23_さすらいのインフルエンサー
翌日の昼下がり、アニタさんの許可を貰い、中央市場の片隅に小さな露店を構えることに成功した。昨日ビョルンさんと作り上げたポーションキャンディを売り出すため、張り切って声を上げる。
「いらっしゃいませ! 疲労回復に! 驚きのポーションキャンディはいかがですかー!」
だが、見向きもされない。そもそも、この世界では『ポーションは苦くてまずいもの』という認識が深く根付いているせいか
『は? ポーションが甘い? 寝言は寝て言え』
とでも言うがごとく、氷のような冷たい視線を浴びるだけだった。
「ダメだ! 誰も! 足を止めない!」
「想定内の事態だろう」
項垂れる私にビョルンさんは露店の後ろで腕を組み、不機嫌そうに言った。
「先入観を覆すのは、難易度が高い」
試作品をいくつも配ってみたが、ひと口も食べていないくせに『苦い』『薬くさい』と酷評されるばかりで、全く鳴かず飛ばずの状態だった。
せめて一口食べてから言ってくれ!
脳内で肉たたき棒を振り回すが、お客に文句を言うことも出来ず。
「このまま時間の経過を待つのも、効率が悪い……」
ふと露店の隅の、オレンジ色が溢れている箱が目に止まった。お婆さんにせっかく頂いた『夕日の果実』は、在庫がかなり余ってしまっている。
「昨日も、結局三つしか消費できなかったもんな。このままじゃ腐らせちゃうよ……」
鑑定グラスで覗き込むと、昨日より鮮度が落ちていると表示された。このまま腐らせるのはもったいない。蜂蜜漬けの保存食にするか、ジュースにするか。せっかくなら『魔力回復』を活かした商品にできないだろうか。
「……そっか、オレンジキャンディ!」
頭の中で豆電球が光った。
「それもキャンディにするのか」
「はい。ビョルンさん、お願いできますか?」
ビョルンさんは何も答えないものの、すぐに火を起こして樹蜜の準備をしてくれる。私は残りのオレンジの皮を剥いて、鍋に入れた。
「手順はポーションと同じか」
「熱を入れると吸収効率が上がる果物らしいので、少し煮詰めてみようと思います。試しに昨日のハーブと蜂蜜も入れてみましょうか。きっととても甘くて美味しくなるはずですよ」
ジュースを煮詰めるうちに、甘酸っぱい香りが露店の周りにふんわりと漂い始めた。その匂いは、市場の雑多な空気の中にふんわりと溶けていく。そして仕上げに、ビョルンさんの魔法をひとふり。
「よし。ジュースを漉して樹蜜を加えて……」
ビョルンさんに火加減を調整してもらいながら、慎重に樹蜜を加える。昨日の試行錯誤のおかげで、今度は爆発させることなく樹蜜入りのジュースを作ることが出来た。
「これをまた、さらに漉して」
「必要な作業には思えんが」
「このひと手間を加えるだけで口溶けが変わるんですよ。大切な工程のひとつです」
漉したジュースは美しい橙色に輝き、型に入れて固めてもその輝きは失われなかった。
「見てください、ビョルンさん。綺麗な『魔力回復ポーションキャンディ』ですよ!」
「味は?」
「どうぞ!」
魔法を使いっぱなしだったビョルンさんの額には汗が滲んでいる。すかさずキャンディを差し出すと、彼はポイッと口に含んだ。
「魔力回復の効率が、昨日のソースよりも向上している。樹蜜の効果だろう」
「樹蜜には、効果を底上げする成分が含まれているのかも。もう少し研究する必要がありそうですね」
少し表情の和らいだビョルンさんに笑いかけると、彼は少しだけ目を細めてくれた。
「なぁんや、なんや! このあっまいええ匂いは!」
「へ?」
店先から聞いた事のない声が聞こえて振り向くと、一人の小柄な男が露店に近づいてきた。彼は茶色の髪から伸びた先の尖った耳が特徴的なハーフリングで、丸顔に人懐っこそうな笑顔を浮かべている。
にこやかな笑顔のためか、目は恵比寿さんのように細められていて、その細い腰には不釣り合いなほど分厚い手帳がぶら下がっていた。
「なぁ、姉ちゃん。えらいええ匂いしとるやないの! なんや、ここで甘いもん作っとるんか?」
男はジュースを煮詰めている鍋を覗き込みながら、流暢な関西弁で話しかけてきた。こちらの世界にも関西弁ってあるんだ? というツッコミは、ひとまず置いておく。
「いらっしゃいませ。こちらは『魔力回復ポーションキャンディ』と言う商品でございます」
「『魔力回復ポーションキャンディ』!?」
ハーフリングはその大きな目をさらに見開いて、大袈裟に仰け反ってみせる。
「ウソ言うたらアカンで、姉ちゃん。ポーションいうんは、あのにっがいまっずいドロドロの飲みもんのことやろ? それがキャンディってのは、どういうこっちゃ」
もちろん、そう言われることは想定済み。だがここで引くわけにはいかず、作りたてホヤホヤのオレンジ色のキャンディを差し出してみせた。
「そちらは説明するよりも、お試しになるのがいちばん早いかと」
見栄えが良いように、ガラスの皿で盛り付けたのが功を奏したのだろう。そのキャンディはまるで宝石のようにキラキラと輝いて、昼下がりの光をめいっぱいに浴びている。
さぁ、初めてのお客様のお眼鏡にかなうか否か。
「タダで食わせてくれるんは、気前がええな。んじゃ遠慮なく!」
ハーフリングは歓喜の表情を浮かべ、差し出されたキャンディを手に取ると、まるで宝物でも扱うかのように丁寧に眺めてから、口に放り込んだ。
直後、彼の顔が満面の笑みに変わった。
「この酸味と甘味のバランス! 果実の風味をここまで凝縮させるなんて! 姉ちゃん、あんた腕利きやなぁ!」
「ありがとうございます!」
カラコロとキャンディを転がしながら、ご機嫌なハーフリングは手を差し出してくれる。
「僕な、グリオン言いますねん。よろしゅうな!」
「は、はい。私はルナと申します!」
反射的に手を握ると、グリオンさんは人懐こい笑顔を浮かべてくれた。
「さすらいの美食家っちゅうことで、たまに本も買いてんねん。これ、試食のお礼にあげるわ。サイン付きのプレミアやで!」
そう言って差し出されたのは、分厚い紙の書籍だった。紙の書籍はこの世界では貴重なのに、こうも容易く与えるなんて。彼はよほどの資産家、つまり信頼できる筋の持ち主なのではあるまいか!
