第12話 帝国の危機 その2
「みっともないところをお見せしましたのう」
広場での一件のあと、将軍の自室に案内された。
初めて入る部屋だったが、将軍職の部屋とは思えないほどに質素な有様。
唯一の高級品と思しき応接用テーブルを囲んでみなが腰を下ろす。
「悪くない見世物だったぜ」
「いや~、大儲けさせてもらいました」
お爺さんが止めてなければ、倍プッシュできたんですけどね~などとほざくポニーテール。
「……お前どうやって取り立てるつもりだったんだ」
「え、そりゃ証人がこちらにいらっしゃるじゃないの」
自前の栗色髪を右手で弄りつつ、
ルドルフとグリューネルトを左手で指して笑う。
「わたくし、あなたに力を貸す義理はなくてよ」
「勘弁してくれんかの」
呆れるグリューネルトに、めんどくさげなルドルフ。
「じゃあ、自分でやるし」
「やるんかい」
「さっき見た感じでは、どいつもこいつも大したことなさそうだったし」
首を掻っ切る仕草に続けて、
「ニ、三人スパっと殺っちゃえば、大人しく言うこと聞くでしょ」
「殺るんかい」
「と、止めませんの!?」
ギョッとして身震いする金さんもといグリューネルト。
「さすがにそれは見過ごせんのう」
「へぇ、だったらお爺さんから……」
テニアの蒼色の瞳の奥が鋭く光る。
「そこまでにしとけって」
は~い。
特にこだわりはなかったのか、単に騎士たちをからかいたかっただけなのか、
テニアはあっさり引き下がった。
……何だろう、逆に怪しさが増したような気がする。
「ま、冗談はこのくらいにして、そろそろ本題に入ろうよ」
などとルドルフに話を促してくる。
当の老将軍は先ほどからチラチラとグリューネルトたちの様子をうかがうも、
「わたくしも帝国の繁栄を担うものの一人として、帝国の危機と聞かされては黙っておられませんの」
ましてや、国家の柱石たるルドルフ将軍のお言葉なればなおさらですわ、と豊かな胸を張って不退転のグリューネルト。
老将軍はしばし沈思黙考。そして――
「まあ、仕方ありませんな」
他言無用でお願いいたしますぞ。
そう前置きしてルドルフは神妙な口調で語り始めた。
☆
「危機と言うのはほかでもない、陛下のことでございますじゃ」
「皇帝陛下がいかがなされましたの?」
ルドルフの言葉に首をかしげるグリューネルト。
「そう言えば、この前の夜会は陛下じゃなくてレオが主催してたな」
オレの記憶にある限り、すなわち五年前の段階では、
レオは夜会のような催し全般に対して、あまり積極的な方ではなかったはず。
だからこそ、レオが夜会を主宰していると聞いて不思議に思ったものだ。
「うむ。陛下は今、それどころではございませんでして」
老将軍は白いあごひげを手でなすりながら話を続ける。
「というと?」
これは箝口令のおかげで、帝国でも一部の者しか知らんことですが、
「実は、陛下は床に伏しておられます」
「え?」
「へ?」
「なんですって?」
おかしな声を上げる一同。
「い、いつくらいからですの?」
「かれこれ三十、いや四十日ほどになりますかな」
目をつむり、記憶を掘り返しながら語るルドルフ。
――やべーだろ、それは……
「原因は、何なんだ」
そう問えば、不明ですなどと答えが返ってくる。
「不明ってお前……」
「宮廷医師たちのことごとくがそう申しましてな」
今は延命治療に終始しているという。
「容態は、どうなってるんだ?」
「特にこれと言って、おかしなところはないそうなんじゃが」
とにかく目を覚まさない。
食事も自分で取れないから栄養摂取もままならない。
今は帝国最高の医療技術で何とか持ちこたえているものの、
このままではいつまで……という状況とのこと。
「マジで帝国の危機じゃねーか」
「え、何が?」
何故そこで首をかしげるのか、テニア。
「さすがに王様が病気で寝たきりはあまりよくないニャ」
クロがテニアを嗜める。
そういえば、ケットシーの国は王政だったっけ。
