20_棚からぼたもち、箱からオレンジ
第20話です。
皆様のおかげで20話まで投稿することができました。いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。今後ともルナ達の物語を見守っていただけると幸いです。
20_棚からぼたもち、箱からオレンジ
私は全身ポーションまみれのまま、頭を深く下げた。
「ビョルンさん、本当にありがとうございました。今日は大きな魔力を使わせてしまいましたから、晩御飯は私が腕を振るいますね!栄養満点の、最高のお肉料理を作ります!」
「不要だ」
ビョルンさんはぶっきらぼうに言ったが、その表情は心なしか穏やかだ。そんな彼を放っておけない。恩人であり、今は大切なビジネスパートナー、そして今日の功労者なのだから。
「いいえ、これは効率的な商売のためです!あなたが倒れたら明日もポーションを作れません。だから、英気を養ってください。さあ、食材を買いに行きましょう!」
有無を言わさぬルナの勢いに押され、ビョルンは小さく溜息をついた。
「その前に、その見てくれをどうにかしろ」
ビョルンさんがパチン、と指を鳴らすと緩やかな風と水が舞い上がり髪や服にこびり付いたポーションを洗い流してくれた。
「魔法の詠唱ってどういうシステムなんですか?」
「簡単なものなら詠唱は不要だ。詠唱することにより魔力消費を抑え、威力を増強させられる」
「なるほど、そういう仕組みなんですね」
「魔法を極めた者ならば造作もないことだ」
その言葉には、彼の魔術師としての矜恃が滲んでいた。
「キレイにしてもらったことですし、市場に行きましょうか」
作業場を出て、賑わうルーンデールの中央市場へと向かった。傾き始めた陽の光を浴びた市場は活気に満ち、色とりどりの野菜や果物、そして魔物の肉が並ぶ。おどろおどろしい色の肉から、スーパーマーケットに並んでいそうな肉までさまざまだ。
「魔物肉か…『ステータス鑑定』」
私が夢中で食材を選んでいる間、ビョルンさんは警戒を緩めずに周囲を見渡していた。彼の存在感が周囲の喧騒の中で際立っている。
「…さっさと選べ」
「そんなにお腹がすいたんですか?ちょっとだけ待ってくださいね」
昔学校で飼っていた犬がお腹を空かした時にはクンクン鳴いて寄ってきたなぁ、なんて今のビョルンさんを見ると思い出してしまうのはさすがに失礼か。
「コカトリス、ワイバーン、アンバーボア、ハニーラム…お肉だけでもたくさんの種類があるんですね」
「このあたりの魔物や家畜の肉だ」
「そして生肉はやはり高価…塩漬け肉も栄養価が高いですね。アンバーボアのお肉はお好きですか?」
「食えればなんでもいい」
「じゃあこのお肉にしましょう。すみません、こちらを一つお願いします」
「あいよ。銀貨1枚だよ」
ぐぅ…!正直なところ、食堂で食べる一食分よりは安いけれど、それでもやっぱり出費は痛い。ええい、でもこれはビョルンさんの為だ…!
