17_ワクワク異世界クッキング
第17話です。今回はお料理回、異世界でカレーは作ることが可能なのか?編です。お楽しみ頂けると幸いです
17_ワクワク異世界クッキング
「ただいま戻りました、アニタさん」
森で収穫した資材で膨らんだ鞄を抱え、中央カウンターへ走ると、ビョルンさんも不満そうな顔でその後に続く。しかし、いつものギルドの活気がない。普段なら酒の喧嘩か、大声の談笑が聞こえるはずの中央広場は、どこか騒がしく、それでいて静寂に包まれていた。
カウンターにいたアニタさんは、帳簿から顔を上げると、心底安堵したように私たちを迎えた。
「おかえり、ルナ、ビョルン。そんな泥だらけになっちまって、お腹すいたろう…ただねぇ……」
アニタさんは困ったように顔を曇らせた。
「なにかあったんですか?」
「ああ、それがね。料理長がぶっ倒れちまってねぇ」
「えぇっ!?それは大変!大丈夫なんですか?」
「どうやら無理がたたって腰をやっちまったらしいんだ。食堂は今日お休みにしようかって話してたところなんだよ」
「あらまぁ…」
アニタさんの言葉に、ギルドの活気の無さに納得した。みんなお腹を空かせているけど食堂が開いていなくて途方に暮れていたのだ。
これは、もしかして。チャンス……じゃなかった、今こそ皆さんにご恩返しする時なのではなかろうか!
おもわずアニタさんの前に飛び出して、申し出た。
「アニタさん!あの、私にやらせていただけませんか」
「え?」
「食堂の厨房、私にお任せください!ちょうど、皆さんにご恩を返したいと考えていたところなんです。材料だって、ほら、ここにあります。なのでどうか、お願いします」
パンパンに膨らんだカバンを見せて、頭を下げた。やっぱりぽっと出の新入りが厨房に入るなんて、任せて貰えるわけないか。
…と、諦めかけたその時、アニタさんの大きな手が私の手を包んだ。
「本当かい!そりゃありがたいよ!」
ギュッと握られた手に力がこもる。その手にさらりと前髪を払われて、心配そうにのぞき込まれる。
「でもあんたはまだ病み上がりなんだからね、無理はしちゃだめだよ」
「はい、大丈夫です。ビョルンさんのおかげで元気いっぱいなので」
「そうかい?んじゃ、おねがいしようかね」
私の返答に、アニタさんは太陽みたいに明るい笑顔で笑ってくれた。
ギルドの厨房は広い。暖炉の日は暖かく燃えていて、薪も水も材料も潤沢に使えるのは幸運だった。
早速、『太陽の涙』『炎根』『黒の炸裂丸』などのスパイスと、大量の食材を調理台に並べる。
「まずは、野菜を切らないと……。じゃがいも、玉ねぎ、ニンジン。それに今日の肉はこれを使い…って、でかぁ!?」
商人ギルドの大人数に振る舞うのなら、大量の素材が必要だとは思っていたが。思ってはいたが。
「さすがにデカすぎでしょ!?」
「何を言う。この辺りで収穫できる野菜はこれくらいの大きさだ」
「えぇえ…?」
人間の顔ほどの大きさの男爵芋ならぬ『公爵芋』、カボチャサイズのタマネギならぬ『ジャイアントオニオン』、そして巨大蛇のように大きな『パイソンキャロット』
…これは、切るだけでも骨が折れそうだ。
「ええい、泣き言ばっかり言ってられるかっての!」
やってやる!
と、勢いよく取り出した包丁はギロチンのように鋭い光を放っていた。病み上がりには重すぎるその包丁で人参を切り始めたが、一本切り終えるのにかなりの時間を要した。
「お、終わった…けど…」
まだある。全然まだ残ってる。目の前に聳え立つ食材の塊に愕然と膝を折る。
これ、今日中に終わるか…?
