫でてくれるアニタさん。
「じゃ、あたしは明日の準備があるから。あんた達も明日は頼んだよ」
「お任せ下さい!」
忙しそうなアニタさんの背中を見送って、さてとと息をつく。
「さぁ、ビョルンさん。アニタさんのお許しも出たことですし、明日の仕込みもお願いします!」
ハーフリングの皆さんから食堂の食材を分けてもらったため材料は十分だ。あとは明日屋台で出せるように下準備をするだけ。正直途方もない時間がかかりそうだが、やると決めた以上はやるしかない。
「ビョルンさん?」
「……故郷に、帰りたいか」
ビョルンさんは静かに問いかけてきた。その顔はどこか寂しげで、まるで迷子の子供のように見える。
唐突な問いかけに戸惑う私に、ビョルンさんはもう一度聞いた。
「領主夫人が異世界人召喚の儀式について何か知っているかもしれん。それは事実かもしれないが……お前は、危険な橋を渡る覚悟はあるか」
私がエリザベスさんとの取引を成功させたいという理由の一つには、異世界人召喚の儀についての情報を得られるかもしれないという期待がある。それは否定しない。
「前にも言ったんですが、故郷には祖母が一人で暮らしているんです。二度と帰れないなんてことになったら、きっと心配かけてしまうから……帰らないと」
「……そうだろうな」
「でも! 今は、この世界での生活も楽しいんです。帰りたいって気持ちは変わりませんけど、前みたいに焦っているわけじゃありません」
これは紛うことなき本心。だから、そんな寂しそうな顔しないで。そんな思いで、私はビョルンさんに手を伸ばす。
「アニタさんや商人ギルドの皆さん、レイドさんたち冒険者が理不尽な思いをするのは嫌です。私にできることがあるのなら、成し遂げたい」
ビョルンさんに近づいて正面に立って、まっすぐ目を見据える。
「それに、私はあなたの負債を完遂するまでは帰りませんよ。約束は守りますから」
その答えを聞いて、ビョルンさんは小さく息を吐く。その顔にはもう先程のような憂いは見られない。
「……契約は遂行する」
「はい! よろしくお願いします」
私は彼の手を自分の手のひらで包み込み、ゆっくりと、そしてしっかりと握りこんだのだった。




