第9話
最初に放たれたのは炎の矢だ。音を立てて飛んだ矢は群れの端にいる盗賊を捉え、巻き上がる煙が周囲を包み込んだ。
続いて、地面を走る氷の刃がもう一人の足元を凍らせる。ティナとティンゼル、二人の魔法が発動したのを見た俺は前方へと駆け出した。盗賊達は突然の襲撃に混乱していて、まだ統率が取れていないようだ。
煙で視界が悪くなる中、動きに気付いた盗賊が短剣を構えた。あの形状は情報通り『マインゴーシュ』に間違いない。マインゴーシュは根本の部分に刃を守るためのガードが付いていて、武器でありながらも攻撃を受け流せるのが特徴となっている。迂闊にスキルで攻撃しようものなら、受け流されて反撃されかねない、ここはあえて通常攻撃で様子を見る。
互いに斬撃を交わし、金属音が鳴り響く中、再び後方から放たれた炎が軌道を描きながら煙の中へと消えた。すると、大きな音に混じって小さな悲鳴と消滅音が聞こえた。目の前の相手が一瞬視線を逸らしたのを見逃さず、腰の位置で構えた剣を握りなおし、光を纏った瞬間水平に振り抜いた。
「うおお!」
剣は相手の身体を貫通し、小さな衝撃波で弾き飛ばした。食らった相手は体勢を崩し、小さく唸るが撃破には至らない。今度は相手が攻撃を仕掛けてくるが、冷静に軌道をよんで受け止める。再び鳴り響く金属音に混じって、今度はそれを搔き消すほどの轟音が鳴り響いた。
ズドン!ズドドン!
稲妻のような激しい音が鳴り響き、足が凍っている敵に直撃する。一カ所でも凍結しているモンスターは強制的に水属性となり、風属性が弱点となる。敵が消滅したところで、残りはボスを入れて四体となった。あとは俺がこいつを倒して、残りの二人を倒せばボスとの三対一の構図が作れる。しかし、そう思っていた矢先、煙の中から野太い声がした。
「……お前らは左から回り込め、俺は右に行く」
微かに聞こえた指示は恐らくケイニッヒのものだ。奴らはこちらの作戦を逆手に取って、各個撃破の動きを取るつもりのようだ。動きの早い盗賊に捉えられれば、魔法使いでは逃げ切る事は難しいだろう。
「お前の相手は、俺だ」
黄色い光をまとった刃物が、僅かな隙間を縫って腰の辺りに突き刺さった。じわりと腹部に熱を感じ、次いで衝撃波が全身を襲った。
「カハッ」
内側から放たれる衝撃波に対処する術もなく、ノーガードで後方に吹き飛ばされる。相手の動きを読もうとして油断してしまった。急いで体勢を立て直しつつHPゲージを見ると、じわじわと減り続けて4割近くのところで止まった。だが、ここで立ち止まっているわけにはいかない。数の不利を覆すには、まずはこいつを倒す必要がある。
剣を上段に構え直し、黄色い光を纏ったところで相手の頭部へと振り下ろした。敵はガードを構えて剣を受け流そうとするが、横になった剣身をうまく受け流せず、擦れる音を立てながら相手の頭部に直撃した。スキル『バッシュ』が成功し、相手は膝をついてスタン状態になる。その間に通常攻撃を重ね、最後にスラッシュを発動して撃破する事に成功した。
安堵している場合ではない。煙で周囲の状況は把握できていないが、二人のHPゲージに変化はないようだ。しかし、ここで下手に二人を呼んでしまうと、居場所がバレかねない。どうするべきかと右往左往していると、二カ所で同時に動きがあった。
一方では炎の矢が飛び交い、もう一方からは雷の音が鳴り響いた。これで二人の位置は把握できたが、ケイニッヒがどちらに行ったかはわからない。しかし、そんな俺の不安を悟られたかのように大きな声が洞窟に木霊した。
「ラスタ!私はいいから、ティナの方に行って!」
聞き覚えのある声は、ティンゼルのものだ。「いいから」という言い回しに不安を拭えないが、今は彼女を信じるしかない。俺は短く「わかった」と返事だけを残し、急いでティナの方へ駆け出した。
しばらく煙の中を走ると、前方に3つの人影が見えた。そのうちの1つ、大きく揺れる髪の影へとジャンプし、2つの影の間へと割り込む。
「ティナ、大丈夫か!」
「ラスタ……ごめん、さすがに二人は無理だった……」
「……よく耐えた。もう大丈夫だ」
振り返ると、ティナは息を切らしながら膝に手をついている。乱れた髪の間から見える表情には、安堵の色が滲んでいた。
「ちっ、あのバカしくじりやがって」
「これからがお楽しみだってのによぉ!」
品のない盗賊達の言葉に苛立ちながらも、俺は剣を構えなおして盗賊たちを睨みつけた。
