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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第39話 さらば南海諸島

 あの海神廟での決戦から二十日ほどが過ぎた。

 王城のバルコニーに繋がった大広間、その控室。

 久方ぶりにいつもの服に袖を通した桃色髪のオレと、

 美しく着飾った蒼色髪のファナの二人きり。


 もうすぐ新王即位の式典が始まろうとしている今この時に、

 本来控えているはずの侍女たちは、ファナの計らいで席を外している。

 ファナの傍に置かれた歪な形状の槍こと『海神の標』が鈍い輝きを放っている。


「テニアの奴、見つかんねーな」


「……そうね」


 海王を討ったのち、ともに水中に落下したテニアだったが、

 ギルマンから預かっていたアプワの実と、

 早めの治癒魔術のおかげで一命をとりとめた。

 生死の境をさまよっていたテニアに抱き着いて離れず、

 年相応に泣きじゃくるファナの珍しい姿を見ることができたが、

 あまり本人の前で口にしない方がいいだろう。


 一行がサザナ島に帰還してから、

 しばらく意識が戻らず王城の一室で安静にしていたのだけれど、

 監視の目が緩んだほんのわずかな隙をついて、

 栗色のポニーテール女は行方をくらましてしまった。


『騙しててごめん。ありがとう』


 ファナにもクロにも何も言わず。

 ただオレにあてた手紙を残して。

 南海諸島全体で捜索が行われたが、

 結局見つからずにこの日を迎えてしまった。


「王様か……大丈夫か?」


「何を今さら」


「その、辛くねーのかなって」


 綺麗に整えられた顔から放たれる訝しげな視線が痛い。


「……それが、あなたが家を出た本当の理由かしら」


「まあ、それもある」


 オレが家を出た原因は色々あるが、

 将来己に課せられることになったであろう責任の重さこそが一番の理由。

 これから王になろうというファナは、

 かつてのオレが幻視したものと同じ重責を担うことになるのだ。


「そうね……私はまだ若年で、父の派閥だった老人も数多く残っている」


 問題は山積みで、でも時間は待ってくれない。

 それでも自分はこの国の未来を夢に見て、現実に変える力と地位を手に入れた。


「だから後は全力で突き進むだけ」


 怖いとか、辛いとかそういうことを感じている余裕はないでしょうね。


「……後悔しないのか」


「しないわ。私が踏みにじってきたすべての命にかけて誓う」


 その中には、父親である海王も含まれているのだろう。

 止めを刺したのは、ここにいないテニアだが、

 ファナは全ての責任は自身にあると考えているようだ。

 自分以外の誰かに誓うというのが、いかにもこの女らしい。


「そういえば、あなたに渡すものがあったわ」


「ほう、なんだよ?」


 褒美でも頂けるのかね。今更だが。

 ニヤリと笑いかけてみるが、ファナは左手の『海神の書』から『証』を一枚抜き出し、


「出でよ『グリーンフロッグ』」


 光の中から現れたのは、この島に初めて来た日にこの女が召喚したカエル。


「この子を、あなたの『万象の書』に加えてあげて」


「……ハァ?」


「私なんかに使われるより、あなたの『書』に加えてもらった方がこの子も幸せよ」


 コイツは一体何を言っているのだ。

 床にぺたりと座り込んだカエルは、

 何か思うところがあったかファナの足をぺちぺちと叩いている。


「見ろ。こいつもお前の方がいいって言ってるぞ」


「でも、私は……」


 戸惑いと躊躇いをミックスした表情を浮かべるファナ。

 おそらくオレも知らないこれまでのアレコレを思い出しているのだろう。 


「丁度いい。一度ちゃんと言っとこうと思ってたんだ」


「え、何をいきなり改まって」


 戸惑うファナの胸に指さして、


「お前さ、自分が召喚術苦手だから嫌いってのはしょうがないけど、その嫌悪感を次代に引き継ぐなよ」


「な……」


 思えば、『海神の書』とやらを引きついているはずなのに、

 オレが見た限りでは、ファナが召喚した魔物は初日のコイツのみ。

 戦闘に関しても、槍術中心で魔術の類を扱っていた記憶がない。


 要するにコイツは魔力が低い。


 だからせっかく継承した『海神の書』とやらに封印された魔物もロクに召喚できない。

