11_教会の天使と癒しの紅茶
第11話です。
急にシリアスになりましたが、お付き合いいただけると幸いです。よろしくお願いします
11_教会の天使と癒しの紅茶
「……ふがッッ」
いけない、寝落ちしてた!
書籍にヨダレがついていないことを確認して、そっとため息をついた。
教会の書庫に籠って三日。異世界人召喚の儀についての情報に限れば、はっきり言ってほぼ収穫無し。異世界の『い』すら出てこない。こんな寂れた教会に求めること自体が間違っているのかもしれないと思い始めたものの、他に頼る宛もない。
窓の外は昼でも薄暗い。というのもこの教会は森の近くに佇んでいることもあってか、昼夜問わず光が入らないのだ。手元のランタンの光だけを頼りに文章を目で追うのは、なかなかどうしてこうも疲れるのか。
「あまり根を詰めないでくださいね、ルナさん」
「エリザベスさん、ありがとうございます」
この教会で最初に出会った可憐なシスター、ことエリザベスさんは、いつも決まった時間に食事を持ってきてくれる。今日のランチは野菜スープと黒パンだった。野菜スープは優しい味わいで、少し酸味のある黒パンにもよく合う。
「今日のも美味しいです…!」
「ほんとうに?それは良かったですわ」
仕草がお上品な彼女は、口元に手を添えてフフフと笑う。その仕草さえも絵になる。かわいい。
「さぁどうぞ。今日のお茶はミルクティーにしてみましたわ」
彼女は食後のお茶まで出してくれる。ミルクのもったりした甘さと思い茶葉の風味が溶けだした甘いミルクティーは、眼精疲労や肩凝りを吹き飛ばしてくれる。
「調べ物は順調ですか?」
「いえ…。召喚の儀に関しての記述はなかなか見つからなくて…」
「まぁ、そうでしたの」
しょんぼり、と悲しい顔を見せる彼女。
「でも!この世界について勉強させて頂いてます。それもこれも、エリザベスさんがこの場所を教えてくださったおかげです。本当にありがとうございます!」
「困っている方に手を差し伸べるのは当然のことですわ」
なんて清らかで優しい女性だろう。彼女は私の天使様だと心の中で手を合わせた。彼女はきっと私のユニークスキルが呼び寄せた救世主に違いない!だってこんなに清らかで優しい気持ちになれるんだもの。
「ではルナさんに問題です!こちらの都市の名前はルーンデール。ではこの都市を治める領主様の名前はなんでしょう?」
ふふん、と得意げな顔をして私に問いかけるエリザベスさん。
「ルパート・ルーンデール伯爵様です」
「正解です!ふふ、簡単すぎましたね」
この3日間でエリザベスさんに教えて貰ったのは、この土地に纏わる基本情報、そしてこの国がどんな場所なのか、ということ。この国は、いわゆる昔のヨーロッパのような自治体制らしい。
「国名のアステリオロスは建国時の王の名を、王都アステライアは女王の名を冠しているのです」
エリザベスさんが見せてくれた地図によると、目指すべき王都はこのルーンデールから徒歩で数ヶ月以上かかる、遥かかなたの土地であるとか。
「王都はどんな場所なんですか?」
「それはそれは華やかで、活気があるにぎやかな町でございました。美しい建物が並ぶ大通りに荘厳な大教会、そして中央には黄金宮殿と勇者様のギルドがあるのですよ」
「勇者様がいらっしゃるのですか?」
「はい。勇者様は魔族やモンスターから我が国をお守りくださる、非常に大切で尊いお方なのです」
「なるほど…」
やはりここでもRPGの王道パターンか。じゃあ魔王とか、モンスターもいる世界なのかな。
「大賢者様は我が国で最も魔術に精通しています。異世界人召還儀式について、大賢者様にお聞きするのが確実なのですが…」
「簡単には謁見できないと」
「…はい。特に勇者パーティの方々は日々お忙しく、我々国民の前にはほとんど姿を現さないとも言われておりますから」
