124_白鯨(はくげい)と海猫(うみねこ)亭
第124話です。
やっと!やっとたどり着きました。生魚が食べられる場所に!……と、OLは手を振り回していることでしょう。OLは回転寿司でもかなり楽しめるタイプ
グリオンさんが教えてくれた『白鯨と海猫亭』はポルタ・サレの外れの海岸沿いに、ぽつんと静かに建っていた。
木造の小さな家に紺色の暖簾がかかっているのが、始めてみる店なのに懐かしさを感じてしまう。
「こんにちは」
引き戸を開けると、その中から香るなんとも香しい昆布とカツオの香り……そう、『出汁』の香りが漂っていた。
「くぅ……!!」
この香り、たまんない!!!!
ビョルンさんはまるで化け物を見るような顔をしているが、気にしない。今日ここに来たのは、大きな目的があるからだ。店内は落ち着いた木造作りの家具で統一されていて、藍染の暖簾やテーブルクロスがなんとも日本人のノスタルジーを感じさせる。
「いらっしゃい」
店内のカウンターの向こう、調理場で鍋をかき混ぜている店員は顔も上げずに短く言った。店員はバンダナをしているけれど、毛並みから獣人であることが分かった。
毛の混入とか気にならないんだろうか?
なんて言うのは、この世界のコンプライアンスに反するかもしれない。
「あ、あの。二人と……従魔が一匹いるんですけれど、大丈夫ですか?」
「他のお客さんいないから、いいよ。カウンター?座敷?」
高い声でぶっきらぼうに言う獣人。パッと見じゃわからなかったけど、女性のようだ。
「じゃあ座敷でお願いします」
「どうぞ」
店員は鍋から顔を上げて、私たちを横目で見ると窓際の座敷を指さした。座敷は板張りだが、手作りらしき可愛い座布団が敷かれている。なんだか古き良き日本料理店って感じで、趣がある。良い、とても良い!
「あ、ビョルンさん。ブーツは脱いでくださいよ。クロ、シロ、ブチ、お行儀よくね。『おすわり』!」
「ワン!」
ケルベロスは声を揃えて返事をして、大人しく座布団の上に座った。ビョルンさんは居た堪れなさそうに、胡座を組む。
「注文、決まったら呼んで」
メニュー表を置いてさっさと立ち去ろうとするのを、咄嗟に引き止めた。
「あ、あのぅ」
「なにか」
獣人さんは面倒そうに目を細めた。申し訳なさを感じつつ、一つお願いをしてみる。失敗したくない時は店員に聞くのが定石だ。
「オススメを、聞いたりしても…?」
彼女は少し眉を寄せると、水を置いて立ち上がった。
「待ってて」
そしてカウンターの奥を覗き込んで、もう1人の店員を呼んだ。
「タクちゃん、お客さん」
「はぁーい! 少々お待ちをー!」
パタパタと軽い音を立てて現れたのは、三十代半ばくらいの黒髪の男性。一重で優しげな瞳が特徴的な、穏やかそうな人だ。典型的な塩顔の、清潔感のある人……そう、日本の満員電車でよく見るようなタイプ。
「いらっしゃいませ!『白鯨と海猫亭』にようこそ!」
彼は私たちの方を見て、にっこりと微笑んだ。
「あの、オススメ教えて貰えませんか?このお店、初めてで」
「えぇ、もちろんいいですよ!」
メニューを開くと、そこには日本で馴染みのある料理名がズラリと並んでいた。
「『お刺身定食』『肉じゃが』『味噌煮込み』……!」
定食屋さんで見るメニューに、私のお腹がぐぅ!と大きく鳴った。恥ずかしくなって抑えると、ビョルンさんは眉を下げ、男性は笑みを深めた。目元の笑いジワが可愛らしい人だ。
「ウチのウリはなんと言っても新鮮な魚介類なんです。うちのミャーコちゃんはすっごく腕のいい海人さんでね。人魚にも劣らないくらい泳ぎが上手で、綺麗で美人で気立てが良くて!!」
「もう。タクちゃん、いいから」
カウンターに移動したミャーコさんとよばれた女性は、呆れたように言った。しかしその声は弾んでいて、気恥ずかしさが滲んでいた。そんなミャーコさんを見て、タクと呼ばれた店員さんは和かに笑った。
「あぁあ失礼! そう、だからオススメは魚。焼いてもいいし、生でも食べられますよ」
「生食、だと……?」
ビョルンさんはピシリと固まって低く威嚇するような声を出すが、タクさんはその反応を見越していたようで安心させるように穏やかに説明してくれる。
「ご安心ください! 僕の浄化魔法で綺麗にしているんで、寄生虫とかの心配はありませんよ。これまでお腹を壊したお客様はいません!」
「……なら、いい」
ひとまず納得してくれたようで安心したけど、あんまり失礼なことはしないで欲しい。こっちの気が持ったもんじゃないんだから。
「今日は特に新鮮なミルク貝があるんですよ。お出ししましょうか?」
「ミルク貝? それってどんな貝なんですか?」
「海のミルクって呼ばれるくらいクリーミーで、トロッとした身が美味しい貝ですよ」
「わぁ、おいしそう! ぜひお願いします。あとお刺身定食も」
「かしこまりました! そちらの旦那様はどうしましょう?」
差し出されたメニューの中に『ソルトフィッシュ(鮭)定食』を見つけて、ビョルンさんに指し示してみせる。
「ビョルンさんは焼き魚の方がいいですよね。ソルトフィッシュならどうですか?」
「では、それを」
「はいよ。少ししっかり目に焼きますから、ご安心ください」
タクさんはにこりと微笑んで、調理場に戻って行った。メニューを閉じてビョルンさんの方を見ると、眉間に皺を寄せてなにか言いたげにこちらを見つめていた。
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次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第125話『望郷の同志』更新は4月9日18時です




