第38話 海神 その4
『海神』のマークを外した三人がかりで海王に迫ったものの、
勝機を逃しテニアを失い、辛くも後退したクロとファナに、
遺跡を大きく揺らしながら『海神』の追撃が続く。
――あのデカブツ、オレを無視しやがった!
「くっ……これは、ちょっと……」
「テニア……どうして」
「今は自分のことを考えるにゃ!」
ショックのあまり足元をふらつかせているファナを叱咤し、
全滅を避けるためにあえて踏みとどまるクロ。
『海神』を直接倒す手段がない以上、海王との距離は、
そのまま勝利までの距離であることを言われずとも理解している。
しかし、このままでは海王と『海神』に挟まれて終わってしまう。
――こっちを無視するなら、やってやんよ!
「これでも喰らえ!」
遠距離から放った『雷撃』は、
二人に向かう『海神』の不意を突き祭壇に一直線。
しかし――
「愚か者め!」
海王の槍一閃で紫電の光が散らされる。
『雷撃』を発射された後で撃ち落とすとか!
――く、コイツ半端じゃない。
たとえ古王朝の遺産がなくとも、『海神』の援護がなくとも、
ただ単純に武人として、強い。
もともと海王城でも三対一の戦いを繰り広げていただけあって、
戦闘力だけ見れば、今ここにいる人間の中でも突出している。
……彼我の戦力差を見誤ったかッ!?
「くくく……ハハハ!」
海王が吠える。
「身の程をわきまえぬ雑魚どもめ、ここで成敗してくれるわ」
やれッ!
『海神』に命を飛ばし、自身は槍を構えたまま。
傲慢な口調とは裏腹に、全く隙を見せてこない。
一度二人を追い散らしてからは祭壇に戻り、
巨大な『海神』に戦闘を任せている。
人任せはムカツクが、この状況における最善手ではあるだろう。
自分が負けたら終わりだということを、よく理解してやがる。
――何か使える技はねーのか!?
魔術は?
一番火力の出る『紫電槌』はダメ。
『雷撃』の速度も通用しない。
ほかの魔術も似たり寄ったりで攻撃力に欠ける。
召喚術は?
クラーケンはすでに送還済みで灰色待機。
ビッグベアは『海神』に吹き飛ばされて撤退。
ヘルハウンドは水気のある領域では戦えない。
グリフォンで空中から仕掛けるには、ここの天井は低すぎる。
――となると……
接近してのスライムか。
奴が手にしているのは古王朝の遺産ではなく普通の槍。
見た感じ魔術に精通しているようでもなく、
近寄ることさえできれば、一撃で勝負を決めることができるかもしれない。
そう、近寄ることさえできれば。
――そこが問題だよ……
今もなお中央の広間近くでクロとファナを相手どって、
八面六臂の奮戦を続ける『海神』を掻い潜るだけでも、
身体能力で大きく劣るオレにとっては大問題。
仮に成功したとしても、待ち受けるのは槍の名手である海王。
正直なところ、スライムをぶちまける間合いに入るより早く、
奴の槍で心臓に穴を空けられる未来しか見えない。
槍ズルい。間合いが広い!
考えている間にも『海神』が間合いを詰めていく。
――考えてる時間がねぇ。必要なのは閃きだ!
この状況を打破して、海王に迫る手段、
それは――
「クロ様!」
海王の隙を窺っていたクロが反転、
突然こちらに向けて駆けだしてくる。
「ご主人!」
「おお!」
クロと視線だけで瞬時に作戦を共有。
ここまで共に戦い続けてきたおかげで、
オレ達二人、もはや意思の疎通に言葉はいらない。
海王城での話を聞き、そして先ほどからの戦いを見るに、
海王は戦闘中に思考が短絡化し、視野が狭くなる癖があるように思える。
配下を壁にしようとして背かれるなどというポカをやらかすのはその証拠。
だからこそ海王に接近すべきは、
オレを無視した『海神』に追い回されていたクロ。
おそらく『海神』はクロを狙う様に命令されている。これは間違いない。
小柄な黒猫拳士を挟んで海王と『海神』の距離が近づきすぎれば、
あのオッサンはまた何かしらやらかしてくれると期待できる。
こちらに向かってくるクロに『風衣』をかけつつ海王との距離を目で測る。
『海神』はクロを追うように、体勢を変えてこちらに向かおうとしている。
「いっくにゃー!」
――ここだッ!