「ありがとうございます。拝読させていただきますね」
味のプロの意見が聞けるなら、願ってもない機会だ。この好機、逃す訳にはいかない。
「グリオンさん、実はお願いがあるんです」
真剣な顔で、グリオンさんに頭を下げる。
「『疲労回復』のポーションキャンディも作っているんです。ですがグリオンさんのご存知の通り、疲労回復ポーションの味を忌避するあまり、売れ行きが滞っておりまして。グリオンさんのご意見を頂戴できませんか?」
グリオさんは首を傾げて、差し出した萌黄色のポーションキャンディをまじまじと見つめた。
「ふぅむ、これホンマにあの激マズ『疲労回復ポーション』のキャンディかいな?」
「はい。成分は全く同じで、吸収効率を上げております」
「なるほどなぁ……」
グリオンさんの表情は晴れない。確かに世に出回っている『疲労回復ポーション』はどれも酷い味のものばかりで、積極的に口にするのは憚られる。
「まぁ、さっきのキャンディは美味かったしな。しゃあなしやで!」
「お願いします!」
グリオンさんは意を決して、ポーションキャンディを口に放り込んだ。
「……!」
一瞬の沈黙。
そして、グリオンさんの顔が動きが止まる。完全に凍りつき、そして。
「な、な、なんッ、なんじゃこりゃああーっ!!」
グリオンさんはガバッと私の手を握って、興奮したように叫んだ。中央市場の客たちが驚いて一斉にこちらを見る。
「口に入れた瞬間は薬草の苦みがガツンと来て、脳にビビッとくる! せやけど、その後に蜜の甘味がブワーッ広がって! すんごいハッピーな気分になってまう!肩こりもどっか行ったわ! これなら、毎日でも食べたいで!」
「そう言っていただけて光栄です、グリオンさん!」
予想以上の反応に、思わず嬉しくなってグリオンさんの手を握り返した。美食家として書籍まで出している彼がこうも評価してくれるとは思わなかったから。
「なぁルナちゃん、正直に言うてくれ。あんたなんの魔法を使ったんや?」
冗談めかしたセリフだけれど、ここは一般市民Aらしく控えめに答えておこう。
「私は魔法を使えない凡人ですよ。ただポーションの効果を最大限に生かす工夫をしただけなんです」
「はははっ! なぁに言うてんねん。あんたはもう立派な美食の魔女やで!」
『美食の魔女』、なんていい響きだろう。ステータス低ランクの一般市民Aが、ここまでの評価を貰えたのは素直に嬉しい。ビョルンさんを振り返ると、彼は呆れたように肩を竦めた。
「ふふ、聞きましたかビョルンさん? 私、魔女ですって!」
「火魔法もろくに使えないくせに」
「ぐぬぬ……!」
ビョルンさんほどの才能がある魔術師に言われると、ぐうの音も出ない! くやしい!
意地悪なエルフに抗議するように、ポコン! と拳でひとつ叩いた。
結局、グリオンさんには『魔力回復ポーションキャンディ』こと、オレンジキャンディと『疲労回復ポーションキャンディ』こと、ミントキャンディを三瓶ずつお買い上げいただいた。
「あ、そうそう。あんたら商人ギルドなんやろ? せやったら、冒険者の奴らとは仲良うしとった方がええで。商人ギルドにとっちゃ、冒険者ギルドはお得意さんやからな」
「なるほど、冒険者ギルドもこの街にあるのですね」
「市場の前に掲示板があるやろ? あそこに広告出しといたるわ。お客さんバンバン入るで!」
「本当ですか?ありがとうございます」
やっぱり持つべきものは気前の良いお客様だ。購入だけでなく口コミまでして下さるとは。グリオンさんが来てくださって本当に良かった! 万歳!
……と、心の中で万歳三唱して、グリオンさんを拝んだ。
「ルナちゃん、僕はアンタらのこと応援しとるで。そっちのイケメンなエルフの兄ちゃんもな」
「……」
せっかくグリオンさんが気を利かせてくれたのに、ビョルンさんは何も言わず、いつも通り腕を組んだままだった。
「ちょっとビョルンさん! 彼、愛想がなくてすみません」
「ええよ、ええよ! そういうのがミステリアスってヤツや。急にデレたら解釈違いやわ」
なんかこの人、現代人っぽいことを言うなぁ。誰かの入れ知恵? いや、まさか。
「そんじゃ僕はこれで! 次の商品も楽しみにしとるで! ほな、さいなら〜!」
「はい、グリオンさんも道中お気をつけて!」
グリオンさんはからりと笑うと、颯爽と風のように市場の人混みの中へと戻って行った。
また会えるといいな、という期待を込めて、彼の姿が人混みに紛れて見えなくなるまで手を振り続けた。




