123_日本人が欲するもの
第123話です。
84話『下調べは念入りに』にて、生魚のお話をしたことを覚えていらっしゃるでしょうか? OLはその生魚を楽しみに、今の今まで過ごしてきたわけでございます。
暫くすると、ビョルンさんは食堂から朝食を取ってきてくれた。腸詰肉とパンと焼いた芋の簡素なものだが、数日ぶりのまともな食事にありつけたのは嬉しい。だけど今はまず、やらなければならないことがある。
私はパンを四等分にちぎって、三つを手のひらの上に乗せる。そして食べ物を前に興奮しているミニベロスの前に立ち、話しかけた
「ほら、みんな大人しくして。『おすわり』!」
ミニベロスは言葉を理解するようで、私の足元にちょこんと座った。
「いい子いい子! 喧嘩しちゃダメだよ、『よし』!」
私の合図に合わせて、それぞれ私の手からパンをモグモグと食べ始めた。クロは勢いよくがっつき、シロはおそるおそる、ブチは一口で食べ終えてシロの分を狙っている。胴体は同じでも三頭それぞれに性格があるようだ。
「かわいいですねぇ、小さいケルベロス!」
「大きさは違えど魔獣には変わりない。あまり甘やかすな」
「えぇー? こんなにかわいいのに」
パンを平らげたブチの鼻を突くと、かわいらしく『キャン』と鳴いた。こんなに素直で可愛い子を鎖に繋いで見世物にしていたなんて。あの下品な人間ども、マジで許せん。万死に値する。
「そういえば、あの闘技場ってどうなりました?」
「こいつが暴れ回って完全に崩壊した。表向きには地盤が陥没したということにしたらしい。誰もこいつがあのケルベロスだとは分かるまい」
「良かった。この子達がまたひどい目に遭うなんて、イヤですもん」
私は自分の分の芋をかじりながら言う。ビョルンさんは熱いお茶を啜りながら、新聞らしき情報誌に目を通していた。いつの間にそんなの持ってきたんですか。っていうか、この世界新聞あるなんて聞いてない。街特有のものなのかもしれないな。
「あそこに居た傭兵が『ポルタ・サレでは商会派に逆らったからこうなる』って言ってたんです。その商会派って一体なんなんでしょう?」
どうせこの人に聞いたところで『俺には関係ない』って言うだろう。聞いたところで無駄か。
「調査が必要だな。今後の行商にも関わる」
しかし予想に反して、ビョルンさんは食い気味に答えた。
「あ、まだ仕事のこと覚えてたんですね。てっきりもう頭にないのかと思っていましたよ」
ガン! と、ビョルンさんが机に膝をぶつける。お茶が零れるので危ないんですが。
「大丈夫ですか?」
「……その節は、その……悪、かった……」
「え?別に良いですよ。大事な人が危機的状況なら仕方がないですし」
「うっ」
またしても膝をぶつけた。なんなんだ、さっきから。
「その……ルナ、話が……あるん、だが」
「この間までの研究の話ですか? それ、私に話しても大丈夫なやつです?」
オーク族の、コンプライアンスとかに触れるんじゃなかろうか。
「別に無理に話さなくても結構ですよ。私たちはただのビジネスパートナー、プライベートなことには一切口を出しませんからご心配なく!」
にっこりと微笑んで見せると、失礼なエルフはガックリと肩を落として机に撃沈した。
「さっきからなにしてるんですか、ビョルンさん」
「……いや」
「朝ごはん、早く食べないとミニベロスたちに食べられますよ」
「ミニベロス?」
「はい。ミニのケルベロスだから、ミニベロスです」
「そうか」
ミニベロス、ことクロ・シロ・ブチはきゅるきゅるの赤い目でビョルンさんを見上げていた。まぁ、その視線は机の上の腸詰肉に釘付けだが。
ミニベロスの攻防の末、無事に朝食を食べ終えたビョルンさんは、情報誌を脇において話を戻した。
「オークの集落の近郊に発生した瘴気について、分かったことがある。あれは自然発生したものではない」
「でも、瘴気って自然発生するものなんじゃないんですか?」
「通説はそうだ。だが、今回のものは何者かが意図的に瘴気を発生させたとしか考えられん。可能性が高いのは、かなり高等な魔術を使う魔術師だろう」
この口ぶりから察するに、さすがのビョルンさんでも分が悪いのかもしれない。
「魔術師って、セレスティウムに関係があったりしますかね?」
「未だ不明だ。だが、何者かが悪意をもってオーク族の集落を陥れようとしていることは確かだな」
「商会派のことといい、瘴気のことといい……とにかく、情報収集が必要ですね」
「あぁ。オークの里に最も近いこの街なら、何か掴めるはずだ」
まずはこのポルタ・サレの市場調査と負債返済プランの見直しが必要だろう。しかし私はいつものように手帳を取り出すことはなく、ビョルンさんを見上げた。
「ですが、その前に。ビョルンさん」
私は膝に乗せていたミニベロスを下ろして、椅子に座ったビョルンさんの前で腕を組んで仁王立ちになる。
「なんだ」
「私、ずっと不満に思っていることがあります」
「……あぁ」
ビョルンさんはグッと堪えるような渋い顔を見せた。
「私、私……もう、ずっっっと我慢しているんです!お魚を食べるの!!」
「……は?」
私の腹の底からの叫びに、ビョルンさんは目を見開いて素っ頓狂な声をあげた。間抜け面はいい気味だが、こればかりは言わなければ気が済まない。
「グリオンさんから聞いた時から、ずっっっとその口になってるのに! あなたに分かります? 好物を2週間も我慢させられるこの辛さが!!!!」
「あ、あぁ」
「ほんと、私、気が狂いそうで! 早く生魚食べないと死にます!」
「死ぬは言い過ぎだろう」
「いいえ。日本人には死活問題です。もう精神に刻み込まれてるんです。血と肉と同じなんです! そういう民族なんです!」
「そうか」
私の勢いに気圧されて、ビョルンさんは後ずさる。これ程食に対する執念を持つ人間には出会ったことがないのだろう。怯えさせてしまっている自覚はあるが、私の暴走は止められない。この十数日間振り回されたんだから、ちょっとくらいご褒美を貰ったっていいはずだ!
「今日は絶対に『白鯨と海猫亭』に連れて行ってもらいますからね。ビョルンさんの奢りで! 異論は許しません!」
「あ、あぁ、承知した」
「そうと決まれば早く行きますよ、ビョルンさん!」
美味しいお魚が私を待っている!
私はビョルンさんの腕を掴んで、部屋のドアを勢いよく開けたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回第124話『白鯨と海猫亭』更新は4月8日18時です




