第21話 日高誠と並ぶ灯火
美希を家に送り届け、すぐに水鞠の家敷に向かって飛び出した。魔法ママチャリを漕ぐ足も軽やかだ。
「うわ!? 何だよ……これ」
水鞠家に到着すると、その異様な雰囲気に驚いた。
湖の畔に集まっていたのは、各ブロックの水鞠家の従者達だ。酒を飲み、魔法花火大会の成功を祝っている。三十人位だろうか。
全員、怪しい仮面に魔法着の格好だ。和気あいあいとした雰囲気が、逆に不気味過ぎる。
「仮面舞踏会かよ……」
もっと楽しそうなビジュアルでお願いしたかったよ。
湖のデッキには三つの長いテーブルが用意され、その上には豪華な料理が並んでいる。
その隅の奥の方で、青い浴衣姿の岸本が手を振っているのが見えた。
「日高! こっち、こっち!」
岸本の皿には信じられない程の量のサーロイン肉が盛られていた。
隣に座ると、岸本は切った肉をフォークで刺して、食べて食べてと迫って来る。
「凄いよ日高! お肉が信じられない程美味しいよ!」
その肉に喰らい付き、しばらく味を堪能した後、改まって向かい合う。
「岸本、妹の事を助けてくれてありがとうな」
そう言うと、岸本は照れた顔で上目遣いになる。
「良かったね。また仲良しに戻れて。散々キモいとか言われてたけど」
「ちょ、何でそれ知ってんの? 通信切れてたんじゃなかったのかよ!?」
どうやら話を聞かれていたらしい。まあ、俺が勝手に切れたと思っていただけだから、別にいいけど。
「まさか岸本が一人で影の案件を解決するとは思わなかったな」
「でしょう? 頑張ったからね。……そうだ! 日高にもオススメするよ! 『魔法使い初心者マニュアル』。アドレス送るね」
携帯アプリの情報が送られて来た。確認してみる。そこには魔法使いの心得から影の対策、改変された人間への接し方まで記されていた。
要所要所で開いていたアプリはこれだったのか。「改変者と被害者の関係を探り、なり切る事で解決策を見出そう」。
なるほど。岸本が妹の格好をしていたのはこれか。他にもアプリに書かれている事を忠実に行っていたようだ。真面目な岸本らしい。
あれ? このアプリ「対象年齢四才から十二歳」って書いてあるぞ。……ま、いっか。
謎が色々と解明されてスッキリしていると、岸本が浴衣の胸の部分を引っ張って見せて来た。
「見てよこれ! 改変者を修正したから、コトリちゃんから貰ったんだよ! 凄いでしょ!」
そこには謎の勲章がぶら下がっている。
「へえー。どれどれ」
青いリボンが付いていて……って、場所が場所だけに凝視出来ないよ! 罠かよ!
勲章って……。それ本当に価値があるのか? 昔の漫画でやたらと無駄な勲章をあげて嫌がられていた国王キャラがいたな……。なんて思い出す。ま、本人が喜んでいるならそれでいいか。
岸本が空を見上げる。視線を追いかけると、星が一直線に伸び、そして消えて行った。
「今回の事で色々知れて良かった。他人に操られるって……怖いね。日高の場合は少し可愛かったけど」
「可愛いってどういう事!?」
俺はしばらく美希が望んだ姿に改変されていた。それは理解した。でもダメだ。全然自覚が無い。
岸本も同じ感覚なのだろうか。……これは怖すぎる。
「日高……私の事……助けてくれてありがとう」
「…………!?」
岸本は幼馴染の新澤晴人に改変されていた。俺が助けた事も全て、その時の記憶は失われているはずだ。
「もしかして、記憶が戻ったのか?」
すると首を横に振る。