前にそんなことを耳にしたような。
「でもさ、言い方は悪いけど跡継ぎがいるんだから別に……」
「なんということを!」
眉を跳ね上げて怒りを示すグリューネルト。
だが……
「そういうんじゃねえんだよ」
「へ?」
「ステラ嬢ちゃんはすぐ気が付いたか」
「そりゃな……」
ルドルフに相づちを打ちつつテーブルに置かれた茶で喉を湿らせる。
「じゃあステラ教えてよ、何がそんなにマズいのか?」
「そうじゃな、説明頼んでええかの」
軽く頬を膨らませるテニアに、彼女が苦手なのかこちらに話を振ってくるルドルフ。
しゃーねーな……
「んじゃ簡単に行くぞ」
と前置き。一同がゴクリと唾を飲み込んでこちらの話を聞く姿勢に。
さて、解説パートの始まりだ。
☆
「端的に言えば『万象の書』だ」
「端的過ぎてわかんない」
まあそう急くな。
ポニテ引っ張るぞ。
「これは別に陛下に限った話ではなく、すべての召喚術士に共通した問題なんだが」
『万象の書』による契約は、『万象の書』の喪失をもって破棄される。
そして、これを避けるために世の召喚術士は、後進に自らの『万象の書』を継承するわけだが、
「継承の条件は、継承者および被継承者の『両者の合意』が必須になる」
しかし、現在陛下は意識不明で合意もクソもない。
今のままでは皇家に伝わる『万象の書』通称『皇家の書』は継承されない。
そして、このまま陛下が身罷られると『皇家の書』は失われてしまう。
「代々の皇帝陛下が契約してきた魔物たちとの関係が切れてしまうわけだ」
聖王国が大喜びだね、と頷くテニア。
「それ以前の問題があってな」
他国がどうこうというのはその後の話。
「何がそんなにマズいんにゃ?」
クロも要領を得ない顔をしている。
……本題はここからだから無理もない。
「契約が破棄された場合、魔物がどうなるかが問題になる」
召喚術士が魔物と契約するパターンは二つ。
一つは普通に契約し、『万象の証』を介して場に召喚する形式。
そしてもう一つは、術士の魂に封印し『万象の証』を介して場に召喚する形式。
オレの場合は殆どの魔物が前者、エオルディアのみが後者に当たる。
「喫緊の問題になるのは後者だ」
「というと?」
尋ねるグリューネルトに応える前に、茶で再び喉を湿らせる。
「召喚術士が死亡した場合、魂に封印された魔物はその場に解放される」
前者の契約形式の場合は、魔物は自分の現在位置で契約から解放されるのだが、
魂に封印されていた魔物には『現在位置』が存在しない。
ゆえにこのようなことになるのだと思うが、
なんで『万象の書』の仕様がこんなことになってるかなんて、詳細は創世神しか知らないだろう。
「へぇ……」
何か思うところがあるのか、テニアが息を飲む。
「皇帝陛下がこのままお亡くなりになると、帝都に魔物が溢れることになるわけだ」
いったいどれほどの魔物が皇帝陛下の魂に封印されているかはわからない。
魂に封印された魔物に限らず、大抵の召喚術士は自分の手札を明らかにはしないもの。
「おおう……」
「そ、それは……」
ようやく話が繋がってくれて、絶句する一同。
うむ、オレの気持ちを理解してくれて嬉しい。
「ということは、今の皇帝陛下は導火線に火がついた爆弾みたいなものってこと?」
「上手い例えじゃの」
テニアの言葉にルドルフが頷く。
敬意がかなり足りないが、まさしく今の状況を的確に表している。
「ついでに言うと、この爆弾は火力が不明だ」
ひょっとしたら魂に魔物なんて封印されていないのかもしれない。
でも、反対に帝都どころか帝国を丸ごと吹っ飛ばすトンデモ火力を叩き出すかもしれない。
「なんせ『皇家の書』つったら、帝国最古の『万象の書』だからなぁ」
あくまで傾向としてだが、『万象の書』は古ければ古いほど多くの魔物と契約されている。
これは単純に持ち主である召喚術士たちの活動時間の問題だが、
さらに王侯貴族という奴は配下の力を使って魔物を手元に集める癖がある。