 ファナにとって『海神の書』は己の立場を護る証であり、

 同時に自分のコンプレックスの象徴でもあるのだろう。

『万象の書』は、大抵の場合はクライトスのように将来有望な、

 あるいは魔力の大きな子供に継承させるのが筋だが、

 適正な後継者がいなければ、ファナのようになってしまうこともある。


 扱うことのできない強大な力が手の内にあるというのは、

 本人にとってもあまり喜ばしいことではないが、

 だからと言って『万象の書』の継承を放り投げるわけにもいかない。

 たった一度の癇癪で投げ捨ててしまうには、

 『万象の書』が紡ぐ歴史は長すぎて、そして重すぎるのだから。


「そ、そうね……この考え方、治そうとは思ってるんだけど」


「そっちも頑張れ」


 中にどのような魔物の『証』があるかはわからないが、

 オレが契約したクラーケンのように、

 人間よりもはるかに寿命が長い奴がいてもおかしくはない。

 将来そのような魔物を召喚できる後継者が現れたとして、

 その志がひん曲がっていては大問題だ。

 苦悶しつつ『前向きに検討する』などと、

 玉虫色の返答を口にしたファナには一抹の不安を感じるけれど。


「んじゃ、そろそろ行くわ」


 式典に顔出せなくて悪いな。

 そろそろ別れの時間が迫っている。

 こうして話をしている今も、外には新国王を祝福すべく民が集まっているのだ。


「あなたも、頑張りなさい」


 ここ最近の南海諸島のあれこれで、

 オレの正体と現在位置が大々的にバレてしまった。

 それほどの時を置かず、聖王国や帝国の追っ手がこの島にやってくるだろう。

 面倒事を起こす前に早いところ立ち去った方がいい。


「あ、ちょっと待って。その……これをお願いするわ」


 また何かを思い出したらしいファナが、

 大きな葉っぱにくるまれて紐で固く結ばれた包みを渡してくる。

 見覚えのあるこれは――


「なんだこりゃ……って魚の乾物?」


「クロ様にお渡ししておいて」


 頬に朱を差して、そんなことを言う蒼色の少女。

 その顔が男に向けられていないという現実が、

 南海諸島にとってとても残念に思う。


「お前ってさ、何かクロのこと好きだよな」


 この島にやってきた日も、やたらとクロを撫でまわしていたし。


「……猫が好きなのよ」


 でも、王城では飼えないし。

 拗ねたように口をとがらせる。


「そうなのか?」


「一度拾ったのだけれど、書類や調度品を滅茶苦茶にされて怒られたわ」


 乳母、即ちテニアの母親に。

 過去を懐かしみ、柔らかく微笑む。


「体験済かよ」


 王女の私を真剣に叱ってくれる、いい人だったのよ。

 早くに母を失ったファナにとって、

 テニアの母親は実の母を上回る存在だったようだ。


「クロ様にお会いしたら、お仲間でここに住みたい方がいらっしゃらないか聞いておいてくださらない?」


「てめーも大概諦めねーな。まあいいけど」


 南海諸島の魚を独り占めしたがっていたクロが応じるかどうかはともかく、

 聞くだけなら大した苦労でもない。ただし説得はしない。


「それじゃ、今度こそ本当にお別れね」


 大広間から呼び出しの侍女の声がかかる。


「短かったような、長かったような」


 思い起こせばいろいろあった。

 楽しかったことも辛かったことも、

 終わってしまえばすべてが思い出になる。


「あなたとは最後まで気が合わなかったけど」


「気が合わんでも、手を取り合うことはできたな」


「そうね、ちょっと意外」


 これからは自分の意にそぐわない相手とも、

 表向きは仲良く付き合っていかなければならないから、

 あなたとの遣り取りは参考にさせてもらうわ。

 冗談半分、本気半分の口調で女王は笑う。


「じゃあな」


 互いに僅かに上げた手を軽く打ち合わせ、離す。

 足元では緑のカエルがこちらに手を振ってくれている。

 別れは――笑顔だ。


 新たな南海の女王に背を向けて、控室のドアを開き、

 誰もいない暗い廊下に身を滑らせる。

 広間から続くバルコニーから鳴り響く万雷の喝采が、

 石造りの壁越しに耳朶を打った。


――負けるな、ファナ!


次回『第2章エピローグ』となります。

ワケあり第2章、完結まであと1話!

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