「ティナ、戦い方はウルフの時と同じだ。出来る?」
「うん……大丈夫!」
敵は違えど、攻略のパターンは同じだ。俺が奴らを後ろにさえ行かせなければ、問題はない。二人で連携した動きを反覆しながら、そう時間もかからずして残りの二体も討伐した。
残るはケイニッヒのみだ。後少し、このまま行けばクリア出来る。だが、そんな甘い考えを覆すかのように、視界の端に表示されているティンゼルのHPゲージがみるみると減っていく。そして、勢いは止まらず、あっという間にゲージは消えてしまった。
「ティンゼル!」
次第に視界が開け、洞窟全体が見えるようになってきた。しかし、それはティンゼルの魔法がまったく飛び交っていない事を意味するのではないか。
そして、その予感は的中した。
視線の先には、うつ伏せに倒れているティンゼルの姿があった。彼女の背中にはナイフが突き立てられ、赤と青の混じった粒子が切り口から飛び散っている。初めて見る不穏なエフェクトに、俺達は言葉を失った。
そして、彼女の背後……暗闇からヌッと出てきた腕がナイフの柄を握りしめた。腕を辿って行った先には大柄の男、ケイニッヒが立っている。「キヒヒ」と不気味な笑いを発した男は、ティンゼルの身体からナイフを抜き取ると、大きく振りかぶった足で彼女を蹴り上げた。
鈍い音が洞窟内に響き、小柄な少女が宙に舞う。
「あとは、おねがい……」
その言葉を最後に、ティンゼルは地上に降りることなく空中で消滅した。
「……ティン……ゼ……」
隣で「カラン」と何かが落ちる音が聞こえた。その音で我に返った俺は、ケイニッヒから視線を離さずにゆっくりとティナの元へと近寄った。傍に落ちている杖を拾い上げ、彼女の身体にそっと近づける。
「……ティナ、まだ戦闘は終わっていないよ」
彼女が杖を掴むと、杖越しに震えているのが伝わる。……この手のゲームに慣れていないのなら無理もない。現実世界でもほとんど味わう事のないプレイヤー(人間)の死は、あまりにも衝撃的すぎるからだ。
VRMMOは広大なマップを歩く関係上、基本的に仲間と行動する事が多い。一緒にいればいるほど仲間意識が強くなり、戦闘や連携の精度も上がっていく。それこそが醍醐味とも言えるだろう。だが、逆をいえば強すぎる意識が故にこういったマイナスの面も出てきてしまう。俺はまだ、知り合ったばかりの彼女の事を何も知らない。
「大丈夫……。俺に任せて」
彼女をその場にゆっくりと座らせ、敵の方へと歩きだす。すると、ケイニッヒも同じようにこちらへと歩き始めた。
『盗賊団の頭 ケイニッヒ』、レベル8――HPゲージはまだ7割近く残っている。クエストの開始レベルが5なのに対し、ボスのレベルがキャップを超えて設定されているのが難易度の高さに直結している。
距離が縮まり、ケイニッヒが動いた。暗闇に溶け込むようにゆらりと動き、身体が光る。この間合いは、奴の飛び道具である投げナイフの間合いだ。俺は右へと素早く躱し、自分のいたところを何かが通過していくのに構わず攻撃を仕掛けた。ケイニッヒは短く舌打ちをすると、武器を構えた。奴の持つ武器は『グラディウス』という短剣だ。形状は俺の持っているブレイドに似ているが、刃渡りが短いため短剣に分類される。だが、マインゴーシュのようにガードがついていないため、受け流しの心配はない。
敵の攻撃は突きが主体で、光速で繰り出される連撃が特徴だ。それに対して、斬撃メインのこちらは手数で圧倒的に劣っている。しかし、武器種の相性を覆す対策はメモにもあった通りだ。
俺は両手で握った剣を正面に構え、剣道の構えに近い形で相手の攻撃をいなすと、短い斬撃を繰り出すカウンターでじわじわと削っていった。カウンターは相手の攻撃に合わせるためかなりの集中力を必要としたが、それでも首の皮一枚で攻撃を繰り出し、なんとか奴のHPは赤いゲージに変わる三割近くまで削る事が出来た。
「あと……少し!」。そう思ったわずかな瞬間。不意に目の前が真っ暗になった。
洞窟から滴る水滴が、ピチャリと音を立てて顔に当たる。顔に?なんで……。
気がつくと俺は、床に仰向けで倒れていた。身体を起こそうとしても、うまく身動きが取れない。視線で辺りを見渡すと、HPのゲージに目が留まった。いつの間にかゲージは三割近くまで減っていて、その下に見慣れないアイコンが秒数を刻んで表示されている。これは……投げナイフを食らった時に起こる状態異常『麻痺』か?