ビョルンさんに預けてもらったお財布から銅貨を差し出して、塩漬け肉を受け取る。どっしりと重く、白い脂身が美味しそうなお肉にテンションが上がる。これを焼くだけでも美味しそうだ。目玉焼きを添えてベーコンエッグにして、丼にしてみるのもいいかもしれない。もしくはハムカツのように揚げても良いかも。
「…肉ひとつで随分と機嫌がいいな」
「ふふふ、どうやって美味しく調理しようかって考えるのが楽しいんですよ。さぁ、帰りましょうか」
包み紙を抱えてギルドに戻ろうとしたその時だった。
ルナの視線の先、市場の隅にある材木屋の前で、高く積み上げられた木材の山が、グラリと大きく傾いだ。
「あっ……!」
その木材の真下には、ちょうど品定めをしていた腰の曲がった小柄なお婆さんが立っている。老婆は傾いた木材に気づく様子もなく、悠長に商人と言葉を交わしていた。
「危ないっ!!」
叫びながらお婆さんに向かって走り出した。木材はすでに重力に従って加速度を増し、老婆の頭上へ落ちていく。お婆さんの前に庇うように立つが、遠くで見ていた時よりも木材は大きくて、潰されたらひとたまりもないかも
…と今更思うが、もう遅い。
ぎゅっと目を瞑った瞬間、横を眩い閃光が通り過ぎた。
目に見えない強靭な風の壁が、倒れかかる木材の下に発生した。木材がきしむ嫌な音と共に、轟音と共に崩れ落ちるはずだった木材の山は、ピタリと宙で静止した。お婆さんや周囲の人々は状況を理解できておらず、目を白黒させている。
「……なにごとじゃ?」
お婆さんは状況を理解すると、ガタガタと震えだし、私を見上げて深々と頭を下げた。
「あんたが助けてくれたのかい!」
「い、いえ!私じゃなくて、ビョルンさんが…」
「さっさとそこを退け」
ビョルンさんはぶっきらぼうに言い放つ。私とお婆さんが木材の下から移動すると、ゆっくりと木材を地面に下ろした。
「あ、ありがとうございます、ビョルンさん」
「軽率な行動はするな」
怒っているように低い声で、唸るように言う。彼の言う通り、たしかに今の行動は軽率だった。怒られるのも無理はない。ビョルンさんを労りたかっただけなのに、結果的に彼に魔力を消耗させてしまった。なんという本末転倒。
「ごめんなさい」
しょんぼりと肩を落として、謝罪するがビョルンさんは何も言わない。しかしそんな重苦しい空気を霧散させたのは、お婆さんの元気な声だった。
「ああ、なんて親切なエルフさんとお嬢ちゃんじゃ!あんたたちに何かお礼をしなきゃならんね」
お婆さんは私の手を強く握ると、傍らに置いていた木箱いっぱいのオレンジを指さした。
「こいつを持っていきな。採れたてホヤホヤ、甘くておいしい『夕日の果実』だよ!」
「『夕日の果実』?」
「おや、知らないかい?魔術師先生方もご愛用の、栄養満点の果物さ」
「そんな貴重な果物を、こんなに頂いてもいいんですか?」
「今年はたっくさん取れたんだ。もらっとくれ!ほら、兄さんにおいしいものを作ってあげるんだよ」
ステータスを鑑定してみると、『夕日の果実』とはこの世界のオレンジと同じような果物らしい。しかもこれは『魔力回復効果』がとても高いのだとか。なんという棚ぼた(私は何もしていないけど…!)!
「ありがとうございます…!ありがたく、頂戴いたします」
そう言うと、お婆さんは歯の抜けた口を大きく開けて嬉しそうに笑った。その笑顔を守れたことは純粋に嬉しく感じた。
「帰りましょうか、ビョルンさん」
私は大量のオレンジが詰まった籠を抱え、ビョルンさんに駆け寄った。
「…無駄な魔力を使った」
ビョルンさんはそう言いながらも、私が抱える重い箱を無言で受け取った。その手を思わず握る。私をいつも守ってくれる彼の手は少しヒンヤリとしているけれど、とても落ち着く温度をしていた。
「助けてくれて、本当にありがとうございます。そして、魔力まで使わせてしまってごめんなさい」
ビョルンさんは長い前髪の下から私の目を見て言った。
「そういう契約だ」
しかし、彼の耳がほんの少し赤くなっているのを私は見逃さなかった。
「せっかく頂いたので、塩漬け肉と果実ソースにしましょう。さっぱりして美味しいお料理になりますよ」
「…ふん」
鼻を鳴らすと、ビョルンさんは果実の箱を抱え直してさっさとギルドに戻る道を歩いていってしまった。
ああ、もう。またそうやって素直じゃないんだから!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回更新は1月21日18時です