飛び込んでくるクロをそのままの勢いで海王に向けて蹴り飛ばし、
杖を構えて『障壁』の魔術を展開し『海神』に備える。
『海神』は無理な体勢でクロに手を伸ばすもののわずかに届かず、
さらに大きく崩れた隙を縫って、ファナも再び海王のもとに向かう。
――よし、行った!
『いい蹴りだ、契約者!』
クロのダイナミックな移動で『海神』を惑わし、海王に迫る。
撤退という選択肢がない以上、これでもう一度勝負!
「食らうニャ!」
飛び込んだクロの蹴りを槍で突き返す海王。
「キャッ闘流『獅子連弾』!」
その柄を尻尾で掴んで回避、宙に浮いたまま繰り出された無数の拳は、
身を引いた海王に躱される。
「貴様、やるのう」
「そっちこそ、やるニャ!」
至近距離に張り付いたままのクロを、
槍で器用に捌く巨体に接近したファナは――
「海王、覚悟!」
「ムン!」
海王がクロを巻き込みながら槍を大きく回転させると、
小さな黒猫の身体が槍を構えて突進してきたファナに向かって吹っ飛ばされて、正面衝突。
「こんなことで!」
「修行が足らぬわ、小童!」
二人の戦闘を見届ける暇はなく、
こちらには残された『海神』の拳が迫る。
海王に張り付きさえすれば『海神』の攻撃はないってことか。
巻き込まれるの嫌だもんな。
自分の不利になるような命令を即座に撤回しやがった。
畜生、思ったようにはならんもんだな!
「『障壁』、全力展開!」
基礎的な防御魔術の『障壁』に、残された魔力をありったけ注ぎ込み、
『海神』の拳を正面から受ける。
「んがっ!」
ゴウン、という音ともに衝撃で大きく吹き飛ばされて壁へ体当たり。
一撃耐えることはできたが、もはや魔力は空に近い。
しかし『海神』の動きは止まらず、二撃目の拳が大きく振りかぶられる。
「しまった!」
「よし『海神』よ、その魔女を始末しろ!」
もはや自分で建てた計画がどうなろうと知ったことかと言わんばかりの海王。
そのオッサンの命を受けた『海神』の拳が、
今にもオレの身体を捕えようとしたその瞬間、
「えっ……」
時が止まったかのように巨像が動きを停止する。
「あ……が……」
驚きのあまり動かぬ『海神』の巨体から目を離し祭壇に目をやれば、
先ほどまで勝利を確信していた海王の陰に、
見慣れた姿が重なっていて、栗色の髪の筋が見える。
「たとえアンタがどれだけ強かろうが」
海王の胸から、鋭い刃が生えていた。
青い光を受けて輝く短剣から、赤い血潮が流れ豪奢な衣服を赤く染めていく。
「な、貴様は先ほど確かに……」
水の底に沈めたはず、
海王が続けるはずの言葉は声にならず。
「たとえ何があろうとも、アタシは何度だって戻ってくる」
アンタを殺すのはアタシの役目だ。
海王を背後から刺し貫いたテニアの唇が小さく動く。
全身ずぶ濡れ、腹は血まみれ。
この身体で祭壇の奥を這い上がってきたというのか。
執念、あるいは妄執に近いその表情は何を意味するのだろう。
声には聞こえずとも、内なる想いの深さは半端なものではない。
――テニアの奴、何でそこまでして……
「テニア、どうして……」
尻もちをついたままファナも絶句している。
ここまで切羽詰まっておいてなお、
あの女は海王の命まで奪うつもりはなかったのかもしれない。
ファナからはテニアの顔は見えていないから、
その唇を読むことはできないだろうけど。
「あ……が……ワシは、こんなところで」
「死ぬんだよ」
力を失った海王の手から『海神の標』を奪い取ったテニアは、
しかし海王の大きな体に押しつぶされるように身体を傾けてゆく。
震える手で歪な槍を床に転がす様は、最期の力を使い果たしたかのようで。
力尽きたテニアは海王と二人絡まるように再び足場から水路へ転げ落ちる。
大きな物体が着水する音が轟々となる水流の音を越えて響き、
祭壇に駆けつけてみれば、奥の清浄な水が見る見る間に朱に染まってゆく。
「テニア……テニア―――――!!」
再度響き渡るファナの嘆き。
こうして、オレの誘拐から始まった南海諸島の動乱は、
それぞれの心と身体に傷を残したまま終結した。
しかし……これを勝利と呼んでいいのだろうか?
次回『さらば南海諸島』(単話)となります。
第2章完結まで残り2話!




