03_無愛想エルフの行商ビジネス
3話目です。
ようやく行商人らしいことをします。
※100pvありがとうございます!!励みになります
03_無愛想エルフの行商ビジネス
「はぁ…あっつ」
歩を進める事に太陽が高くなっていく。パンツスーツで野外を歩き回るのは愚かな行為だと思い知らされる。
森の中を歩くにはパンプスは不向きで、踵を踏み潰す羽目になった。こちらの様子には相変わらず目もくれず、エルフはただまっすぐ前を向いて獣道を歩き続けている。
「せめて、山道さえ切り抜ければ…」
そんな願いが叶ったのか、太陽が真上に上がる昼過ぎには開けた街道に出ることが出来た。石畳の街道と行き交う人々の服装は日本のものとは全く異なるものであり、ここは日本ではないことを再確認させられる。道沿いに咲き乱れた花は芳醇な香りがして、色とりどりの蝶が舞い踊っている。その景色に思わず見とれてしまった。
「綺麗……」
「そう珍しいものでもない」
不機嫌そうにエルフは言い放って、道沿いの岩にどっかりと腰掛けた。そしてカバンの中から大きな布を取り出すと、私の頭にかぶせてきた。
「うわぁっ!?何!?」
「その格好では怪しまれる。マントで隠しておけ」
「は、はい。ありがとうございます」
お礼の言葉を言っただけなのにこれまた不機嫌そうに眉を寄せた。カバンにまた手を突っ込んだと思えば、こちらに何かを投げて寄越した。それは両手に余るほど大きく、真っ赤で艶やかなリンゴだった。
「それ以上の施しはしない」
「ありがとうございます…!」
「…ふん」
彼はおもむろに背中から、手入れは行き届いているがどこか古びた革袋を下ろした。そして地面に藁の敷物を敷いて、その上に丁寧に選別された薬草と、地味な色のポーションを並べた。そしてよく分からない不思議な顔をした木彫りの彫刻も添える。
「あの、何を…?」
「仕事をする。邪魔だけはするな」
「わかりました。黙って後ろで市場調査しています」
そしてエルフは敷物に座り込むと、一切声を出さず、道行く商隊や旅人が立ち止まるのを静かに待ち始めた。そう、彼は一言も発さないため露店は誰の目に留まることもない。行き交う人々はみんな自分の行き先だけを見ているため、地面に座り込んだこちらの様子など気付くわけがないのだ。
「……」
私は言葉を必死に飲み込み、酸っぱいリンゴを齧った。今は目の前で行われている非効率的なビジネスよりも、貴重な栄養源と水分補給に集中することにする。リンゴは酸味が強いけれど、食べるとなんだか元気になった気がした。
そんな中、一人の旅人が露店の前で足を止めた。
これはチャンス!認知度がゼロな今、どれかひとつでも売ることができるのなら、この座り込み商法も悪くないのでは。なんて思っていたのに、エルフはあろうことが旅人を睨みあげて、低く唸るように宣った。
「価値を理解してから買え」
「…なんだそれ」
なんだそれ!私も心の中で旅人と共に叫んだ。
旅人はエルフのその態度にへそを曲げたのか、舌打ちをした後、そのまま立ち去ってしまった。
なんてこと!せっかくのお客様を逃がしてしまうなんて!
「あの」
「黙れ」
「はい」
なにか言おうとした気配を察知したのか、エルフはこちらが何かを言う前にピシャリと言い放った。
そしてその後も待てど暮らせど集客はゼロ。なのにエルフは動じた様子はなく、ただ静かに目を閉じていた。
「あぁ、もう…!」
ちょうど二時間経ったところで、私の限界が来てしまった。喉まで込み上げてしまった言葉が、とうとう溢れてしまった。目の前で繰り広げられるこの非効率的なビジネスに黙っていられなかったのだ。
非効率すぎる! 顧客をターゲティングしていない!商品ポーションのパッケージが地味だし見るからに不味そう!そして何より、全く営業トークをしないのが致命的。せめて『いらっしゃいませ』くらい言いなさいよ!