「この国の防衛に全力を注いでいらっしゃるのですね」
王都に行ったところで大賢者様に会えなければ意味が無い。それに今の私には、数ヶ月もの大冒険をするための資金も社会的地位もない。この場で足掻けるだけ、足掻くしかないのだ。
残りのスープでパンを流し込んで、エリザベスさんにお辞儀をする。
「ご馳走様でした!では、調べ物を再開します」
「頑張ってくださいね」
エリザベスさんは天使のような笑顔で応援してくれる。その笑顔だけで百倍頑張れます、ありがとうエリザベスさん。
エリザベスさんが去った後、再び広い書庫を歩き回った。歴史書、宗教上の教えを書いた絵本、写経、よく分からない本…手掛かりになりそうな魔法の本はない。
「はぁ……やっぱりこの書庫で探すのは限界なのかな。…ん?」
ふと目についたのは埃まみれの書棚の最奥、無造作に置かれた革の表紙の書物。なんてこともない本、と言ってしまえばそれまでなのだが、何故かその黒い革の本が気になって手に取って開いた。
「…なにこれ。何文字?」
そこに書かれていたのは文字というよりも、記号に近い。私の知るどの言語にも属さない、複雑な象形文字が羅列されていた。確か文字の辞書がどこかにあったような…とデスクに戻って探してみると、ちょうど一番上に置いていた本にこの世界の文字についての記述を見つけた。
「古代魔術のルーン文字か。魔法使いの言語……魔法使い……」
そういえば、ビョルンさんは魔法を使えるんだろうか。主な獲物は剣みたいだけど、エルフだし魔法特性は高そうだ。RPGで魔法に強いのはエルフ族というのが定石だし。
「ビョルンさんのこと、結局何も知らなかったな…」
何が好きで何が嫌いか、これまでどんな旅をしてきたのか。好きな食べ物すら知らない、無愛想な同行者だった。
「……って、たった三日しか一緒じゃなかったんだから当たり前でしょ」
私は再び古文書に集中した。鑑定スキルCランクなりに奮闘して、古代語と現代語が混在する辞書のような文献を頼りに、その記号を解析する。
「この単語は…『呼ぶ』……『祈り』を意味する…?ショウカン、召喚!?」
まさか、まさかこれは。興奮で息を詰まらせながら、文字を追いかける。
「この単語は『異なる』、こっちは『時空』の意味のルーン文字」
「異世界召喚の書物……!?」
これは間違いなく、召喚の儀に関する核心的な資料の一部だと直感する。三日かかってようやく手がかりを見つけた喜びで震えた。
「でもこの調子で読み進めるのはあまりにも効率が悪い。一週間で解読できるレベルじゃない。古代語が読めそうな人に頼むしか……」
ビョルンさんの顔が浮かんだが、すぐに頭を振って否定する。
「『一人でやる』って啖呵切ったんだから、一人でやらないと。なんたって私は無害な一般市民A!誰にも迷惑はかけない!」
さらに三日後。指先はインクで汚れ、目には隈。食事の黒パンは日に日に固く感じた。
「あー…頭、どうにかなっちゃいそう。これぞ情報過多」
集中力散漫、思考力の欠如、視界不良、抗いがたい疲労。礼拝堂の椅子を借りてベッド代わりにさせてもらっているのだから文句は言えないが、そりゃ背中はバキバキになるわ。
だけど進展が全くなかったわけじゃない。疲労困憊の中でも、召喚の古文書の最も古い断片から、核心に迫るヒントを見つけだしたのだ。
「異世界からの召喚の儀には、誰かの強い『意志』が必要。つまり私をこの世界に呼んだ『誰か』が存在する可能性が高い」
先入観から召喚には仰々しい呪文や生贄の儀式が必要だと思っていたけれど、この世界で『流行』するということはこの世界での召喚儀式はもっとコンスタントに行われるものなのかもしれない。
「私を呼んだ召喚者を探し出せたら、儀式についてもっと詳しい情報を得られるかもしれない……!」
