第8話
装備とアイテムを整えた後、俺達はクエストを受けるために『鍛冶師 ケイド』のいる工房へと向かった。工房はレンガ造りの建物とはまるで異なり、粘土の塊のような丸みを帯びた形状をしていた。工房の前に着くと、入口からは熱風が立ち上がり、金属を打ち付ける重い音が中から響いてくる。
中に足を踏み入れると、巨大な炉から赤々とした光が漏れ、すぐ傍ではひたむきに作業を続ける男の姿が見える。分厚い手袋をはめ、滴る汗を気にすることなくハンマーを振るう姿は、まさに職人そのものだ。その姿に圧倒されていると、男が動きを止めて顔を上げた。
「おう、客か?」
鋭い声と共に、頭上に黄色いカーソルと『鍛冶師 ケイド』の名前が表示された。どうやら彼で間違いないようだ。
「クエストの依頼を受けにきたんだけど……」
ケイドは言葉に反応しゆっくりと立ち上がると、「ついてこい」と短く告げた。後に続いて工房の奥へ進んでいくと、鉄格子のドアを抜けた先には壁一面に武具の並ぶ倉庫が広がっていた。見た事のない装備に心が躍るが、残念ながらただのオブジェクトのようだ。
ケイドは埃まみれの椅子を引き出すと、俺達に座るよう促した。そして彼は別室へと行き、古びた本を持ち出してきて広げた。そこには、黒く輝く剣の写真が載っている。
「……俺の打った剣だ。名は『オニキスブレード』。テントラルカの地下で採れる希少な鉱物を使った最高傑作だ。……だが、こいつを依頼した冒険者が盗賊に殺されちまってな、その剣も奪われちまった」
ケイドの言葉は重く響き、NPCである事を忘れさせるほどのリアリティを感じさせた。隣に座るティナも、どこか真剣な趣きで彼の言葉を聞いている。すると、ケイドは俺達の前に膝をつき、両手を差し出してきた。
「頼む、あの剣を取り戻してくれ。あいつの形見を……あいつの誇りを無駄にしねぇためにも、奴らに持たせとく訳にはいかねぇんだ」
微かな明かりに照らされた彼の顔には、汗と共に涙を浮かべているように見えた。すると、ティナが俺の袖を引きながら小さく声を漏らした。
「ラスタ……」
「あ、あぁ……」
ティナの言わんとしている事はわかる。ちらりと横顔を覗くと、彼女も薄っすらと涙を浮かべているように見えた。その悲しげな表情を見た瞬間、言葉に出来ない感情が胸の奥から込み上げた気がした。
俺はゆっくりと立ち上がり、ケイドの差し出す手をそっと握った。
「わかりました。必ず、取り戻します」
その瞬間、視界に『クエスト受注』の文字が表示された。ケイドは表情を崩して小さく頷くと、ゆっくりと部屋を出て行き、再び作業へと戻って行った。
「それにしても、凄かったね……NPCだってわかってても、ちょっと感情移入しちゃった」
「そう……だね」
工房を後にし、街を歩いている途中、ティナがぽつりと呟いた。相槌を返しながらも、内心ではどちらかと言えば隣の人に感情移入してしまったような気もするのだが、それは口には出すまい……。
気持ちを切り替え、クエストの内容を確認するためにメモ帳を開き、洞窟の地形マップを表示させた。すると、ティナが画面を覗き込むように顔を寄せてきたので、右上の可視化ボタンを押して見える状態にする。
マップには、入口から枝分かれした4つの道と、中央に広がる空間が映し出されている。さらに、敵の位置を示す赤い丸が、それぞれの行き止まりと中央にいくつか表示されている。
「ローレンスの言っていた通り、この辺りは各個撃破で良さそうだな。……あとは中央のエリアをどうするかだけど」
「一、ニ……全部で十体かあ。……この1つだけ色が違うのは何?」
「それは……多分ボスだね。えぇと、名前はケイニッヒ。投げナイフによる足を狙った一時的な転倒と、高速で繰り出される短剣の『スタブ』に注意……だって」
「飛び道具かあ。今まで使ってくる敵がいなかったから、心配だね」
「そうだね。……それと、こいつらは盗賊を名乗ってるだけあって動きが素早いみたいだ、ティナももう1つ魔法を覚えておいた方がいいかもしれない」
たしか、魔法使いが覚えられる初期魔法に相手の動きを止められる魔法があったはずだ。ライトニングボルトのような火力重視ではないが、相性も良いし、サポートにもなるはず。
「うん、まだポイント残ってるから、大丈夫だよ」
二人で作戦を練っていると、不意に前方から声がした。顔を上げると、洞窟前で遭遇した金髪の魔法使いティンゼルが手を振っていた。彼女は近づいてくるなり、可視化したマップを覗き込みながら話かけてきた。
「君たち、これから洞窟に行くの?だったら、私も一緒に行っていいかな?」
「え?」
突然の提案に俺達は目を見合わせた。ティンゼルはさっきまでローレンス達と行動していたはずだが、何かあったのだろうか。
「別に構わないけど……ローレンス達はどうしたんだ?」
俺の問いに対して、ティンゼルは少しバツが悪そうに口を尖らせる。
