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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第37話 海神 その3


 さほど長くもない通路の先はかなり大きめの広間になっており、

 発光する壁のおかげで内部は十分に視界が取れるほどの明るさが保たれている。

 その広間の奥に造られた祭壇と思われる箇所に、あの日牢屋で見た男――海王が待ち構えていた。


 海王の背後はかなり高いところから水が滝のように流れ落ちている。

 この部屋自体が外の海とつながっているということだろうか。


 よくよく海王を見ると切り札のはずの『海神の標』がない。

 男の腕に握られているのは、豪奢に飾り付けられた特別製の槍。

『海神の標』はすでに装置に組み込まれ、

 遺跡そのものが起動状態にあるということだろう。

 

「ついにこの神域を犯すか。愚か者どもよ」


 祭壇に手をかけた海王の声は怒りに震えている。

 衣服は汚れ、(きら)びやかな装飾は台無しになっているが、

 筋肉の盛り上がった身体を見るに特に衰えた様子はない。


 こちらにとっての一日の休憩は必要だったが、

 相手にとっても復調の時間を与えてしまった様子。

 獣は手負いが最も危険というが――


「ケッ、こっちが愚か者だったら、てめーはただのロリコンだろ!」


 年端もいかない娘を攫って縛り上げて監禁とか、

 憲兵が耳にしたら軍団単位で突っ込んでくるぞ。

 しっかり街の連中に宣伝しといてやったから覚悟しやがれ!


「ステラ、ちょっと黙って」


「んだよ~」


「今から真面目な話するから、ね?」


 ね? じゃねーよ。

 わかってるよ、んなこたぁ。

 ちょっとした景気づけじゃねーかよ。


「お父様、もうおやめください」


「やめる? 何をだ」


 ここまで来ていまだに説得を試みるファナもどうかと思うが、

 追い詰められてなお懇願を全く意に介さない海王を見るに、

 どっちも頑固な似たもの父娘だと思わずにはいられない。

 

「ステラを使って大陸に混乱をまき散らして、それでお父様は満足なのですか?」


「我が国の未来を思えば、この機会を逃すわけにはいかんのだ」


 大陸の国家、特に帝国と聖王国は強大に過ぎる。

 このまま時を過ぎれば、いずれ南海諸島を己が版図(はんと)に組み込まんと兵を繰り出してくる。

 そのような惨事を避けるために、両国には互いに相食(あいは)んでもらわなければならぬ。

 今後十年、否、百年先を見据えた策略とはそういうものだ。


「勝手なことばっか言いやがって」


 この国さえ良ければ他はどうなってもいいってか。

 万が一両国で戦争が起これば、それこそ数十万あるいは百万単位の命が失われかねない。

 それは、交易国家として両国に関わる南海諸島の経済にも影を落とすはず。

 両国に裏で兵器でも融通していない限りは、必ずそうなる。

 

「その(はかりごと)が露見したら両国からどのように追及されるか、お父さまはお考えにならないのですか?」


「フン、貴様に言われずとも手は打ってある」


 バレなければ何も問題はないと、やけに自信満々に笑う海王。


――そういうもんか?


 南海諸島の人間を使わずに、両国とやり合うだけの協力者でもいるのだろうか。

 ファナやテニアを見る感じでは、南海諸島の人間のうち交易に参加していない者は、

 あまり外部との接触がないように感じられるのだが。

 さすがに国王ともなると、また違うものなのだろうか。


 どっちにせよ隠しごとは大抵バレる。

 隠せば隠したほどバレたときのダメージが大きいというのがオレの意見だが、ここではあえて言うまい。

 先日僅かに言葉を交わした程度だが、そのほんの少しの接触でわかる。

 この男とオレではまともな会話が成立しない、と。


「……もうよい」


「お父様!」


 不気味な笑いとともに話を打ち切る海王。


「我に逆らうものは今ここに揃っている。貴様らを一掃すれば、また元通りだ」


「一掃って……娘はどうするつもりなんだよ?」


「我が子と思って甘やかしてみれば調子に乗りよる。いざとなれば、また誰かに産ませればよい」


「またって!」


 それが親の言うことか!

 チラリとファナの様子を見てみれば、

 顔面は蒼白。血が出るほどに唇を噛んで、全身がかすかに震えている。

 さすがのファナも、ここまで言われるとは思っていなかったようだ。


「ついに化けの皮が剥がれたね、海王」


 短剣を構え戦闘態勢のテニア。

 足元のクロも、もはやこれ以上語ることなしと両手を構えている。

 熊は特に海王の意見など聞いてはいないが、つられて戦闘の予感に打ち震えている模様。


「死人に口なし。ここで何が起こったのか語るものはおらぬ」


「戦う前から随分言ってくれるじゃねーか」


 部下を盾にトンズラしたくせに。

 口先だけなら何とでも言えるもんだぜ。


「フン、海を支配する海王家の真の力を見せるには、王城は強度が足らぬからな」


 海王はその両手を大仰に広げ、祭壇の前で叫ぶ。


 さあ、目覚めよ『海神』

 我らが海の平穏を乱す敵はここに!


