第32話 反撃、サザナ島攻略作戦! その2
「いや~、こりゃステラ様々だね」
物陰に隠れて海王城周辺の様子を調べながらテニアが呟く。
その身を覆うのは普段の露出衣装ではなく、
かつてステラ救出に向かった際の隠密装束。
クラーケン急襲の報を携えた兵士が門を潜って暫し、
城内を慌ただしく動き回る人影や灯りが増え、
雨天の夜だというのに、ガチャガチャと金属音が喧しい。
目を凝らして人の動きを観察すれば、その大半が港へ急行している。
クラーケンと実際に刃を交えた者ならば、
多少頭数を揃えたところでどうにかなる相手とは思わないだろうが、
先祖から話を伝え聞いた程度の情報しかなければ、
やはり数に任せた力押しを考えるのが妥当といったところか。
「と言っても、今回はご主人を護りながらの戦いニャから」
大ダコもニブル島沖で戦った時のように自由に動き回るというわけにもいかない。
粗雑な戦い方でも、いずれ押し切られるのではないかという不安はある。
「……その前にお父さま、いえ海王を押さえましょう」
「了解」
「にゃ」
決意を込めたファナの言葉に続き、人の少なくなった海王城に足を踏み入れる。
勝手知ったるテニアが最初に近づいて、周囲の安全を確認してから二人を手招き。
わずかに残っている兵士たちは、クロとテニアが素早く一撃入れて昏倒。
二人の見事な連携のおかげで、薄明かりの廊下を進む速度はかなり早い。
影から現れ糸を引くようなロングのポニーテールが二つ、その足元に猫型が一つ。
都合三つの影がどんどん城内を駆けあがっていく。
「ここだね」
「ええ」
玉座の間を前に南海生まれの二人が頷く。
「海王は本当にここにいるのかニャ?」
いくら人が少なくなっているとはいえ、
今頃は相手も侵入者の存在に気付きているはず。
海王本人が一番目立つ場所に待ち構えているのは、
不用心に過ぎるのではないかと黒いケットシ―が疑問を呈する。
「いるよ。気配ある」
扉に耳をつけて中の様子を窺っていたテニアが断言する。
「海王のほかにも結構いるね」
十人くらい。近衛かな。
外に漏れぬよう小声で二人に聞かせる。
「さすがに全員が海に向かったわけではないようね」
「この部屋は、入り口と緊急用の脱出路以外には出入りできないようになってるし」
脱出路の方はアタシらは使えないから、ここで奴らが待機してれば正面衝突しかない。
こちらが少数であることがわかっているなら、玉座で迎え撃つのが一番確実。
万が一後れを取っても、脱出路を用いればいい。
守ってよし、逃げてもよし。
海王から見れば最も安全な部屋というワケだ。
「にゃるほど」
納得したように頷くクロ。
「しからば、ここからはこちらが力押しするしかないのニャ?」
「……まぁ、そうなるね」
「あまり長引かせるとご主人の負担が大きくなるし」
さっさと仕掛けるにゃ。
左右の手を組んで伸ばし、颯爽とステップを踏む黒猫。
完全にやる気満々である。
「ネコ君はもう少しマトモかと思ってたけど」
ステラと変わんないなぁ。
褒められてるのかけなされているのかわからない感想。
「ご主人の相棒は、そんじょそこらのケットシーには務まらんのニャ!」
「あ~はいはい」
クロフォードからの抗議を適当に流し、
再び耳を扉に付け中の様子を探るも、
先ほどと状況に変化は見られない。
――あっちもやる気だね、こりゃ。
蒼色の王女はまだ父親との対話の可能性を信じているようだが、
これはどうにも難しそうだ。
しかし、その感想は口に出さないままに。
んじゃ、行くよ。
中からの攻撃に注意して。
最後に一言入れてテニアが扉を押し開くと、
豪奢な飾りが施された扉はゆっくりと開き、
煌々と闇を照らす光のもと、
きらびやかな鎧を身にまとった男たちと、
その奥に歪な形状の槍を構える壮年の大男が姿を現した。
「鼠どもがこそこそと……ほう」
大仰しく言葉を放った大男がこちらのファナを見据えて目を細める。
「愚かな娘が愚か者どもに唆されて、ついに父の首を取る気になったか」
歪められた口は歪んだ言葉を吐き出して、娘の心に刃を突き立てる。
ファナはその切っ先に震えながらも、
「お父様、いえ海王様」
「なんだ。異論があるのならば申してみよ」
堂々たる父王に負けることなく、キッと顔を上げて言葉を続ける。
「こたびの騒乱は……元を辿ればすべてはあなたの野心が産んだもの」
ですから、どうかお静まりください。
さすれば、まだ間に合います。
あくまで娘は乞い願う。
「愚か。ついこの間ようやく政の真似事を始めたばかりのお前に何がわかる」
しかし父たる王はこれを一蹴。
「それは……」
いまだ若輩者ゆえの経験不足か、ファナが返答に詰まる。
「どういう話にゃ?」
「えっとね。南海諸島ってのは結局大陸の情勢に振り回されるんだよ」
特に帝国と聖王国に。
両国からはしばしば役人が訪れるけれども、
海王の仕事の中で一番大きいのって、
彼らのご機嫌とりなんじゃないかな。
黒猫の問いに、テニアは全く異なる答えを返す。
「にゃ?」
「本国では木っ端役人に過ぎない連中に頭ペコペコ下げるのが仕事とか、何十年も続けてたら身が保たないっしょ」
だから今回みたいな大陸の連中に一泡吹かせる機会が訪れると、
ついうっかり手を伸ばしたくなるんじゃない?