…と全てをストレートに言うのを堪えて、なんとか声を絞り出す。
「あのぅ、エルフさん?さしでがましいことを申し上げるのですが…二時間で集客ゼロでは、さすがに売上効率が悪すぎるのでは?」
「我々エルフにとって、多すぎる富は不要だ」
「そうは言っても、全く売れないと困りますよね? 例えば、見た目や呼び掛けの工夫を…」
「薬草やポーションの真の価値は、効果にある。それを見極める者にのみ商品を売る。それすら見分けられぬ者を客にとるなど、エルフとしての矜持を傷つけるだけだ」
「それはそうなんですけど、最低限の売上は確保しないと商売なんてやっていけませんよ」
「富を求めすぎれば堕落する」
う、それは否定できないかも。
「これ以上の会話は不要だ、人間」
「…はい、失礼いたしました」
冷たいライムグリーンの瞳によって、私は完全敗北した。負けた。悔しい。
私は所詮余所者、彼のビジネスに口を出す権利はない。ないけど、さすがにこれはビジネスウーマンとしての矜恃が黙ってないというか。
「そのポーションって、どんな効果があるんですか」
「会話は不要だと言ったはずだが」
「りんごを頂いたお礼に、何か出来ることはないかと思いまして。店員の会話も多すぎると営業の妨げになりますが、適度な賑わいは販売の促進になるそうですよ」
ビョルンはまた顔を顰めたが、顎をしゃくって敷物のポーションを示してみせた。まるで『手短に済ませろ』とでも言いたげな態度だが、一応話は聞いてくれるようだ。
「赤は体力回復、青は気力回復、緑は魔力回復のポーションだ」
「なるほど…!これは冒険者向けのポーションなんですね!」
「珍しくもないものにいちいち大袈裟に反応するな」
RPGゲームとかではよく見る馴染みのポーションに、少し感動してしまう。これまで空想だと思っていたものが目の前にあるのだから、興奮しても仕方がないでしょ。
とはいえ、この街道を通っているのは冒険者と言うよりも巡礼者や商人のように見える。彼らは冒険者用のポーションは必要としないだろう。
「巡礼者や商人の方が買い求めるようなポーションはありませんか?」
「客が何を欲しているかなど、考えても無駄だ。欲しいものは勝手に言う」
「無駄なんてことはありませんよ。現に今この街道では街に行くための旅人や巡礼者の方が多数見受けられます。この場所での効率的なビジネスを展開するためには、彼らの需要に沿った商品ラインナップを……」
エルフは意外にも私の話を遮ることなく、ただ静かに聞いてくれた。長い前髪で表情が見えないけれど、彼はやっぱり悪い人ではないのだろう。
「…以上が、あなたのビジネススタイルを拝見した結果の課題と改善点になります。…はい、喋りすぎました、すみません」
「よく回る口だな」
「仕事柄、こういうビジネスに関することになると熱くなってしまいまして…」
エルフの隠れていた目が少しだけ見開かれて、前髪の隙間から覗く。
「貴様も商人だったのか」
「はい。我が社は色んなものを取り扱っていましたけれど、私は主に食品や食品に纏わる製品を取り扱っていました」
「……そうか」
一人の中年男性が露店にやって来た。なんだかとても狼狽した様子で、なにかトラブルを抱えていることは一目瞭然だ。この機会を逃す手はない。
「こんにちは!なにかお困りですか?どんな商品をお求めでしょうか?」
私がすかさず営業トークとスマイルを見せたことに、エルフは驚いたようにこちらを見た。余計なことをするなと怒られるかと思ったが、こちらの様子を静観することにしたようだ。
「長旅で妻が体調を崩してしまって…なにか薬は売っていないか?」
「それは大変…!奥様のご容態は?」
「おい」
ビョルンさんの制止を無視して、男性が引いていた馬車の中を覗き込むと、ぐったりとして荒い息を吐いて苦しむ女性がいた。
「…!」
ほら、あなたの出番ですよ。という視線をエルフに送ると、エルフはため息をついてひとつの薬草を指さした。
「この症状ならば、こちらの薬草を煎じて飲ませればいい。即効性が高く、最も安価な薬草だ」
「その薬草の効能は、えぇと」
「疲労による身体の不調を軽減する。体力回復ならばこちらのポーションと組み合わせろ」
「通常価格は薬草が銅貨五枚、ポーションが銀貨一枚ですが…」
「そうか!じゃあ薬草三束とポーションを一本貰おう、売ってくれ」
「お買上げありがとうございます」
確かに薬草とポーションを売ることには成功した。ただ、男性は見るからに薬草の調合には不慣れに見える。
「あの、よろしければ薬草を煎じるお手伝いをいたしましょうか?」
「おい」
「すみません。でもこのままじゃ、せっかく薬草を売っても効果が得られませんよ」
エルフは薬草と男性を交互に見て、仕方なさそうにため息を吐いた。そして鞄から調合道具を取り出すと乾燥した薬草を煎じ始め、瞬く間に丸薬を完成させると、無言で差し出した。
「あぁなんて優しい方々だ!ありがとう、本当に助かったよ。本当にありがとう!」
男性は満足した様子で私に硬貨を握らせ、ご婦人ところに戻って行った。手のひらに銀貨と銅貨の重みがずっしりと乗る。これが私たちで稼いだ初めてのお金…そう思うとなんだか感慨深かった。
「やりましたね、エルフさん!今日初めての売上ですよ」
エルフを振り返ってガッツポーズを見せると、鬱陶しそうに目を背けた。そして彼はマントを引き上げながら、ポツリと呟いた。
「……だ」
「え?すみません、よく聞こえなくて」
「…ビョルン、だ」
エルフは小さな声で告げたそれが、彼の名前であることはなぜかはっきりと理解できた。そして私たちはまだお互いの名前を知らなかったことに、今さら気がついた。
「申し遅れました、私はルナと申します!よろしくお願いします」
「別によろしくする必要もない。日が沈む前に引き上げるぞ」
エルフ、ことビョルンさんはこれまた不機嫌そうに言うと、敷物の上のものを片付け始めたので、私も手伝うことにした。そして革袋にすべての商品を詰め終わったあと、彼はまた街道を歩き始めた。彼の歩みが少し遅くなっていたことには触れない方が良い気がした。彼は存外優しくて、しかし素直になれない不器用な人だと分かったから。
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※次回更新は1月4日18時です