冷静さを取り戻した所で、重大なミスに気が付いた。ケイニッヒはHPゲージが赤になると、攻撃パターンが追加されるという情報を忘れてしまっていたのだ。その攻撃は『体術』。そう、蹴りだ。突きにばかり意識が集中していた俺は、攻撃パターンが変わったことに気付かず蹴りを喰らってしまったのだ。そして距離が空いた隙に、投げナイフによる追撃をもらってしまったらしい。
状況を把握したところで麻痺が解除される訳でもなく、事態はかなり深刻になっていた。ジャリジャリと音を立てて近寄る影に視線を向けると、そこにはケイニッヒが立っていた。麻痺の効果はまだ十秒近く残っている。
「キヒヒ、手こずらせやがって……」
ケイニッヒは右手に持つ短剣を宙に掲げた。このままではティンゼルと同じ様にやられてしまう。だが、身動きが取れない。
自分の肌が段々と冷たくなっていくのを感じる。
……冷たく?
「……ちっ!」
奴の振り下ろした剣が身体に刺ささる瞬間、舌打ちをしながら、ケイニッヒは一歩後ろへと飛びのいた。その時、二人の間を氷の刃が物凄いスピードで駆け抜ける。これは、まさか……。麻痺状態が解除され、ゆっくりと起き上がりつつ氷の出所へと視線を送ると、そこにはティナの姿があった。
「ラスタには、指一本触れさせない!」
力強い意思の込められた言葉が、洞窟内に響いた。
ケイニッヒは標的をティナに変えて一目散に駆け出した。ティナは氷魔法の『フロストダイバー』で迎え打つが、真向からでは当たる気配がない。俺は蹴られた時に手放してしまった剣を拾い上げ、急いでケイニッヒの後を追った。
ティナが続けざまに魔法を放ち、洞窟にはいくつもの氷の道が出来ていた。このまま道を狭めれば当てられるかもしれないが、それでは先にMPが尽きてしまうだろう。
ケイニッヒは魔法を巧みに躱し続け、ついに飛び道具の間合いに入った。ケイニッヒの身体がキラリと光り、次の瞬間、ティナは膝をついて地面に倒れ込んだ。麻痺状態だ。
「ティナ!逃げろー!」
その叫びが無意味であることはわかっていたが、声を出さずにはいられなかった。
しかし、ここで予想もしない出来事が起こった。
ケイニッヒが剣を掲げ、ティナを斬りつけようとした瞬間。二人の周囲に弧を描くように氷が広がり、彼の足を完全に凍り付かせたのだ。
「バカなっ!」
俺は足が凍って動けないケイニッヒの背中に飛びつくように剣を構え、スラッシュを放った。剣は敵の身体を通過し、大きくゲージを減らした。だが、同時に凍結が解除され、ケイニッヒは振り向き様に短剣を突き出した。
「終わりだ、小僧!」
「いや……まだだ!」
スキルの発動には硬直時間の他にもう1つ、技の後に続く攻撃がある場合に限り「待機時間」が発生する。そして、今繰り出したスラッシュには派生技が存在する。振り抜いた軌道をなぞるように、素早く技を反す片手剣の熟練スキル『リターンオーバー』。この技は発生が早く、その速度は片手剣の中でも1位2位を争うと言われている。
「おらああ!」
再び剣がケイニッヒの身体を通過し、残りのHPゲージを削り切った。奴の体が光輝くと、空中で制御のきかない俺は、その光にぶつかるように突っ込んだ。しかし、実体を持たぬ光は粒子となって消滅し、ぶつかる先を失った身体はその先で倒れているティナの身体に覆いかぶさった。
「いでっ」
「キャっ」
柔らかな感触が身体を包み、そのまま少しの静寂が訪れた。目と目が合い、俺達は見つめ合った。互いに何かを言う訳でもなく、ただただ静かな時間だけがゆっくりと流れていく。
一拍置いて、静けさを遮るようゲームの音が鳴り、お互いの視界に討伐完了のウィンドウが表示された。
「……やったね」
「……うん。やった」
俺は立ち上がり、手を伸ばしてティナを起こした。それと同時に洞窟内が明るくなり、奴らが盗んだとされる盗品が表示された。
その中の1つ、「冒険者の剣」と表示されたアイテムをタップし、アイテムストレージに保管する。ようやく目的の品を手に入れ、ほっとした俺達は街に戻るための準備を始めた。
「帰ろう……ティンゼルが待ってる」




