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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第30話 南海の少女たち その4


「おやめなさい!」


 蒼髪の少女が宿から姿を現した時、

 のらりくらり追及をと躱していた村民たちは一様につらそうに表情を歪め、

 その言動に怒り心頭に発していた兵士たちは一様に嬉しそうに表情を歪めた。


「これはこれはファナ様、このような所でおいたわしい」


 にやにやと笑いながら隊長格の男が進み出る。


「今すぐみなへの狼藉を止めさせなさい」


「そうは参りません、こやつらは事実を偽っておりましたゆえ」


 言わば罪人でございます。

 国の治安を守る者として、罪には罰を与えねばなりませぬ。

 どこ吹く風で道理の通らぬことを口にする。


「こうして私が出てきたのです。もうよいでしょう」


「そういうわけには参りません」


 兵士たちは隊長の言葉に応じて、集まった村民に向けて武器を構える。


「な……」


「さて、聡明な王女にありましてはすでに状況を理解いただいていると存じ上げますが」


 どうかご同行願えますね。

 我々も、余計な流血を望むわけではありませぬ。

 しかし、しかしでございますが、いかんともしがたい状況になりましたら、

 我々は海王さまのお言葉に従うために、いかなる手段を用いることに躊躇いはございません。

 あとから現れたテニアと黒いケットシ―もその一言で動きを封じられる。


「あなたは……あなたたちという人は……ッ」


 悔しそうに歯噛みするファナの姿を見て嘲笑する男たち。

 隊長が項垂れたファナに歩みを向けたその瞬間、


「これが南海諸島のやり方かよ」


 よく透る声が広場に響いた。



 ☆



「これが南海諸島のやり方かよ」


「咎人かッ!?」


「どこだッ、どこにいる!」


「オレは……ここだッ!」


 こちらの姿を見つけた兵士たちが大きく口を開けたまま動きを止める。

 

――まあ、そうだろう。


 今まさにこれから捕えようとしていた少女が自ら姿を現したのはいい。

 問題はその少女が海から仁王立ちで現れて、

 足元から何本もの巨大な触手が生えていて、

 自分たちが乗ってきた軍船が長大な触腕に幾重にもに絡みつかれて、

 ギシギシと音を立てて沈没しそうになっている現実である。


「このオレを捕えるためにたった一隻で来るたぁ」


 一息ついてワザとらしくため息。

 居丈高に騒いでいた兵士どもが怯えるさまは嗜虐心を満たしてくれる。

 ここ最近はどうにも鬱屈していた部分もあり、こういう展開は結構結構。

 まさに容赦は無用。やりたい放題やっても文句の出ようもない!