「…見てられんな」
「ビョルンさん?」
隣で腕を組み、無言で傍観していたビョルンさんは、こちらの作業効率の低さに苛立ちを募らせていたようだ。右手をかざし、一瞬だけライムグリーンの魔力を集中させる。
「『風よ、切り裂け』」
微かな風の音と共に、透明な斬撃が食材の山を駆け抜けた。その直後、まるで魔法のように、タマネギ、人参、じゃがいも、そして肉の塊が、均一で完璧なサイズにスパスパと切り刻まれていく。
「おぉお!ビョルンさん、すごいです!ありがとうございます!」
「お前に無理をさせるなと、アニタから釘を刺されたからだ」
彼は舌打ちをして、森から持ち帰った炎根の塊を手に取ると、再び風の魔力を集中させた。
「あ、そっちはもうちょっと細かく…!」
彼は指をひとつ鳴らすと、今度は粉末寸前になるまで極めて細かく切り刻んでくれた。
「次は?」
「え、えっと、この『黒の炸裂丸』を細かくしてもらうことなんかは、してもらえたり…?」
不機嫌そうな顔のまま、ビョルンさんはプロの料理人のような手際で、切り分けられた食材を大きな鍋へと投入する。顔は不機嫌なままだけれど、風魔法が飛び散らないようにしていたり、私が無理をしないようにと彼なりの配慮を感じた。鮮やかな手腕は料理というより、なにかの演舞のようだ。
作業効率はビョルンさんの風魔法によって一気に加速して、材料は一通り揃った。後は…
「まずは、スパイスを炒めてカレー粉を作ります」
「カレーコ」
「はい。配合は人によって色々ですけど、これが味の決め手になるんですよ。本当は何日か寝かせた方がバランスが取れるんですけれど、今回はそうも言ってられないので即興で…」
スパイスを入れたフライパンを火にかけて、焦がさないように煎る。濃厚なスパイスの香りが厨房に立ち込め、やがて色とりどりだったスパイスが濃い琥珀色に変わっていく。少し掬って味見をしてみると、やはり想像していた通りの『カレー粉』の味になった。
「ふふふ…えぇ、完璧ですよ!これぞ究極のカレー粉ですよ、ビョルンさん」
「はぁ…?これが何になると言うんだ」
「これから調理するんですよ。まずはお肉を炒めて…」
肉、野菜をフライパンでくったりするまで炒める。そして具材を大鍋に移して水を入れて火にかけ、アクを取り除きながら煮込む…この手順は日本の台所と同じで、これまでの効率の悪さがウソのようにサクサクと進めていく。
「よし、ここで先程のカレー粉を溶かして」
「完成か?」
「まだです。もう少しだけ煮込みます」
「まだなのか」
心做しか残念そうに言うビョルンさん。耳がヒクヒクと落ち着かなそうに動いているのは、なにか興味があるということなのだろうか。
「もしかして、味が気になりますか?」
その問いかけに、ビョルンさんはフンと鼻を鳴らした。
「この異臭めいたものが、本当に食えるのか甚だ疑問なだけだ」
「なるほど。未知の味を警戒するのは無理もありませんね」
失念していたわけではないが、やはり異国の食べ物というのは心理的ハードルが高いものだ。しかしそのハードルを越えられる魔法の料理こそこのカレーだと確信している。
「ではビョルンさん、味見をお願いできませんか」
「味見だと?」
「はい。ギルドの皆さんにお出しする前に、あなたの意見を聞きたいんです。これは皆さんへのお礼の品でもありますが、第一はあなたへのお礼の品なので」
「礼など不要だ」
「う…でも、せっかく作ったので…」
やっぱり口に入れるのは厳しいか。味見用に掬った小皿をちろりと舐めてみる。
…と。
「なにこれ、うま…ッ!?」
日本で食べたカレーよりも味に深みがあって、ひりりとした辛さの中に確かなうまみを感じる。これは肉のおかげ?いや、それだけじゃない。ハーブの質がいいんだ。あの森のハーブは見るからに新鮮だったから、それが味に直結しているのかも。
「ビョルンさん、これは…」
「なんだ、失敗か」
「いいえ!とても素晴らしい出来です、大成功です!」
あまりの美味しさに小躍りしたくなる。是非ともビョルンさんにも食べて欲しいが、食べたくないものをあまり強く勧めるのも酷な話。お礼の品は別の形で考えようか…。
「…ん」
「ん?」
無言で差し出された手に首かしげる。彼の目線は味見用の小皿に向いていた。もしかして、味見してくれようとしてる?
「あ、はい!味見ですね、どうぞ!」
すぐに一口分を掬って差し出すと、彼は恐る恐るカレーを味わい、飲み下した。
「……!?」
ライムグリーンの目が見開かれてこちらを見る。あぁ、やっぱり異世界の味を理解してもらうのは難しかっただろうか。
「お口に合いませんでした…?」
「…辛い」
「あ、あぁ!辛いのダメでしたか?お水お水!」
慌ててお水を汲んで戻ってきたが、ビョルンさんはカレーを睨みつけたままだった。
「辛い、が、それだけじゃない。複雑な香りの中に肉や野菜の味を感じる。…不思議な料理だ」
「つまり…?」
「………悪く、ない」
それは不器用なエルフの、最大の賛辞。私は大きくガッツポーズをして、ビョルンさんに笑いかけた。
「おや、随分と良い匂いがするね?」
「わぁっ!?アニタさん、見てらっしゃったんですか!」
食堂の入口いたアニタさんの他にギルドメンバーや調理係のハーフリングたちが顔を覗かせていた。全く気づかなかったので、思わず飛び上がってしまう。
「ビョルンだけずるいじゃないか。あたしらもお腹がペコペコなんだ。そろそろ飯にありつけそうかい?」
「はい、もちろんです!お米ももう炊けますから、すぐに準備しますね!」
ビョルンさんはこちらが何かを言う前に、食器棚から食器を取り出して並べてくれる。効率化だなんだと言っているけれど、それは病み上がりの私への配慮なのだろう。
「さぁ皆さん、お待たせいたしました。晩御飯にいたしましょう!」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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※次回更新は1月18日18時です




