第40話 第2章エピローグ
「はぁ~、なんとなくそんな気はしてたけどよぉ」
目の前の光景に頭を抱えたくなる。
先ほどの湿っぽい別れは何だったのかと。
「ちょっと、そんな顔しないでさ」
たった今、オレの正面に立って笑っているのは、
いつもの露出過多な衣装を身にまとった栗色のポニーテール女、テニア。
王城を離れサザナ島の港で船を待っているときに、
これまでさんざん捜して見つからなかったコイツが、
ひょっこりひょっこり姿を現したのだった。
「アタシが本気で隠れたら、そうそう簡単には見つからないってね」
などと満面の笑顔を浮かべやがったこの女。
勢いでぶん殴らなかったオレを褒めてほしい。
殴ろうとしても当たらないという話はなしで。
「いろいろ面倒掛けてごめんね」
「……別にいいけどよ」
テニアの長い指が擦るその腹には傷一つなく瑞々しい張りを湛えていて。
王城から姿を消した後も養生に勤しんでいたようで、
外から見る限りでは健康そのものの姿。
むしろ激務が押し寄せてきたファナの方がやつれていたような気もする。
「お世話になりましたニャ」
思い返せば南海諸島に着いたその日から、
コイツとは何かと縁があったことは確かだ。
オレを誘拐する姿をエオルディアが目撃していなければ、
クロのように素直に感謝できたかもしれない。
「はいコレ」
どこから取り出したのか、厳重に大葉にくるまれた包みをクロに渡すテニア。
――あれは……もしや……
栗色のポニーテールの少女がクロに渡した包みは、
蒼色のポニーテールの少女がクロに渡そうとした、
そして今はオレが預かっている包みとよく似ている。
「……何にゃ?」
「賄賂っすよ、クロ先輩!」
小声で、だが聞き捨てならないセリフを吐きやがった。
――賄賂? 先輩?
嫌な予感がする。背筋が寒くなる類の。
「ほうほう……これはもしや」
止める間もなく包みを開くクロの目が大きく見開かれる。
「おお……おお……吾輩を蕩けさせるこの香り!」
「いつも先輩が買ってたやつより上物ですぜ」
ニヒヒと笑うテニアに気付かないほどに包みの中身に夢中のクロ。
話を聞く限りでは、やはり高級乾物の類か。
――ホントに似た者同士か。
まるで……
愚にもつかない考えが脳内で形を得る。
しかし、それを今ここで口にすることはなく、
「でも、何で賄賂?」
「アタシも連れてってもらおうと思って」
ケロッとした顔で悪びれもせずにそんなことを言う。
だろうな。この流れならそう言うと思った!
「何でお前を連れてかにゃならんのだ?」
これから大変になるであろうファナの傍にいてやるべきではないのか。
お前乳兄弟だろう。
そう正面から情理を説いてみたものの、
「……なんだかんだ言っても父殺しだしね」
互いに意見は異なれど、別に憎しみあっていたわけではないファナ親子。
その父親を弑したテニアを傍に置き続けることで、
ファナの精神に負荷がかかるほうがつらい。
テニアは風にポニーテールを遊ばせながら真顔でそう続ける。
「別にオレ達に付いて来ることはなくね?」
「そこはそれ、縁って奴?」
理屈で決めたわけではないらしい。
まあ、旅立ちなんて得てしてそういうものかもしれない。
オレとクロだって、別に深い理由があって組んでいるわけでもないし。
「それに……ステラにも賄賂があるんだけど」
「ほう、続けろ」
コイツがオレに一体何を寄越すのか、興味がないと言えばウソになる。
「ステラへの賄賂は……ア、タ、シ!」
身体をしならせ、媚びた表情を作る。
耳に滑り込む、湿り気を帯びた声。
だが――
「チェンジで」
即答。
「ちょっと、酷くない!?」
☆
船はいまだ来ず、クロは乾物の世界に飛ばされてしまい、
やむなくテニアと話し続けることになる。
初めて南海諸島に来た日から今日までの思い出、
この島から出て次に何処へ行くか、
お互いに外で何をするか、
語ることは山ほどあるけれど、
その間に先ほど脳裏に描かれた、
ファナとテニアに関するとある疑問について――
「そう言えば、ファナの件だけどさ」
「ん?」
「実の姉としてなんか言っとくことはないのか?」
今生の別れになるかもしれないんだぜ。
できるだけさりげなく。
返答は沈黙。そして――
「……何でバレたかな」
盛大な溜息。
「カマかけただけ……と言いたいところだが」
これまで疑問に感じていたこと。
いくら乳兄弟と言っても、ファナとテニアは距離が近すぎる。
一応テニアは臣下の礼は取っていたものの、
コイツはもともと真面目にやっているのか、
