第14話 帝国の危機 その4
令和初の更新となります。
今後とも、よろしくお願いいたします。(年明け感)
「もう一つの危機って……」
大陸を二分する大国の片割れである帝国が、
そんな有様でどうするんだと突っ込みたい気持ちをぐっとこらえて、
再び椅子に座ってルドルフに話の続きを促す。
「これはまだ儂も耳にしたばかりなんじゃが」
と前置き。茶で軽く唇を湿らせて次の言葉を放つ。
「南部に正体不明の魔物が現れたらしいんじゃ」
周囲に聞こえないようにヒソヒソ声でそんなことを言う。
それはまるで夏の夜の怪談のようで。
「正体不明の魔物?」
知らず知らずのうちに眉をしかめてしまう自分がいる。
古今東西、大陸には様々な魔物が現れたりしているわけだけれども、
その正体については古書を漁れば大抵見当がつく。
あるいは――
「南部の貴族だって『万象の書』を持ってる奴がいるだろ」
実際に契約してみれば、正体はすぐに割れる。
しかしオレの言葉に反してルドルフは首を横に振る。
「それが、今のところ誰も契約に成功しとらんらしくてな」
「マジか……」
それはそれでおかしな話。帝国南部にだって召喚術士――貴族がいないわけではない。
彼らのうちだれ一人として契約に成功しない魔物だなんて、
もし本当だとすると相手は余程強大な力を持った存在ということになる。
そこそこ強い程度の魔物なら、弱らせればだいたい契約を取り付けることが叶うのだから。
「でもよ、そんな魔物が暴れてるんならもっと噂が立つもんじゃね?」
南部出身者としてその辺何か聞いてないかと同席しているグリューネルトに尋ねるも、
「お父様は、わたくしにはあまりそういうことはお話になりませんの」
横に振られる首に合わせて豊かな金髪がサラリと流れる。
蚊帳の外に置かれている、というよりは娘に心配かけたくない親心だろうが、
娘の側がどうとらえるかはまた別の話。
南部出身者が自分の身近な話題に参加できないという現状に、
見た限りではこのお嬢様は不満を持っているようだ。
「南部といっても、まだ帝国最南端のあたりの話らしいんじゃ」
「つまり、外様の領地ですわね」
「あまりその呼び方は感心せんのう」
「も、申し訳ございません」
ルドルフの指摘に素直に謝るグリューネルト。
「外様って、どういう意味?」
実に率直に訪ねてくるテニア。
いくら知らないからといって、
こういうデリケートな話題に怯まないその心根、
ちょっとうらやましい。
「えっとだなぁ」
今回の場合、地理的に言うとスィールハーツを領袖とする南部諸侯連合の領域よりさらに南、
ここ数代のうちに帝国に併合された元小国の領地を指す。
拡大政策をとってきた帝国は、聖王国と接する西部を除いた三方に同じような領域が存在し、
そこに住まう貴族たちは帝国中枢の貴族たちと区別して『外様』と呼ばれることがある。
もちろん、公的に認められた呼称ではないし、侮蔑的に用いられることもあるから、
本来ならば人前で口にすべき言葉ではない。
「正体不明、ねぇ……」
「召喚術士の嬢ちゃんにはぴったりの話だと思うんじゃが、どうかの?」
期待を込めた眼差しを向けてくる爺さん。
……正直ちょっとウザい。
「まあ、それくらいなら構わないか」
とは言うものの、奇妙に思えることもある。
「それって『帝国の危機』って言うほどのことか?」
「嬢ちゃんの言いたいこともわからんでもないんじゃが……」
「じゃが?」
「儂の『勘』が言っとるんじゃよ」
この話を聞き流してはいけないと。
その言葉に込められた重さ。
並の人間の口から『勘』などという言葉が出ても『はいそうですか』で終わりだが、
これが帝国の宿将であるルドルフ将軍の口から語られると、
何とも表現しがたい説得力を伴ってくる。
――それでも、噂話と爺さんの勘を根拠に軍を動かすわけにはいかないか……
すっかり冷めてしまった茶で喉を潤し、
頼りになる仲間たちを見回してみると、
特におかしな表情を浮かべている者はおらず、
――だったら……
「わかった。とりあえず様子を見てくるわ」
勝てそうなら倒してきてやるよ。
エルフ説得の話を断った手前、なかなか連続で断りづらいところではあったし、
クロもテニアも異存なさそうな雰囲気だし。
危なくなったら、その時にまた考えればよかろう。
「すまんのう。謝礼はちゃんと出すから期待しといてくれ」
こちらの快諾に相好を崩すルドルフ爺さん。
その言葉に、ふと思いつく。
「謝礼もいいけど、いい加減オレの懸賞金取り下げてくんない?」
『金貨百万枚の女』ってどうなのよって悩むこともある最近。
「そりゃ軍の管轄外じゃからして、どうにもならんのう」
視線を逸らしつつ、下手な口笛を吹くフリまでしやがって。
皇太后さまに話を繋ぐパイプがあるなら何とかなるだろ!
