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異世界にとばされた社畜OLですが、ツンデレエルフと行商ライフを満喫中です!  作者: しらたき 茶々麻呂
03_商業都市(ルーンデール)編

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19_爆裂ポーションキャンディ

 私とビョルンさんが『ビジネスパートナー』としての契約を交わして、三日目の早朝。


——ドォンッ!!


 ギルド裏の作業場に、鈍い破裂音が響いた。同時に、鍋から()き出した緑色の煙が充満し、周囲には甘ったるい樹蜜と薬草の混じった、ねっとりとした液体が飛び散る。


「うぇげっほごほごほ!」


 ビョルンさんと二人で、甘い香りに()せて咳き込む。ポーションまみれでベタベタになった前髪を振り払い、顔を顰めた。鑑定グラスにも樹蜜がこびりつき、視界が滲む。


 全身をベタベタの液体に覆われながら、私は小さくため息をついた。隣に立っていたビョルンさんも、エルフの長い髪の先から緑色の液体を滴らせている。


「やはり、樹蜜の扱いは困難か」


 ビョルンさんは冷めた口調で言ったが、彼の眉間(みけん)に刻まれた深い皺は、内心の苛立ちと焦りを物語っていた。彼のポーション改良への意欲は、私と同じくらい強いことを感じられるのは、素直に嬉しいと感じた。しかしながら状況は芳しくない。


「ポーション原液に樹蜜を加えて再加熱すると、急激に発泡するようだ」


「加熱によって、なにか成分が変化するんでしょうか……?」


 文献を読み漁ったり、鑑定グラスを駆使したけれど、私のスキルでは有益な情報は得られなかった。『飲みやすいポーション作り』そのものが暗礁(あんしょう)に乗り上げているのは明白で、二人とも焦りを(あら)わにしている。


「このままじゃ、ポーションの売上をあげることは難しい。効果があるものを燻らせておくなんて、多大な損失です」


 汚れた鑑定グラスを拭いながら、ふと作業場の火に目をやった。火力は一定ではなく、風に吹かれてゆらゆらと不安定に揺らぎ続けている。髪にくっついたポーションは固まってしまい、パリパリに(くだ)ける。


 破片を(つま)んでパキッと噛み砕いてみると、樹蜜の甘さとハーブの香りが広がってまるでミントキャンディのような味わいになった。


「味は悪くないのになぁ」


 昔、縁日(えんにち)の屋台で見た飴細工を思い出す。職人がバーナーで(あぶ)り柔らかくした飴を、器用に金魚や花の形にする、まるで芸術作品のような飴細工。

 

 『どうせ食うんだから、見た目なんてどうでもいい』

 

 なんて言う祖母にはついぞ買ってもらえなかったけど、こっそり祖父が買ってくれたんだっけな。バレないように祖父と二人、物陰に隠れて飴を頬張った。


「飴細工……」


「なに?」


「もしかして、火加減にヒントがあるとか」


「火加減だと?」


「この樹蜜と薬液の反応は非常に繊細です。少しでも温度が上がりすぎると、爆発する。逆に火力が弱すぎると固形化が進む。つまり、この作業には一定温度での加熱が、絶対条件なのではないでしょうか」


 ビョルンさんを見上げて、とある提案をしてみる。


「ビョルンさんって、火魔法も使えます?」


 ビョルンさんは私の問いに答えず、右手を前に突き出した。


問答無用(もんどうむよう)


 彼の掌の上には、周囲の薬草を焦がしそうなほど鮮やかな真紅の火の玉が出現した。その火の玉は、ビョルンさんの繊細(せんさい)な魔力制御によって、大きさも熱量も完璧に固定されているように見えた。


「おぉ、さすが!」


 感嘆(かんたん)の息を漏らすと、当然だというように得意げに鼻を鳴らした。


「じゃあ、炎を同じ温度でキープすることは可能ですか?」


「論理的に可能だ。だが、魔力の消費は大きい」


 ビョルンさんは一度火の玉を消し、静かに答えた。


「なるほど。では今日の晩御飯は、栄養満点のものをご用意します。それなら可能ですか?」


「……いいだろう」


 ここで諦めるなんて絶対に嫌だ。私は私に出来ることを全力でこなそう、だからどうかビョルンさんも頑張って欲しい、という思いを込めて頭を下げる。すると、ビョルンさんは真剣な眼差しで頷いてくれた。