あるいは茶化しているのか紛らわしすぎるところがある。
エオルディアが見ていたオレの誘拐現場から推察するに、
前海王側ともつながりがあるようで、
しかしあの誘拐劇以外は、徹底してファナの味方。
海王家に関する知識やしきたりにも必要以上に詳しく、
そして前海王が亡くなるなり早々に島を去ろうとする様子。
噛み合うようで噛み合わないテニアの立場を考えるうちに、
ふと浮かんだ妄想に近い推理。
「お前とファナが乳兄弟なら必ず話題に出るはずの人間について、お前の口から話を聞いたことがない」
それは乳母。即ちテニアの母親。
「お前はいろいろ教えてくれたけれど、自分の母親のことだけは一言も口にしなかったな」
つい先ほど王城でファナの口からは彼女について聞かされた。
心のおおらかな、尊敬できる女性であったと。
まだ若くして多忙の末に病死し、
残されたテニアとは姉妹同然に暮らしてきたと。
……病死ってのは怪しいが、そこに突っ込むのはよそう。
「話題を意識的に避けてたのなら、自分からは話したくないってことで」
周囲の人間に聞こえないよう気を付けながら、
沈黙するテニアに続ける。
「無意識で避けてたのなら、つまり触れられたくないってことだろ」
お姫様の乳母なんて、普通に考えたら自慢の母親のはずなのに、
当の娘が口をつぐむ理由は?
そう考えたら、もしかしたらって思った。
ファナとテニアは乳兄弟より深く、
かつ人に知られてはならない関係、すなわち腹違いの姉妹ではないか、と。
余計なことを知るものがいれば、テニアを担ぎ出してファナの治世を揺るがすことになる。
ゆえに、新王への挨拶も早々にさっさとオレにくっ付いて島を出ようとしている。
それに、海神廟で見せたテニアの海王への妄執じみた殺意。
母親があのオッサンに抹殺されたとでも思いこんでいそう(真偽はともかく)。
すべてを綺麗につなげるための理屈を求めれば、そういうことになるのかと。
「しゃべらなかったとこから気付くかぁ」
自信なくなるなぁ。
自嘲気味につぶやくテニア。
「誰にも言わないでね」
「言わねーよ」
立つ鳥跡を濁さずという。
これから島を去る身としては、余計な揉め事を残したくはない。
「なら安心」
☆
「そこにおわすはステラ=アルハザート様に相違ございませぬか!」
突如会話に割って入る仰々しい叫び。
声のした方を向けば、見覚えのある装備一式に身を固めた男たち。
「ゲッ、帝国騎士!」
逃げる間もなく周りの連中の視線がこっちに集中し、速攻で居場所がバレた。
クラーケンの一戦からこっち、南海諸島でもかなり顔と名前が売れてしまっている。
隠すことはあきらめたが、こんなに早く帝国が嗅ぎつけてくるとは思わなかった。
今さら何を言ってもごまかしようがない。
クロはいきなり戦闘態勢、テニアはまず様子見と言ったところか。
「あ~、そうだけど……何か用?」
この状況で否定しても始まらないとはいえ、
久方ぶりに追いつかれた面倒事に頭がクラクラしてきた。
「おお、随分お探し申し上げましたぞ!」
帝国騎士感涙。
むさい野郎の涙とか正直どうでもいい。
「どうか、即刻お戻りください。帝国存亡の危機なれば!」
「帝国存亡の危機?」
耳慣れない言葉が急に飛び出してきた。
大陸最大級の勢力である帝国が、滅びるかもしれないって!?
いきなりそんなこと言われても、あまりにも現実味がなさすぎる。
オレを連れ戻すための作り話にしか聞こえないんだが。
「嘘ではございません。どうか『竜遣い』と謳われたそのお力を、我らにお貸しください」
囲んでいた連中もいつの間にかひざまずいて懇願してくる。
空を仰げば雲一つない晴天がどこまでも続き。
海鳥たちが平和そうにふわふわ浮いて。
海に視線を投じれば、紺碧に輝く水面がキラキラ輝いて。
こんなに美しい光景に見送られて新たな旅路に踏み出すはずだったのに。
目の前に置かれた問題のあまりの重さに目が眩む。
とりあえず――
「そういうことは、もっと小声で頼む」
これにてワケあり第2章『南海の召喚術士』完結となります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今後については、改めて活動報告を挙げるつもりですが、
ワケあり第3章『帝国の召喚術士』は4月中の更新再会を予定しています。
引き続き、ステラと一行の旅路を応援いただければ幸いです。
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