196_ウェアウルフのおやつ、魔獣の血の腸詰
三日後。一つ目の港での停泊を終えて、船は早朝の潮風を受けながら出発した。私とビョルンさんは客室でのんびりとくつろぎながら、窓の外から遠ざかっていく陸地を見ていた。
「私、ちょっとは成長したと思いませんか?」
私はこの三日間ビョルンさんによるブートキャンプの結果、なんとかスライムをナイフで捌けるようになった。素材だって一人で剥ぎ取ることができるようになったので、かなり成長したと思う。しかしビョルンさんの返事は釣れないものだ。
「旅人にとって最低限必要なスキルだ。威張ることじゃない」
「ちぇ、褒めてくれたっていいじゃないですか」
そっけないビョルンさんの返事にふくれっ面をしてみせると、彼は呆れたように肩を竦めた。意地悪なエルフに褒めてもらえず拗ねていると、ビョルンさんは何かを思いついたように口を開く。
「スライムの在庫をいつまでも抱えているのも面倒だ。ポーションの調合でもするか」
珍しくやる気を出したビョルンさんに、私は驚いて顔を上げた。
「スライムの核で、どんなポーションが作れるんですか?」
私の問いかけにビョルンさんは、足元の木箱から群青色のポーションを取り出した。とぷんと、揺れる液体に向こう側の景色が透けている。先程まで私の膝で眠っていたミニベロスが耳を垂らして、すごすごと部屋の隅に座り込んでしまった。
「ポーションは回復系のものだけではない。時には毒となることもある」
ビョルンさんは静かな声で言うと、私にそのポーションを握らせる。
「とはいえ俺たち行商人が売るものは、人を守るものでなくてはならない。これは『魔物避けポーション』。武器や防具に塗布することで、持ち主の身を守る効果がある」
「あぁ、だからミニベロスが警戒しているんですね」
「駄犬、お前は甲板に出ていろ。お前にこのポーションは危険だ」
「クゥン……」
ミニベロスはビョルンさんの言葉を理解したようで、悲しげに鳴く。可哀想だけれど、仕事のためだと思って我慢してもらうしかない。私はミニベロスを抱えあげて頭をひとつずつ撫でると、優しく言い聞かせた。
「後でおやつをあげるからね」
「与えすぎるなよ。船旅での干し肉は貴重なんだ」
「分かってますよ。でもご褒美は必要でしょ?」
「甘やかしすぎも問題だな」
ビョルンさんはやれやれと首を振ったけれど、ミニベロスの頭をぽんと優しく叩いてくれる。なんだかんだ、素直じゃないんだから。
そうして私達は、ゆっくりと揺れる船室にて『魔物避けポーション』の作成に取り掛かった。
「必要な素材はスライムの核と体液、それらを鍋で熱して、幸運草から抽出したエキスを加える」
ビョルンさんの言葉に私は頷きながらメモをとる。ビョルンさんは約一ヶ月間魔術師たちに教えていた影響か、それともただの気まぐれか、私にもポーション作りの仔細を教えてくれるようになった。
「それらを合わせたものを五分間煮詰め、最後に魔獣の血を一滴垂らす」
ビョルンさんが取り出した真っ黒な液体に、思わず呻き声をあげる。
「げ、魔獣の血?」
「アンバーボアの血は一般家庭でも重宝されている。一般流通させる為のポーションなら下級の魔物や家畜で十分だ」
そう言ってビョルンさんは涼しい顔で鍋をかき混ぜている。ポーションの素材はかなり独特で、生理的な嫌悪感を持ってしまう素材も少なくはない。蜘蛛の卵とかでないだけマシか。
「腸詰肉にすることもある。生食は毒物になるが、火を入れると良い肴になる上に保存食としても優秀だ」
「えっ、血を固めて食べるんですか」
「あぁ。ウェアウルフ族では主流の軽食と言われてる」
彼が懐から取り出した革袋には、真っ黒な腸詰肉が入っていた。ビョルンさんの中指くらいの長さで、艶々としたハリがある。
「いつの間に買ったんですか」
「先程の街の市場で見つけた。鮮度の良い、魔獣の血の腸詰めだ」
「また無駄遣いしちゃって」
私の文句にビョルンさんが耳を貸すわけがない。その長くて繊細な耳も、私のお小言は都合よくシャットアウトするのだ。ビョルンさんは腸詰肉をナイフで薄くスライスすると、火魔法で炙り始めた。
「うぅ、いい匂いがする」
香ばしいベーコンのような匂いが部屋に充満して、私のお腹がぐぅと鳴る。ビョルンさんは楽しげにクックッと笑うと、炙った肉をひょいと摘み上げた。
「食うか?」
挑戦的な瞳に、私はたじろぐことなく睨みあげた。ここまで魔獣の肉なら何度も食べたけれど、血を固めたものなんて初めて見る。拭いきれない嫌悪感と、空腹をくすぐる匂いのギャップに、私はうーんと唸った。
「いらないか」
「あっ」
ビョルンさんが口を開けて食べようとするので、思わず声を上げた。ビョルンさんは楽しげに耳を上げて、もう一度こちらに魔獣の血の腸詰めを差し出した。
「まったく、もう。意地悪なんだから」
私は観念して、ビョルンさんの手を掴んで肉に齧り付いた。思ったよりも固くて、噛みちぎるのに力を要する。
「ふぎぎ……」
「一口で食ってしまえ」
ビョルンさんの言う通り、これは一口で食べてしまう方が賢い選択に思えた。私は齧り付くのをやめて、肉を頬張ってみる。途端に広がる鉄臭い味に身構えたけれど、恐る恐る噛んでみる。
「んん……?」
濃厚なレバーを食べたような独特の臭みと、ぼろりと崩れる食感。肉の油の甘みも感じる。それに予想以上に油っぽさを感じないのは、ハーブが混じっているからだろうか。
「悪くない、かも」
「だろう」
ふふん、とビョルンさんは得意げに笑って、もう一つのスライスを口に含んだ。大きな口で咀嚼して、あっという間に飲み込んでしまう。機嫌がいいのか、彼の耳はほんのり上向いていた。
「これからいく迷宮都市では野生の魔物を狩るのが主流だ。冒険者たちが毎日のように狩ってくるからな」
「お肉ばかりの食生活になりそうですね」
ビョルンさんにとっては喜ばしい事なんだろうけど、と心の中で付け足す。
「外部の人間は食事で苦労する話もよく聞く。今のうちに慣れろ」
「はーあ……タクさんのご飯が恋しいなぁ」
私は肉よりも魚が好きなので、これからの食生活には若干の不安が残る。とはいえ、ビョルンさんが進んで食事を取るのはいいことだ。
「お肉ばっかり食べて、野菜をたべないのは許しませんからね。向こうに着いたって自炊がメインなんですから」
「……野菜はいらん」
「お野菜も食べなさい!」
エルフって草食の種族だと思ってたのにな。ビョルンさんには半分ウェアウルフの血が入っているから仕方ないのか。
「って、あぁ! ポーション焦げてる!」
「……あ」
「もう、オヤツ食べてるからですよ! 没収!」
私はビョルンさんから革袋を奪い取って、自分のポーチにしまった。この腸詰肉は仕事が終わるまではお預けだ。ビョルンさんは不満げに耳を垂らしたけれど、知らんぷりを決め込む。
「さぁほら、仕事しないと」
「リカバリーは効く。空瓶の準備をしてろ」
ビョルンさんは先程までの緩んだ気配を引き締めて、魔術師の顔にもどる。なんだかんだ真面目な人なんだよな、と私は心の中で呟いて、言われた通り空瓶を机に並べたのだった。