「安心して。まだ思い出せていないよ。でも何となく分かる。日高とコトリちゃんが助けてくれた事」
ホッとした。人生の半分の時間を改変された影響は小さくはない。思い出せない方がいい。
「日高。聞いて欲しい事があるの。私、やっぱり日高が──」
岸本が何かを言いかけると、場内のアナウンスが響く。
『岸本さん。岸本紗英さん。至急、本部まで来て下さい』
弓の魔法使いの声だ。何だよ、本部って何処だよ。
「何か呼ばれてるな」
「ア……アワアワ……い、行って来ます!」
岸本は慌てふためくと、逃げる様に走って行ってしまった。何か様子が変だったが、大丈夫かな。
とりあえず俺も移動するか……。会場を見渡す。
花火の発射装置のキーボードがライトアップされ、鳥の魔法使いが華麗な演奏で場を盛り上げている。
その近くのテーブルにはポツリと水鞠が座っていた。赤い魔法浴衣を着たままだ。
「どうしたんだよ。当主が一人で寂しそうだな」
水鞠に声を掛けると、恨めしそうな猫の様な目を向けて来た。
「帰れ!」
「何で!?」
相変わらず酷いな。何回目だよ。このやり取りは。
「さっきまでずっと従者達と話していたんだよ。やっと今からゴハンなんだよ!」
「ああ、それは悪い事をしたな。じゃ、後でな」
どうやら腹が減っていたらしい。疲れて不機嫌そうだし、話をするのは時間を置いてからにしよう。
「待って!」
いきなり制服のズボンの裾を掴まれた。
「やっぱりここに居て」
どっちなんだよ。訳が分からないよ。
椅子を引き、水鞠の正面に座ると、鳥の魔法使いの演奏する曲調が落ち着いた大人の雰囲気に変わる。
「お陰で妹が助かったよ。ありがとう水鞠」
そう言うと、照れ臭かったのか、水鞠は目を逸らした。
「アタシは何もしてないよ。殆ど紗英が一人でやったから。『弓』も少しだけ手伝った様だけど」
そうなのか。弓の魔法使いにも後でお礼を言わないとな。
「そうだ。俺には勲章をくれないのか?」
「アンタには必要無いから」
「どういう意味だ?」
「それはね……」
水鞠は何かを言いかけると、
「すぐに分かるよ」
とだけ呟いた。
しばらくすると、壁の魔法使いがワゴンを押してやって来た。老執事から奪い取って来たらしい。
「お待たせ致しましたコトリ様。御食事をお持ち致しました」
「キタキタ──!」
いきなりテンションが上がる水鞠。その笑顔を見て嬉しそうにプルプルと震える壁の魔法使い。ブレないな……この人も。
テーブルに置かれたのは……。
魔法カップラーメン!?
「こんな時にカップラーメンかよ……」
水鞠コトリが学校でいつもカップラーメンを食べているのはお金が無いからとか、そういう理由では無いらしい。
「花火大会が終わるまで禁カップメンしていたんだよ! もう、禁断症状で手がプルプル震えて大変だったよ!」
そう言ってカップラーメンの蓋を全部剥がすと、湯気が立ち込めた。
怖いな! 何か変な薬とか入ってない?
「見てよこれ! 前作の『魔法ラーメン味噌 ナポリタン味』の反省を元に作られた新製品なんだよ?」
水鞠は得意げに話してる。反省って……やっぱり売れなかったんだな。ナポリタン味……。
「で、今度は何味なんだ?」
冷たい目線を突き刺していると、返す様に水鞠はドヤ顔になる。
「魔法ラーメン ナポリタン たまご焼き味」
「味噌消えちゃった!?」
何処へ行っちゃったんだよ味噌……。何でナポリタンの方を活かすかな……。味噌と卵焼きなら、まだワンチャンあったでしょ!? まるで反省が活かされてないよ! 帰って来い味噌!