「よし、ではお願いします!」


「効率的ではないが、いいんだな」


「成功すれば、このポーションは誰にも真似できない付加価値(ふかかち)を持つことになります。やってやりましょう」


 ビョルンさんは溜息をついたが、彼の顔にはすでに挑戦者の表情が戻っていた。彼は新たな薬液の入った鍋の前に立ち、その右手から再び赤い炎を灯す。


「炎を、もう少し絞れますか」


「こうか」


「もう少し……あ、そこ!」


「了解した」


 ビョルンさんはこちらの指示に従い、炎を細く、しかし熱量を保ったまま制御する。その集中力は凄まじい。


 細く搾った炎はバーナーのように勢いよく燃え上がる。慌ててビーカーを炎にかざし、少しずつ慎重に樹液を加えていく。緑色が徐々に若葉色に変わり始め、水泡が浮かぶ。ビョルンの完璧な火加減のおかげで、一度も発泡することなく薬液は煮詰まっていった。


「今だ!」


 火からポーションを離すと、ポーションは淡く若葉色に光ったまま粘度の高い液体状に保たれていた。


「爆発、しない……!」


「だが、この粘度の高さでは飲み下すことも難しそうだ」


「確かに」


 ドロドロの熱い半液体状のそれは、飲み下すのは不可能だ。ならば、固めてみるのはどうだろう?


「ビョルンさん、少しずつ温度を下げてもらえますか」


「このままだと固まるぞ」


「固めるんです。でも、少しずつ……ゆっくり」


 ビョルンさんは眉間に皺を寄せながら、ゆっくりと炎を小さくしていく。少し粘度が上がったところで、調理用のバットに流した。


「熱ッ」


 チリッとバットを持った手が痛む。温度が高すぎて火傷をしてしまったらしい。


「おい」


 (とが)める声じゃなくて、心配の声。私は集中力を切らさないために、ポーションから目を逸らさずに言った。


「大丈夫です。ビョルンさんは風魔法で乾燥させて貰えますか?」


「まったく、人使いの荒い……」 


 ビョルンさんは魔法でささやかな風を起こして、爆発させないよう慎重にポーションの温度を下げていく。そしてついに、ポーションは徐々に固まり、淡い萌黄色(もえぎいろ)にキラキラと光っていた。


 完全に固まる前に一口大に切り込みを入れて、ポーションが固まるのを待った。これで即興だけど、固形ポーションができるはずだ。


「やりましたよ、ビョルンさん。これこそ新しいポーションです」


 私はバットから固まったポーションを取り出す。その表面は光沢を帯び、見た目も美しい。ビョルンさんは珍しく肩で息をしながら、怪訝(けげん)な顔でそのポーションを見つめた。


「これがポーションだと?」


「えぇ、そうです。『ステータス鑑定』!」


 鑑定グラスをかけて、完成品を覗き込む。


「『ポーションキャンディ』。効能、疲労回復。鑑定結果は……樹蜜によって吸収効率が上がっています。一粒で、瓶の三分の一の効果が出そうです」


「効果は上々か」


「はい。残る課題は……味と食感ですね」


 目を見合せて、ゴクリと喉を鳴らす。そして二人同時にポーションキャンディを摘んで。


「いざ、実食!」


 ルナとビョルンはポーションキャンディを口に放り込んだ。


「うっ……!!」


 二人同時に(うめ)く。


「ビョルンさん、これは……」


「……あぁ」


 そして重なる二人の声。


「悪くない」


 そう、本当にこのキャンディ、悪くない味なのだ。


 少し辛めのミントキャンディのような爽快感と、ハーブのような(さわ)やかな苦味、そして最後に舌に残るのは樹蜜のほのかな甘み。そのキャンディを例えるならハーブ系の『のど飴』だろう。


「ルナ」


「はい?」


 ビョルンさんが珍しく私の名前を呼んで、手を差し出す。何を求められているのかわからなくて、彼の視線を追った。その目が見ているのは、私の火傷した手のひら。


「貸してみろ」


 差し出された手に、おずおずと手を伸ばす。するとビョルンさんは壊れ物に触れるように手に触れて、呪文を唱えた。


「『聖なる光よ、傷を癒せ』」


 ぽうっと緑色の光が(とも)って、傷のヒリつきが薄れていく。


「ありがとうございます」


「傷を増やすな」


 ビョルンさんは呆れ返った声で、低く、しかし優しく言った。たしかに彼の言う通り、作業の度に回復魔法を使ってもらうわけにもいかない。


「すみません。次からは気をつけます」


 叱られた子供のような、しょげた声が出た。

 ビョルンさんはうっとたじろじ、面倒くさそうにため息をつく。


「年頃の娘の手に傷を増やすのは……その、あまり良いことではないんだろう。人間族のことはよく知らんが」


 ぶっきらぼうだけど、心配とお節介が(にじ)んだ言葉。不器用なこの人なりに(つむ)げる、精一杯の(ねぎら)いの言葉なのだろう。


「ありがとうございます、ビョルンさん」


 もう一度お礼を言って頭を下げた。ビョルンさんは特に何も言わなかったけれど、返事の代わりにその耳がひょこ、と()ねている。

 

 こうして私たち共同開発の商品、ポーションキャンディが完成したのだった。

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