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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第2話 放蕩娘の帰還 その1

4月8日同時投稿の第2話になります。


「はあぁぁぁ~~~」


「ちょっと、ため息大きすぎない?」


 長い栗色の髪を弄りつつウンザリしたように返してくるテニアは置いといて、

 のどかな田園を貫く道を帝都へ向かって駆ける馬車の中で、

 もう何度目になるか数えてられないほどのため息をつく。 


「お前らに、オレの気持ちがわかるもんか」


 オレ自身、自分の心がよくわかっていないのに。

 家を出てから五年と少し、なぜオレは今さら帰国しようとしているのだろう?


 南海諸島で巻き込まれたあれこれな厄介事を片付けて、

 さて次はどこへ行くかと玄関口であるサザナ島で頭を悩ませていたところに、

 はるか帝国から久々に追いついてきた騎士の口から漏れたひと言、


『帝国存亡の危機』


 その言葉の意味の強大さときたら。

 あまりの衝撃に帰国を承諾してしまったが、

 考えれば考えるほどに胡散臭い。

 本当に信じてよかったのだろうか。


 悩み続けても答えは出ず、首をひねりつつもよくわからない心情のままに日々を過ごすオレ。

 そんなこちらの内心を知ってか知らずか、それこそ今さら過ぎると呆れるクロとテニア。


「だからって、帰るって決めたのはステラなんだから」


「にゃあ?」


 いつの間にか息ぴったりの二人の瞳にさらされて、ついと視線を逸らす。


「でさあ、ステラ。いつになったら帝都に着くの?」


 暢気な顔でそんなことを聞いてくるテニア。

 コイツ、完全に観光気分でいやがる。


「もう帝都に入ってるよ。関門を超えただろ」


「へ?」


「にゃ?」


 オレの答えを聞いて窓に張り付く二人。


「いやいやいや、ここまだ畑じゃん」


「街がないにゃ」


 お前は一体何を言っているのかと言外に問うてくる二人。

 あ~、そこから説明がいるのか。


「さっき通過した関門の内側は全部帝都扱いなんだよ」


 第一の関門から第二の関門までが広大な田園地帯。

 第二の関門から第三の関門までが軍事施設群。

 第三の関門から第四の関門までが市民街。

 第四の関門から第五の関門までが貴族街。

 第五の関門の内側が皇宮。


 第二の関門はいわゆる城壁に該当しており、軍が常駐している。

 第三の関門の内側はさらに石壁にぐるりと囲まれていて、いかにも都市部ですってな感じになる。


「帝都ってのはだいたいこんなふうになってるわけ」


 で合ってるよな、とオレ達をここに導いた騎士――サザナ島で出会った男――に話を振ると、

 そのとおりとばかりに頷いてくれた。


「なにそれ、でっか」


「街の中に畑があるのかにゃ?」


 わっかんねーだろうな。

 オレも初めて聞かされた時、全然わかんなかったもん。


「まあ、三つ目の門を越えたら、お前らが期待してる帝都の街並みになるはずだから」


 それまで大人しく待ってな。


「は~い」


「わかったにゃ」


――めっちゃビックリするだろうな。


 口には出さず、思い返すのはここまでの道程。

 