それが代々の皇帝陛下ともなると、一体どうなっているやら想像がつかない。
希望的、楽観的な予測は禁物だ。
「って言うことはさ、今ステラが死んだら中からドラゴンが出てくるわけ?」
「え……ああ、そうなるな」
胸のあたりをトントンと叩く。
そこに刻まれている竜の咢。
「まあ、エオルディアは理知的で温厚な紳士だから、そんなに危なくはないと思うけど」
『むう』
「へぇ……」
「でも竜のご仁は、ご主人の敵討ちぐらいはしそうだニャ」
「えー、そうかぁ?」
クロの言葉に、痣のあたりを叩いてエオルディアに尋ねてみるも――
「答えがないんだが」
「そりゃ、本人の前では言わないニャ」
「そういうもんか?」
「そういうもんにゃ」
『そういうものだ』
クロとエオルディア、会話できてないくせに息ぴったりだなぁ。
「ま、オレのことは置いといて今は陛下だ」
帝国志尊の存在から帝国最悪の爆弾に変化してしまった皇帝陛下。
「なんでこうなる前に『皇家の書』を継承しといてくれないのさ!?」
「そりゃ皇太子も定めてないのに継承は無理だろ」
別に本人だって好き好んでこのタイミングで倒れたわけでもなかろうし。
「普通自分の跡継ぎぐらいさっさと指名しないかなぁ」
ぼやくテニア。
おそらく南海諸島と比較しているのだろうが、
あれは逆に早すぎるくらいだぞ、と心の中で突っ込んでおく。
「ここだけの話、陛下はレオンハルトさまを気にかけておられたんじゃが」
「じゃが?」
「レオンハルトさまに皇帝たる器無しという声が小さくなくてのう」
立太子に踏み切ることができんかったんじゃと大げさにため息をつくルドルフ。
やけに芝居臭く見えるのは気のせいだろうか。
「いったい何を根拠に反対派はそんなふざけたことを抜かしやがるんだ?」
普通に不敬だろうが。
「婚約者に逃げられてしまったのが、相当効いとるみたいなんじゃ」
「……へぇ」
知らず声が漏れた。
原因オレかよ!
い、いや、ちょっと待てって。
「な、何でもかんでもオレのせいにすんな」
しまった、声が震えた。
「大体、婚約者がいなくなったんなら新しいのを探せばいいじゃねーか」
ほかの女どもがもっと力入れてレオを振り向かせなかったのがいかん。
「わ、わたくしのせいだとおっしゃるのですか!」
さりげなく自分だけを持ち上げたな、グリューネルト。
『たち』が抜けてるぞ。
「自分のことは棚に上げて、こちらに責任転嫁しないでくださいまし!」
「いきなり『お前が悪い』とか言われたオレの気持ちが分かるか!?」
「落ち着くにゃ、ご主人」
立ち上がりかけた太腿にぷにぷにの肉球。
その感触で激昂しかけた脳裏に落ち着きが戻ってくる。
腕を組んで頭を乗せ、大きく息を吐く。
「どうにもならねーのか?」
「医師も八方手をつくしてはおるようなんじゃが」
何も進展が見られないとため息をつくルドルフ。
「う~ん」
『契約者よ』
「うん?」
『古き人の世では、病といえばエルフ族の霊薬か錬金術が盛んに使われていたと記憶しているが』
「エルフと錬金術?」
『うむ』
「ほほう」
「なんじゃ、今の?」
首をかしげるルドルフに、
「オレの中にいるドラゴンがさ、古王朝だと病といえばエルフか錬金術だったって」
「おお! そうじゃろそうじゃろ」
我が意を得たりと何度もうなずく白髪の将軍。
「知ってたんかよ」
「帝国図書館の連中が古書を引っ繰り返して調べおったんじゃ」
『ふむ、口を挟む必要はなかったか』
――いや、アドバイスしてくれてうれしいぜ。
今回は偶々だから、また何か言いたいことがあったらどんどん言ってくれ。
ちゃんと聞くから今後ともよろしく。
「というわけでステラ嬢ちゃんを呼んだわけじゃ」
「何が『というわけ』なんだよ?」
軽く睨み付けるもルドルフは悪びれもせず、
「嬢ちゃんにエルフの里へ出向いてもらって、ちっと話をつけてきてくれんかと思っての」
そう言って片眼を軽く閉じた。
爺さんのウィンク、可愛くない。