 交渉の決裂を意味する言葉を高らかに放つ海王。

 その声に呼応するように背後の滝が割れ、中から現れる巨大な人型の像。

 海王同様豊かな口ひげを蓄えた壮年の男が、薄布一枚纏ったいかにもなスタイル。


「え、あれ……動くの?」


 ここから見た感じでも、人間の五倍近いデカさなんだけど。

 嫌な予感に応えるようにズシン、ズシンと、

 これまでのゴーレムとは比べ物にならない大きな足音を立てて、広間を巨体で埋め尽くそうとする『海神』

 その頭部がどのようになっているのか、こちらの頭を上げても見ることは叶わない。


「えっと、守護者が来たらテニアが囮になるんだっけ?」


『海神』の頭を見上げながら作戦の確認。

 素早さ重視で回避する囮で大丈夫なのだろうか。


「……作戦変更していい?」


 案の定というべきテニアの申し出。


「……まあ、しゃあないわな」


 人間が相手にするとあっという間にぺしゃんこになりそうな未来しか見えんし。

 こちらの中で一番腕力と防御力に長ける熊をオレが援護する形で巨像の相手をしている間に、

 ほかの三人が隙間を縫って海王に立ち向かう。

 一度王城で勝利しているメンバーだし、

 あまり時間を掛けなければ、こちらの方が噛み合うだろう。


「さぁ行くぞ、天誅の時は来た」


 海王が立てかけられていた槍に手を伸ばす。


「ここで決めます。南海諸島の未来のために!」


 ショックから立ち直った蒼の王女が、槍を構えて檄を飛ばす。


「おう!」


 父と娘が相撃つ南海諸島の動乱、その最終章の幕が上がる。



 ☆



「ぐうおぉオオッ!」


『海神』の拳をビッグベアが両手を広げて受け止める。

 手持ちの魔物の中で最も力が強いだけあって、

 その拳が狙っていたオレに触れることなく押し(とど)めることに成功。


「『障壁』!」


 拳を受け止める際に粉砕された防御魔術を再度展開し、熊の守りを固める。

 速度において大きく劣るオレが囮になった以上、

 できることはひたすら防御を上積みして耐えるのみ。

 ……実際に耐えるのは熊だが。本当にすまない。

 後でファナから美味いもんをたっぷり巻き上げてやるから、それで許してくれ。


 受け止められた拳を引き抜いた『海神』は、

 一度距離を取り、身体を縮めて加速する姿勢を――


「ちょ、それは無し! 退避退避!」


 猛然とタックルをかけてくる巨体を寸前でかわせば、

『海神』は壁に激突して動きを止める。


「お、これはなかなか」


 うまい具合にダメージが入ってくれたのではないかと期待してみれば、

 特にどうということもなく体勢を立て直して、再びタックルの姿勢。


「都合のいいこと考えたオレがバカでした」


 避けろ避けろ!

 熊を急かしつつ、自分自身もダッシュ。

 遺跡全体を揺るがす大振動にきりきり舞いしつつ、

 一応の目的である時間稼ぎだけは何とかこなす。


 とはいえ、こんな無茶ぶりには当然のごとく限界が来るわけで。

 何回目かのタックルで徐々に追い詰められていたことに気付いたときにはもう遅く、

 壁を背負った状態から『海神』の拳が飛んでくる。


「ガアッ!」


 オレを庇って壁に吹っ飛ばされた熊の動きが大きく鈍る。

 近寄って身体の様子を見てみれば、

 所々出血し、その動きも召喚時とは比較にならないほどに鈍重で。


「よく頑張ってくれたな」


「ガウゥ……」


 やむなく魔力回復薬を口にして『治癒』の魔術で緊急性の高い傷を治して送還。

 命に別状はないはずだが、再召喚可能になってもしばらくは様子を見た方がいいかもしれない。


 そして守りを失ったオレは、たった一人で『海神』と対峙することになる。


「ははは……まぁ、避けるくらいなら何とか」


 ゴーレムに理解する能力があるかどうかはともかく、

 挑発の姿勢を取りながら、海王に向かった三人の様子をうかがう。


「早く何とかしろよ、クロ!」



 ☆



「小賢しい娘よ。貴様さえ逆らわなければ、この国はさらなる発展を手にできたものを!」


「咎無き者を陥れて手に入れた富など!」


「綺麗事では国は成り立たんのだ!」


「それでも!」


 海王の鋭い穂先を躱しながら、懸命に突き返すファナ。

 互いの柄が絡み、力と力の争いに。

 しかし、これはファナが不利だ。

 海王の力は半端なものではない。


「綺麗事を口にできない国に、未来はありません!」


「よく言った!」


 横から海王に接近したテニアが、左右の短剣を閃かせる。

 すんでのところで仰け反って回避する海王だが、

 手持ちの槍に力が入らず、ファナの槍が肩をかすめる。


「おのれ!」


「もらったニャ!」


 足元から飛び上がったクロが、そのまま海王の腹に一撃。


「キャッ闘流『飛燕拳』!」


「グッ、ぐぬぬぬぬわっ!」


 腹筋だけでクロの一撃を跳ね返した海王は、

 再び槍を強く握り大きく振り回す。

 慌てて距離を取る三人。


――あのオッサン強えぇ!


 クロたちだってそれぞれが一廉の使い手のはずなのに、

 三人がかりで戦って一歩も引けを取らないなんて、

 何なんだ、あの強さは!


「儂は、海王だ!」


 海の王たるこの儂が、貴様らなどに後れを取るわけにはいかぬ!

 距離を離した三人に向かって残像が見えるほどの連続高速突きを放つ。


 身体を沈めつつ回避するクロ。

 しかし一瞬判断が遅れたファナが避けきれず――


「ま、こういう役回りだよね」


 つい先ほどまで蒼髪ポニーテールがいた空間には、

 彼女を突き飛ばした栗色のポニーテールがいた。

 槍に貫かれた腹を赤く染めて。


「テニア、テニアッ!」


「フン」


 海王がテニアから槍を引き抜き、祭壇の奥の滝に蹴り落とす。

 続いて遠くから大きな水音が響く。


「テニア―――――ッ!!」


 ファナの悲痛な叫びが、海神の祭壇に木霊した。

第2章完結まであと3話!

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