 サザナ島で今は隣に座る帝国騎士に捕まって、

 説得されて帰国を決めて、

 船の上では案の定クロが船酔いでゲロるは、

 テニアの露出高すぎる衣装に船員が挙動不審になるわのてんてこ舞い。


 クロは港に降りたらいつものキャッ闘流ドリルを決めて復活し、

 テニアは水着の上に丈の短すぎる上着と、革製のパンツを買い足して、

 周囲の奇異の視線をものともせず用意されていた馬車に乗り込み現在に至る。


「まあ、帝国が滅びるって言われて戸惑うのはわからなくもないけど」


 どういうことなのか教えてもらえないのは困るよねぇ。

 テニアが意味ありげな視線を騎士に送るも、


「申し訳ございません。我々も詳細を知らされているわけではないのです」


 ここに来るまでに何度も繰り返された遣り取り。

 テニアも答えが返ってくるとは期待していない。


「オレを呼ぶように命令したのはルドルフ将軍なんだよな?」


「は、それはそのとおりです」


 答えられることには即座に反応する騎士。真面目だな。


「前から聞こうと思ってたんにゃが、ルドルフ将軍って誰かにゃ?」


「あ、それアタシも聞きたかった!」


 帝国に詳しくない二人が疑問の声を発すると、騎士は大きく目を見開いた。


「え、アタシら変なこと言った?」


「まあ、ルドルフの爺様は有名人だからな」


 騎士の反応は帝国民なら一般的。

 帝国に関わりなければクロたちの方が普通だろう。



 ルドルフ将軍。家名は無し。

 平民階級出身で、一兵卒からの叩き上げで将軍職にまでのし上がった帝国の重鎮の一人。

 確か年齢は六十に近かったはずで、その戦歴は生涯を帝国に捧げたと言っても過言ではなく、

 休戦以前は聖王国との戦いで、休戦後は帝国内で盗賊や魔物の討伐で成果を積み上げてきた立志伝中の人物。


 軍部では、下は一兵卒から上は元帥に至るまで絶大な支持を集めており、

 ルドルフ将軍を快く思わない貴族はいないではないが、それでもかの将軍の功績を否定することは能わず。

 おそらく帝国一の将軍で、そして帝国で最も人望のある将軍でもある。


 本人は妻帯もせず家族もおらず、与えられた屋敷に戻るのは稀で、

 ほとんど軍部の施設に詰めっぱなし。

 心配した当時の上司が嫁取りを勧めてみれば、


『わしはずっと帝国に片思いしておりますれば』


 などと笑って返したというもっぱらの噂。



「へー、何か絵にかいたような人だね」


「カッコいいにゃ!」


 平坦なテニアと、興奮するクロ。

 将軍の遍歴を聞いてものの見事に反応が正反対というのが面白い。


「で、その将軍様がステラに何の用なわけ?」


「さぁ?」


 それに関しては、こちらも首をかしげるしかない。


「そもそも、ステラとその将軍とどういう関係なの?」


「どういう関係って……ああ、そういえば」


 頭をひねって記憶をたどってみれば、思い当たることがないでもない。


「そういえば?」


「ガキの頃に飴玉貰った記憶があるな」


「え……何それ」


 お爺ちゃんと孫か、アンタらは。

 テニアはそう笑っているが、実のところそれほど的を外してはいない。

 アルハザートの屋敷の中では、いわゆる家族的な心温まる話など殆どなく、

 顔を合わせた回数こそ少ないものの、ルドルフの爺さんとのつきあいの方がまだマシという有様だった。

 ……帝国の貴族としては、ごく普通の家庭環境だったらしいけど。


「ま、命令出してるのが爺様じゃなけりゃ帰ってこなかったのは確かだ」


『帝国存亡の危機』なんて言葉を信憑性を持って受け取る羽目になったのは、

 それがルドルフ将軍の名で発せられたという事実に由来していると言っても過言ではない。


「へー、ステラがそういう風に言うのは珍しいね」


「にゃ~、そのお人ともぜひお会いしたいニャ」


「会えるんじゃね?」


 つか、絶対顔を合わせることになる。

 でなきゃ、わざわざ南海諸島まで配下を派遣してオレを呼んだりしないだろう。


「あ、馬車とまった」


「次は軍事施設だぞ」


「……今日中に街に着くよね」


「それは……着くよな?」


 話を振ると頷く騎士。


「だそうだ」


「んじゃ、着いたら起こして」


 アタシは寝る。

 そう言うなり目を閉じて身体を壁に預けるテニア。

 栗色のポニーテールが身体の曲線に合わせて流れ落ちる。


「はぁ、遠足じゃねーんだぞ」


「なんか言ったかニャ?」


「うんにゃ、何にも」


 再び馬車が動き出す。

 クロに応えて窓の外の施設に目をやると、

 整然と、しかしどこか違和感のある光景。


『何やら慌ただしいようだが』


――やっぱそう見えるか。


 オレの魂の中で眠る翠竜エオルディアが訝しむ。


――帝国の危機、フカシじゃねーのか……


 馬車に揺られて眠気が押し寄せてくる中、翠竜の声に新たなトラブルの予感を覚える。



 ☆



「ニャニャ―――!」


「うわ、うっわ―――――!」


 第三の門を越えて都市部に入るや否や一変した周囲の光景に驚きの声を上げる二人。

 うたた寝していたところを思いっきり揺すられて起こされる。


「ねぇ、ちょっとすご、なんか凄いんですけど―――!」


「きょ、今日は祭りかにゃ?」


 石造りの街を行きかう人の群れは、これまで旅してきたどの街とも比較にならない。

 こちらが軍の馬車だから距離を置かれてはいるものの、

 その喧騒にいささかの陰りはなく、

 夕暮れ時という時間も合わさって、活気に満ち溢れている。


「へー、帝都の街ってこうなってたのか」


 欠伸を噛み殺して答えてみれば、


「ちょっとステラ?」


 ジト目で睨まれた。


「いや、だって、ほら」


 オレって十歳で家出するまでは筋金入りの箱入り娘だったし、

 貴族街はともかく市民街になんて足を運ぶ機会なかったし。


「はー、そういうもんなの」


「そういうもんなの」


 感心したのか呆れたのか、それ以上の追及はなくクロとともに興奮気味に窓にかぶりつくテニア。

 こういうところは年相応だな、と思わなくもない。


「あ、そういえばこの馬車ってさ、どこに向かってんの?」


 軍の施設は通り過ぎてしまったわけだが。


「は、アルハザード公爵のお屋敷に向かっております」


 え、実家?

 まだウトウトしていた眠気が、その一言でいっぺんに吹き飛んだ。


「きゃ、却下! オレはここで降りる」


「ちょ、ちょっとステラ!?」


「ご主人、落ち着くにゃ!」


「バカヤロー、実家になんて帰ってたまるか!」


「落ち着いてください。走行中の馬車から飛び降りては怪我では済みませぬ」


「やっかましー、そんなこと言ってる場合か!」


「ま、まあいいじゃん、ステラ。久々の親子のご対面ってことで」


「そうにゃ、そうにゃ」


 余計なところで気を使ってくる二人。

 そういうのは本当に要らねーんだよ!


「うるせー、黙れー!」


 オレの右手が輝きを纏い、

 心の叫びに応じて一冊の本が現れる。


『万象の書』

 黒地に金と銀の装丁で飾り付けられた豪奢な書物。

 それは召喚術士の力の顕れ。


 オレは家には帰らねぇ。

 というわけで、行くぞ召喚――


「うわ、召喚は無し無し」


 取り押さえて、早く!

 テニアの声が狭い馬車内に爆発する。


「もう目茶苦茶にゃ」


『……契約者は家に帰りたくはないのか』


 魂の中からエオルディアの声。

 故郷を求める翠竜の声色には、

 僅かな戸惑いの感情が含まれていた。

第3話以降は隔日更新の予定です。

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