…まぁ、その問題は一体誰が私を呼び付けたのかということ。私はユニークスキルや特別な能力値を持たない、ただの一般市民。こんなのを呼びつける物好きに検討すらつかなかった。
とはいえ進展は進展!悲観的になるのはあとにして、まずは新たな情報に喜ぼう。
「あら、ルナさん。なにか進展があったのですね? とてもいいお顔をしていますわ」
小躍りしていたところに、書庫の扉が開く。エリザベスさんが茶器を乗せた盆を持って、微笑んだ。
「はい! エリザベスさんのサポートのおかげです!」
「それはよろしゅうございましたわ。 わたくし、ケーキを焼いたんですの。紅茶と一緒にいかがですか?」
「わぁ! ぜひ!」
ルナはエリザベスから差し出された、焼きたてのケーキを喜んで口に運んだ。控えめな甘さとバターの風味が鼻に抜けて、久しぶりの甘味に涙すら浮かんだ。そして差し出された紅茶を口に含むと、蜂蜜の花の強い香りがした。なんだかとても強い香りだ。そしてわずか一瞬だけ、エリザベスさんの瞳の中に暗い光が灯った気がする。
「お味はいかがですか?」
「え?あぁ、えっと、いつも通りおいしいです」
甘すぎるくらいの蜜の味の中に、ヒリヒリとした違和感が生まれる。書庫の埃を吸いすぎて喉でも痛めていたのだろうか。
「あ、れ……?」
咳き込むと、手のひらには真っ赤な血が滲んでいた。あれ、なんで?
体が熱くて、でも冷たくて、視界がぐらぐらと揺れる。顔を上げると、エリザベスさんはいつもの可憐な笑顔のまま、しかしその瞳には暗く冷たい光を宿していた。
「わたくしも、あなたに感謝しておりますわ。こんなに簡単に信用してくださるのですもの」
「え……り、ざ……?」
体中の力が抜けて、重力に引っ張られるまま床に崩れ落ちた。
パリン!
と、茶器が割れる音がする。咳が止まらなくて、木の床が赤く染っていくのをどこか他人事のように見ていた。
「この街に、いいえ、この世界を脅かす危険因子はお掃除しないといけませんわよね。素性の分からない異邦人は、特に」
素性の分からない異邦人。つまり、私は彼女にとって『排除すべき危険因子』だったということ。これまでエリザベスさんが私の傍にいてくれたのは、ビョルンさんと同じく、私を危険な存在なのだと監視していただけ。
いいや、違う。エリザベスさんとビョルンさんは違う。ビョルンさんは、不器用だったけれど優しかった。
きっとビョルンさんにもなにか人には言えない事情があったのだろう。だからただ『危険だ』と言うしかできなかった。言葉足らずだけど、ちゃんと知らせてくれていた。
彼の冷たい言葉の奥に潜んだ優しさを、今なら理解できる。遅すぎたけれど。
「ビョルン、さ……」
あなたは私を心配してくれていただけなのに、不器用ながらに必死に留めようとしてくれたのに。彼の冷たい目の奥に潜んだ優しさに気付かず、温かな手を拒んだのは私だ。彼を傷つけてしまったことに、今更気がつくなんて、なんて愚かなんだろう。
「ごめ……な、さい…」
もう顔を見ることも、謝ることも。一緒に食事をとることも、話すことすらも叶わなくなってしまった。暗くなっていく視界の中で、咳き込みながら届かない謝罪の言葉を紡ぐ。
遠くから、足音が聞こえる。この歩幅の足音、どこかで聞き覚えがある。とても懐かしいような、不思議な音。そして勢いよく扉が開いて、誰かが私の名前を呼んだ。
「ルナ!!」
その人物の声に涙が滲んだけれど、声の主の名前に意識は闇に飲み込まれてしまった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回も引き続きよろしくお願いいたします
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※次回更新は1月12日18時です