「う~ん……ケンカしたって訳じゃないんだけど……ウマが合わなかったみたいだから、抜けてきちゃった」
そんなにあっさり?と思ったが、もしかしたら彼女も俺たちのように、クエストをクリアするためだけに組んだ仲間だったのかもしれない。深くは語らないが、彼女なりの理由があるのだろう。すると、横に立っていたティナがふっと笑顔を浮かべて言った。
「一緒にいきましょ。人数は多いほうがクリア出来る確率も上がるだろうし」
「やったー!」
ティンゼルが嬉しそうに声を上げ、満面の笑みを浮かべる。その姿を見て、俺は少しだけ苦笑いを浮かべた。彼女ならきっとこう答えるだろうと思っていたからだ。
こうしてティンゼルがパーティに加わり、彼女も準備は出来ているということで、すぐに洞窟へと向かうこととなった。
街を出て洞窟へ向かう途中、女性陣の二人は前を歩きながらずっとお喋りをしていた。荒野地帯まではアクティブモンスターがいないので問題ないとはいえ、よくもまぁ会話が途切れないものだと感心する。……その思考が、既に冴えない男のソレなのかもしれないが。
会話の途中でティナが何度かこちらを見ていたので非常に内容が気になるところだが、恐らく教えてはくれまい。そしてこの構図……どこからどうみても、ショッピングモールで買い物に付き合わされている彼……男役だ。周りに誰もいなくてよかった。
しかしそれも、ウルフのいる荒野地帯までの話だ。荒野地帯に辿り着いてからは、二人も後ろに下がり、正しい前衛と後衛のポジションに入れ替わる。
ティンゼルは強かった。彼女の放つ火属性魔法の『ファイアーボルト』は、詠唱時間こそ長いものの、俺達が苦労して倒したウルフを一撃で仕留めてしまうほどの威力だった。流石は弱点属性というのを身をもって体現してくれている。そして索敵も早く、後ろに沸いた敵にもすぐに対応している。正に、「サーチアンドデストロイ」という言葉が一番適しているといえるだろう。
ローレンス達と会った時は、てっきりマスコット的なポジションなのかと疑ってしまっていたが、どうやら相当なキレ者ではあるらしい。彼女の戦い方が、少しでもティナの参考になってくれると嬉しい。
彼女の協力もあって、難なく盗賊のアジトがある洞窟まで辿りつくことができた。
洞窟の前には半透明の薄いカーテンの幕が張ってあり、近づくとクエスト名と入場するかどうかの表示が現れた。これは、クエストを受けたものだけに表示される『インスタンスダンジョン』への道だ。受けたものは盗賊達のいる洞窟を、そうでないものはいない洞窟に入ることができるというもので、そうすることでクエスト中にブッキングすることなく皆平等に受けられる方法になっている。ティンゼルは既にクエストをクリアしているが、クリア済みであってもパーティを組んで入れば一緒に入れるようになっているようだ。
俺達は互いに目を合わせると、小さく頷き合った。入場のボタンを押すと、薄いカーテン幕がゆっくりと消えていき、洞窟の中へ侵入できるようになった。
洞窟の内部は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っている。所々でポタポタと落ちる水滴の音が響き、足を踏み出す度に砂利の微かな音が届いた。
情報通り、四方に別れた道の盗賊を一体ずつ処理していった。後ろを向いている隙に、先手必勝で片手剣スキルの『バッシュ』を叩き込み、スタンしている間に容赦のない攻撃を繰り出していく。わざわざ各個撃破する理由は、この後行われる中央での戦闘で後ろからの挟み撃ちに合わないためでもある。それに、行き止まりのいくつかには宝箱も設置されているため、倒した方がお得だ。
難なく四方の処理が終わり、中央の広場前に辿り着いた俺達は、大きな岩場に隠れて様子を伺った。広場には全部で六人の盗賊がいる。その中の一人、大柄の男は他とは異なったオーラを放っている。
「中央にいる大柄の男がケイニッヒで間違いなさそうだ」
「まずは、私達からでいいんだよね」
「うん、最初の一撃は特大のをお見舞いしてくれ。そしたらすぐ二手に分かれて、三カ所からの同時攻撃だ」
「オッケー!」
ここまで二人にはあまり魔法を打たせなかったが、それはローレンスが言っていた「魔法は、ここぞという場面で打つ」という言葉の通りだ。狭い洞窟の中で魔法を打つことは、敵が来た事を知らせるようなものだが、広場でそれを行う事は不可能に近い。逆にいえば、この場面こそが打つべき時なのだ。
俺は右手の剣を強く握りなおすと、二人を岩場に残して広場へと向かった。
これまでの敵と違い、人型のモンスターは知能が高いと聞いている。この作戦がどこまで通用するかはわからないが、やり直しは効くのだから、まずはやるだけやってみよう。
敵に見つかるギリギリの位置についた俺は、二人に向けてゆっくりと剣を掲げ合図を送る。
こうして、クエストにおける初めてのボス攻略が始まった。