「冒険の書三百三十一:特別なお仕置き」
とにもかくにも、カルノフ連邦へ向かうことになったワシだ。
荒事ならともかく融和工作ができるとは思えんのだが、王命とあってはやるしかない。
「まあ~、グチグチ言っていても始まらんしな」
この先どんなトラブルが待ち受けているかはわからんが、ともかくやってみよう。
そんな風に腹をくくったワシの周りで、旅の準備が急速に進められていく。
準備といっても、ワシら自身に関してはそれほどない。
荷物は最低限あれば十分だし、せいぜいエルフヘイム行きでくたびれた装備品の新調をする程度。
準備が必要なのは、それ以外の部分だ。
お隣のカルノス連邦の首都グルカンまでは、片道一週間ほど。
足となる馬車を調達し、食い物を調達し、お付きの者を集め、護衛の騎士団も動員せねばならない。
準備外交とはいえ国家同士のやり取りだから、それなりの格式が必要となるのだそうだ(実にめんどうなことだ)。
んで、内訳だ。
王族専用馬車が二台と、輸送用の馬車が五台。
王族専用の馬車にはもちろんワシらが乗るのだが、輸送用の馬車には食料や水の他に、連邦評議会向けの貢物が積み込まれている。
貢物は獣人族の好みそうなものばかり。貴重な香辛料(魔物にかけて喰うと美味いのだと、昔クルシュが言っていた)と、魔法の武器や鎧などがドッサリだ(戦闘狂が多い国だけにな)。
人員に関しては、ワシらの身の回りの世話を焼く使用人たちが十人。
道中の護衛として動員された王国騎士団が二十五人(相手を刺激しないためだろう、こちらは数こそ少ないが、第一騎士団の最精鋭。さすが、皆の面構えが違う)。
使用人だの貢物だのには一切興味のないワシだが……。
「おお~、どいつもこいつも、なかなかいい顔をしとるのう~。いいのう、いいのう~」
「めちゃめちゃいい笑顔で可愛いんだけど……可愛いんだけどさ。ねえ、ディアナちゃん? ちょっと手合わせでも……とか思っちゃダメだよ~?」
「な、なぜわかった?」
「ルシアンさんやマリアベルちゃんの時とは違うんだからね? 相手は普通の人族だから、ディアナちゃんがじゃれついたらそれだけで壊れちゃうんだからね? 手とか足とかもげちゃうんだからね?」
「人を熊みたいに言うな。……とはいえ、さすがはルルカだな。よくぞ見抜いた」
出発までの待ち時間に、「どれ手ごろなのと手合わせでも……」などと思っていたのはたしかだ。
(あんたほどわかりやすい奴もそうそういないからね)
「そうかぁ~? 殺気は出しておらんつもりだったのだが……」
(十分好戦的な顔してたよ。ほぼ蛮族だったよ)
「ばっ……蛮族だとおぉ~っ?」
ワシらが騎士団を遠巻きに眺めているところへ、ルベリアが声をかけてきた。
「ディアナさん……いえ、フィオナさんとお呼びすればいいのかしら?」
「おおルベリア。普段はディアナで、公的なところではフィオナで頼む……というか、どうした? しばらく見ない間にずいぶんとやつれたようではないか?」
老衰か?
などと口走りそうになったが、ギリギリ耐えた。
デリカシーがどうとかいう以前に、王族侮辱罪で殺されるかもしれんからな。
とはいえ、そこそこ失礼な発言だったのは変わらんが……。
「そりゃあやつれもしますわよ。出来の悪い孫と出来のいい孫娘を競わせて成長を促そうとしたら、まさかの結果ですもの」
本当に疲れ切っているのだろう。
ルベリアはワシの無礼を咎めることなく、青白い顔でボヤきまくる。
「ニックスの言うことを聞かず、むしろ自分が前に出て、向こうさまの顔をつぶしたい放題」
「うむ……」
「Sクラス生徒たちからも呆れられ……あげくの果てには聖地の損壊。聞けば、あのクルシュの墓標を破壊したそうよ?」
「う、うむうぅぅ……」
言うまでもないことだが、クルシュ・ザザはかつての勇者パーティの仲間のひとりだ。
魔王討伐に多大な貢献をした、リザードマンの女族長だ(獣人族においては『トカゲ族』としてひとくくりにされているが)。
圧倒的な武力を示したあやつは故郷に帰還後、連邦評議会の議長に任命されたらしい。
他種族の暴れん坊どもを力ずくで黙らせ、初のマムージャ大草原統一者になったらしい。
「アレスに先立つこと十五年ほど前に病で死んだと聞いていたが……。そうか、あのクルシュの墓がなあ~……」
自分たちの誇りであるクルシュの墓を穢されたのだ。
名誉をことさら大事にする獣人族が、黙っているわけもないだろう。
ルベリアは苦手だが、さすがにこれは同情せざるを得ない。
「なんともはや、聞いてて哀れになってくるな……」
ワシがしみじみため息をついていると……。
「子どもが悪さをしたらお仕置きをする、それが親だと思うの。ねえ、わかるかしら?」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。
ルベリアが怖い事をつぶやき出した。
「やっぱりね、世間様に申し訳が立たないもの。今回はよりにもよって国家同士の火種になってしまったわけだし……特別なお仕置きをしないといけないの。ねえ、わかるかしら?」
「と、特別なお仕置きとは……?」
「考えてみればアレスも、本気で怒らなきゃわからない人でしたからね。わたくしに隠れて女遊びのし放題で……。その血を引いているということは、やっぱりそういうことなのよね? 遊び方の方向性は違うけど……ね? やっぱり、本気で怒って、わからせきゃダメなのよ。わたくしは甘かったの。孫だからって、のびのび育てすぎたの」
(ね……ねえ? この人なんか怖いんだけど……?)
その意見には激しく同意する。
こうゆー時のルベリアには、曰く言い難い不気味さがある。
が、迂闊に同意するとこちらにまで火の粉が降りかねんので、ワシは黙っていた。
雷に怯える子どものように、首を竦めていた。
「と、ゆーわけでっ」
ルベリアは胸の前でぱむと手を打ち合わせると、ニッコリ微笑んだ。
「うちの孫、連れて帰って来てくれるかしら♪ この際、五体満足でなくてもいいから♪」
「ひえ……っ?」
こんなに明るい声なのに、こんなに怖い言葉もなかった。
こんなに綺麗なのに、こんなに怖い笑顔もなかった。
ルベリアの醸し出す迫力に、ワシは思わず唾を飲み込んだ。
そしてちょっとだけ――本当にちょっとだけ、ルドヴィクに同情したのだった。
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