そんなツッコミもお構い無しにズルズルと麺を食べ始めた。
あ、意外と旨そうだな……。
「日高誠」
急に壁の魔法使いからフルネームで呼ばれた。
「今回の活躍は見事でした。これからシゴキがいが有りますね……ふふふ」
「そりゃどうもです。お手柔らかにお願いしますよ……」
壁の魔法使いこと真壁スズカ。この人の場合は水鞠が絡むと厄介だ。何をされるか分からんな。警戒しておこう。
だが突然、壁の魔法使いは一礼して身を引く。代わりに誰かが来た様だ。
「楽しそうですな」
ワタヌキ店長だ。涼しそうな紺の甚平を着ている。
「ワタヌキ店長。助けて頂いて、ありがとうございました」
命の恩人だ。この人が居なかったら俺は殺されていたかもしれない。
すると、ワタヌキ店長の眉間のシワが深くなり、ハの時に変わった。
「いいって事よ。今はお礼を言われる為に来た訳じゃねぇんだ」
その言葉に水鞠の様子が一変し、少し寂しそうな顔になった。
ワタヌキ店長が水鞠に一礼する。
「契約を解除してもらいたいのです。水鞠家の敷地内で商売をするのは、これで最後にしたい。ここに居る事も世間にバレてしまいました」
「またどこかへ行っちゃうの!? もう……頼っちゃダメなの?」
水鞠はテーブルから立ち上がり、ワタヌキ店長に駆け寄る。
「…………!?」
すると、突風が巻き起こった。
堪らず目を閉じ、すぐに開くと、ワタヌキ店長の姿が変化していた。
黒い魔法着。そして仮面。
魔法使いの正装だ。
「オレは決めたんだよ。だから新しい契約をして頂きたい」
「ワタヌキ!?」
雷旋のワタヌキが跪く。
「このワタヌキめを水鞠家にお迎え下さい」
すると、騒がしかった会場が一瞬で静まり返る。その場に居た全員が、その様子を見守っている。
「ワタヌキ……」
驚き、固まっていた水鞠が我を取り戻す。
そして跪く雷旋のワタヌキの頭上に掌をかざした。
「ありがとうワタヌキ。これからずっと、力を貸して」
「御意」
雷旋のワタヌキの魔法着が光輝き、包まれる。
その色は、黒から紺色に変化した。水鞠家のカラーだ。
──歓声が巻き起こる。
それは、雷旋のワタヌキが味方になる事の、大きな意味を示していた。
これで水鞠家のピンチは回避出来たに違いない。
猫の目がキラキラと輝いている。その姿を見て、心の底から嬉しくなった。
祭は全て終わった。従者は全員去り、水鞠家は静寂に包まれている。空には無限の星が並ぶ。
そして地上では、小さな光が三つ並んでいた。
湖の畔。岸本と水鞠と俺の三人は、線香花火に火を着け、花を咲かせている。
「三人でゆっくり魔法花火を見れなかったから嬉しい……」
岸本が微笑む。
「これから勝負だよ! 一番最初に花火が消えた人が、明日の買い出し係ね!」
いきなりルール決めるなよ……。楽しみ方が変わっちゃうだろ。
そうだ。気になっていた事があった。忘れない内に訊いておこう。
「なあ。教えて欲しい事があるんだけど」
俺はパチパチと鳴り続ける小さな火花を見詰めながら話す。
「ちょ、ちゃんと壁作りなさいよ。風で消えちゃうでしょ!?」
「もっと固まろうよ」
岸本の提案で両脇の二人が隙間を埋める事にした。真ん中に水鞠で、岸本と俺が挟む。
「美希に改変された時の俺ってどんな感じだったんだ?」
岸本から可愛いとか言われたから気になって仕方が無い。
水鞠が意地悪そうな顔で岸本に視線を送る。
「あ──。どんな感じって、ねぇ? 紗英」
岸本もそれに答える様に同じ表情になる。
「言ったら可哀想じゃない? 日高もショックかもよ? コトリちゃん」
気になるな! どんな風に美希は俺を変えていたんだ!? ヤバい事してないだろうな。
「まあ、日高は逆に悦ぶでしょ。変態野郎だし」
「ああ、そっか。じゃ、教えちゃう?」
「そういうのいいから、早く教えて……あ──っ!?」
光の球が地面で弾けた。
後日。会員制の魔法ニュースのアプリで、雷旋のワタヌキが水鞠家の一員になった事が、驚きをもって伝えられた。
それと同じ規模で、最大の謎だった水鞠家の魔法生物「風鱗海月」と契約した魔法使いが現れたというニュースが報じられるのだが──。
──その時の俺は、まだ知る由もなかった。
第2章あとがき
ここまで読み進めて頂き、ありがとうございました。
第二章は魔法使い達の修行と日常回という事で、夏のイベントを消化しつつ、水鞠家のピンチを救うという流れにしてみました。完結出来てホッとしています。
一章に引き続き苦労したのは岸本紗英の扱いでした。日高と一緒に居る意味を見出せずにいましたが、日高の妹が生み出す影と裏側で戦ってもらう事で、どうにか乗り切りました。
二章で描きたかったのは、日高の成長です。
日高は能力が低く、役に立たない事を受け入れて修行を開始します。ですが、結局は実力のある紗英の方が主役級の役割を担います。
裏方に回り、面倒臭い役割を引き受け、それでも文句を言わず努力する日高。
その努力が報われ、最後は主役となって水鞠家を救う、という流れです。上手く表現出来ていれば嬉しいです。
三章は魔法使いとして成長した日高が活躍します。是非ご覧ください。
キャラクターの今後が少しでも気になった方は、ブックマークをして頂けると嬉しいです。よろしくお願い致します。