この狸ジジイめ……
☆
「というわけで、お互い仕事を貰っちまったわけだが」
『帝国の危機』にまつわる話が終わり、
ルドルフが城に呼ばれたおかげで場はお開き。
既に日は西に傾き、夜闇が迫る時間帯。
帰途に就いたところで馬車に同乗するグリューネルトに話しかける。
「オレの方はともかく、お前の方はかなり本気で帝国の危機だからな」
くれぐれもしくじるんじゃねぇぞ。
今頃になって緊張で顔を真っ青にしている金さんを見ていると、
他人事ながらものすごく心配になってくる。
話を蹴ったオレがどうこう言うのは筋違いとは思いつつも。
「わ、わかっておりますわ。このグリューネルト、使命の重さに身が震えておりましてよ」
ついでに言うと言葉尻も震えているのだが、あえて指摘はしない。
実際に苦労するのは娘が勝手に依頼を受けてしまったサスカス伯爵と、
グリューネルトに帯同する護衛達だからな。
「そちらこそ正体不明の魔物に食べられてしまわないように、精々頑張りなさいな」
明らかに強がりとわかる口調。
こちらに視線を向けず馬車の窓の外を見ながらそんなことを言う態度。
――な~んか放っとけないんだよな、コイツ。
『そういうものか?』
「そういうもんなの」
「何がですの?」
「何でもねーよ」
何やら揉め事の火種らしきものを乗せた馬車は、
迫りくる闇を背に内壁へ向かって疾走する。
☆
「勝手に依頼を受けちまったけど、別に良いよな?」
「出発当日になって、今さらそんなこと聞くわけ?」
特に何とも思ってなさそうなテニア。
『一応突っ込んでおくけど』という言葉を露骨に飲み込んではいるものの、
別段反対の意思はなさそうなところはいつもどおり。
「吾輩は、まだ見ぬ強敵にまみえるかと思うと奮えてくるニャ」
こちらもいつもどおり闘争心剥き出しのクロ。
一時顔を出していた奇妙な言動も、ここ数日はすっかり引っ込んで、
にゃんにゃんしい普段の調子を取り戻している。
そしてルドルフからつけられた護衛の騎士。
余計な人員はいらないとは言ったのだが、
あちらもなかなか引こうとはせず、結局押し切られてしまった。
「よ、よろしくお願いいたしますステラ様」
「ステラ様はよしてくれ」
新しく加わった、ルドルフ将軍からつけられた護衛。
クロと金髪騎士が争った日に、みなに追いやられていた黒髪の騎士。
年のころはレオとほぼ似たようなあたりか。
いかにも真面目で堅物だな、というのが第一印象。
短く刈り込まれた髪といい、鍛え上げられた筋肉質な身体といい、
あまり世間慣れしていなそうな風情といい、
いかにも若手騎士と言わんばかりの様子だが――
「よろしく、クロム卿」
「卿は勘弁してください……」
名をクロムという。
南方の下級貴族出身で、現在は帝国中央軍預かりの騎士。
ルドルフ曰く魔力量に難があり同輩たちに侮られてはいるものの、
剣の腕は若手の中でも頭一つ抜きんでているという。
ただ、今のところは様々な意味で『お堅い』ところがあり、
何か任務を達成させて一皮剥けさせてやりたいと語っていた。
もちろん本人のいないところで言われたし、
ほかの二人にも決して口外しないようには何度も念を押している。
……さすがに年下の女子供にそんな心配されてるってのはショックだろうから。
――若手を育てるのって大変なんだろうな。
あの絡んできた金髪みたいなのが幅を利かせるようになるのかと思うと、
ルドルフにとっても頭の痛い問題なのだろう。
「ま、よろしく頼むよクロ君」
「クロと呼ぶのは止めてください!」
「にゃ?」
「あ、いえ、そういう訳ではなくて……」
クロの強さを目の当たりにしたせいか、
ケットシーだからと言って侮る様子を見せることもない。
早速テニアにいいおもちゃにされているけれども、
この女の軽いところがいい風に作用してくれれば、
将軍の狙いどおりになるのではないかという気もする。
……本人の意思はともかく。
「グリューネルトは今日出立だったか」
緩やかに桃色の髪を撫でる風を受けながら、
つい口から零れたその名前。
同じ日にルドルフから依頼を受けたもう一人の貴族令嬢。
アイツの両親あるいはボスであるスィールハーツ公爵は、
この話に否定的な反応を見せることはなかった。
そこにどのような思惑があるにせよ、
彼女の双肩には、誇張抜きで帝国の未来がかかっている。
「そうだねぇ。ステラは気になるの?」
「気にならないと言えばウソになるな」
話を蹴ってしまったことに後悔はないけれども、
結果としてオレの尻拭いを押し付けてしまった形になる。
ましてやアイツは典型的な貴族のお嬢様。
戦いどころか野宿の経験すらないであろう身で、
あんな依頼を受けてしまって大丈夫なのかと心配にもなる。
――まあ、任務自体は騎士がついてりゃ大丈夫か。
グリューネルト本人が最後の最後までやらなきゃならんわけでもなし。
……あの女は自らの誇りと責任にかけて、
手を抜いたり途中で降りたりはしないだろうという妙な確信はあるけど。
「ご本人が決めたことにゃからして、ご主人があまりあれこれ言うのも失礼ニャ」
「だよな」
クロの指摘は最もで、オレがとやかく口をはさむべき問題ではない。
それに、こっちの方も決して楽観視できる状況でもない。
あのルドルフの『勘』に引っかかる案件ともなれば、
こちらにも『帝国の危機』と呼ぶにふさわしい何かが待っているのかもしれない。
――気合い入れていくか。
『その意気だ、契約者よ』
胸の内で翠竜が唸る。
新たなる旅路を想い心が奮い立つ。
「んじゃ行くか!」
オレ同様すでに旅支度を整えたほかの三人が応える。
目指すは帝国南部。
まだ見ぬ正体不明の魔物に向けて出発進行!
「の前に……ちょっと寄り道だ」
「「え~」」
軽やかな風のもと、ウンザリげな二人の声が綺麗に重なった。
無言のクロム卿も、同じような気分なんだろうけどな!
ちょうどついさっき用事が残ってることを思い出したんだから、仕方ねーじゃん。
「やれやれだよ、ステラ……」
テニアの声が耳に痛い。
次回より『南部戦線異状アリ』となります。