ポニーテールを揺らしながら、バカにし切ったように笑う。
皮肉まみれの彼女の声は決して大きくはなかったが、
近衛が作る肉の壁を越え、確かに海王の耳を貫いた。
「貴様……」
傲慢な王の仮面に亀裂が入る。
「テニア、それはちょっと言い過ぎでは」
「でも、実際そうなんでしょ?」
何だかんだと理屈をつけても、
本音のところは自分が留飲を下げたいだけ。
無理やり理屈をこね回すもんだから、
娘に何か言われてもそれらしい言葉ではぐらかすだけ。
付き合わされる部下にしてみたって、
ホントはいい迷惑だと思ってるんじゃないの?
テニアの悪魔じみた問いに二の句が継げぬファナ。
ほんの、本当に僅かに揺れる兵士たち。
そして――怒髪天を突く海王。
「口の悪い小娘、貴様にはどうやら躾が必要なようだな」
プルプルと全身を震わせながら槍を構える海王。
両者の舌戦に呆然としていた近衛たちが慌てて戦闘態勢をとる。
「小娘って……」
何か思うところがあるのか、苦い表情を浮かべるテニア。
しかし――
「挑発してみたつもりだったけど、上手く行かないもんだね」
海王が暴走してくれれば、いい感じになると思ったんだけど。
奴はあくまで近衛の後ろに隠れ、玉座の間から出てこようとはしない。
あそこから釣り出せれば戦いやすくなったのに。
軽く片眼を閉じておどけた様子で仲間に謝る。
「そういうのはご主人の得意技にゃ」
「あはは、今度教えてもらっとくよ」
「お父様……私はニブル島で兵士たちが島民を脅かすところを目撃しました」
震えるように、堪えるようにファナが言葉を紡ぐ。
傍の二人の声すら聞こえぬ様子で。
「貴様を追捕するゆえであろう」
「クラーケン討伐の奏上を上げても、お父さまは何一つ力をお貸しくださいませんでした」
「『海の悪魔』ほどの魔物が相手であれば、王たる者は軽々と動くわけにはいかぬ」
「お父様は罪のないステラを誘拐し、投獄し、更には……」
「天下国家の一大事、貴様の与り知るところではない」
「お父様!」
「くどい! 貴様は咎人と結託し父に槍を向けた。それが全てであろう!」
自己正当化の言葉など並べたてたところで、
己の罪を帳消しにすることなどできぬと海王は言い放つ。
「ね、言ったとおりでしょ?」
「これは擁護のしようがないにゃ」
海王の口ぶりに呆れ果てたクロフォードとテニア。
なるほど先にテニアの言に一理あり。
海王の言は言い訳のための言い訳に終始して。
傍から眺める分には滑稽で渇いた笑いすらこみあげてくる。
しかし、その父の有様を見て心を痛める娘がいた。
「お父様……」
消え入るような声。
頬を流れる一筋の涙。
わからなかった。
テニアの言うとおり、父が単に己の稚気に任せて口を開いているのか、
あるいは、自分たちには理解できない深謀遠慮が存在するのか。
父と娘。血の繋がった親子として共に過ごしたはずなのに、
ファナには海王という人物が理解できない。
だから、蒼髪の少女は――槍を構えた。
「もうどちらでもいい。私はあなたを許すことができない」
事実を客観的に判断できないならば、
あとはファナ個人の意思が己の見る世界の真実を決める。
「このファナ=サザンオース、あえて逆賊の汚名を被りましょう!」
二人とも、行きます!
あいよ。
わかったにゃ。
隠密姿の少女は腰から二本の短剣を抜いて左右に構え、
クロは無手のまま戦闘態勢に移る。
雷光きらめく瞬間、数多の影が玉座の間を交錯した。