 オレは元々こういう奴なのだよ。あっはっは。


「南海諸島ってのはえらく慎ましやかなんだなぁ」


 はっはっはと笑うその隣で、

 何とも形容しがたい悲鳴を上げて崩れ沈む船。


「おらよ」


 程よい大きさの残骸を一つ、偉そうな男の足元に投げつけてやる。クラーケンが。

 次はお前らがこうなる、というわかりやすい見本だ。


 クラーケンの頭部に腰かけて、濡れた髪を指で梳く。

 連中にバレないように水中を移動したおかげで全身ずぶ濡れ。

 今このタイミングで風でも拭いたら、

 デカいくしゃみで場の空気が台無しになりそうな予感。


「で、一、二、三……へぇ、二十やそこらでオレと戦おうってのか」


 随分と自信満々じゃねぇか。

 わざわざゆっくり数を数えて微笑むと、

 へたり込んで漏らす奴、頭を抱えて許しを請う奴が続々。

 勇敢と無謀をはき違えて襲いかかろうとする奴もいるにはいたが、

 オレにたどり着く前に、触手と回り込んできたクロに阻まれボッコボコ。

 相手にならんのだよ、君らでは。


 既に戦闘準備万端の召喚術士を相手に、

 何の対策もなく真正面から攻めてくるなんて無謀の一言。

 牢獄から脱出した際にも不思議に思っていたのだが、

 南海諸島の兵士たちは召喚術士へのカウンターマニュアルを持っていないのだろうか。

 大陸諸国だったら、こんなことまずありえないのだが。


 と、訝しんで思いついたのだが、南海諸島では召喚術士=海王。

 そしてここ最近の海王家の連中ってのは、

 多分召喚術が苦手な奴が続いていたのではないだろうか。


 ファナはカエルしか召喚したところを見たことがないし、

 海王がファナにあっさりと『万象の書』を継承したことを鑑みても、

 大陸の諸国に比べて召喚術をあまり重要視しているように見えない。


 無意味な仮定ではあるけれども、

 ここにいるのがもしオレでなくてアールスで出会ったクライトスだったら、

 今頃この連中はまとめてエオルディアによって火だるまにされていたことだろう。


 召喚術士ってのは魔術士よりもさらに何を仕掛けてくるかわからない連中なので、

 敵対するなら相当な注意を払う必要がある。

 そんな一般的な見解が通用しないということは、

 それだけ召喚術に対する警戒が薄いと言わざるを得ない。


『契約者よ、これは些かやりすぎではないのか?』


「ま~たまた、ご冗談を」


 胸の内からエオルディアが苦言を述べるが、

 目の前の惨状はドラゴン規模で考えれば児戯に等しいと思うのだけれど。


「あ~、ステラ。やりすぎやりすぎ」


『そら見ろ』


「お、おう……」


 そうか、やり過ぎか。反省。



 ☆



 ニブル島にやってきた第一陣はこうして壊滅。

 基本的に船単位で行動する南海諸島の軍人は、

 乗船を潰されたら丘に打ち上げられた魚も同然。


 彼らの処遇を巡っては、

 めんどくさいので石を抱かせて海に放り込もうというオレの案が却下され、

 逃げられないように厳重に縛り上げて倉庫に閉じ込めるというファナの案が採用された。解せぬ。


「わたしゃね、縫い物が得意なんよ」


 いったいどこを縫おうというのか。

 女将さんの一言で何かを察した兵士たちは静まり返り、

 いつまでも口を閉じようとしなかった隊長も、

 最後には兵士ともども大人しく倉庫に転がされる。

 倉庫は村民が総出で監視することになり、

 ひとまず事態は解決したと言っても――


「いや、解決してないから」


 むしろこれからだからとテニアが突っ込む。


「それで、結局どうすんだ」


 たたずむ蒼い髪の少女に問う。

 後ろで括った髪が風に靡いて踊っている。


「私は……お父さまの、海王の非道を止めたい」


「で?」


「でも、何も知らされていないであろう民に不安を与えることはできない」


「つまり?」


「協力してほしい。召喚術士ステラ」


 最小限のいさかいでこの問題を解決に導くには、

 あなたの力が必要なの。

 多少気の合わない部分はあるが、

 ここまで正面から懇願されては断るのは難しい。

 だけど――


「最悪、海王の命を奪うことになっても?」


「それは……」


 逡巡するファナ。

 まあ、いきなり親父を殺すかもしれないと言われて、

『はい、わかりました』と答えられる奴は居ないか。


――海王の命云々はひとまず置くとして。さて、どうしたもんかな……


 協力したいのはやまやまだが、

 こちらはたったの四人だけ。

 クラーケンは超強力な切り札だけど、

 海辺でしか戦えないという欠点がある。

 王城まで攻めあがるにはかなり不安な状況だが――


「ご主人……」


 何か言いたげにこちらを見上げるクロ。

 言いたいことはわかる、わかるんだが、

 勝算のない賭けに出るのはオレの望むところではない。

 つい最近アールスの街で、そういう賭けに命をベットしたような気もするが。


「どのみちアタシらに協力しないと、ステラはここから出られないよ」


 そこに割り込んでくるテニアの一言。

 ……サラッととんでもないことを言われたんですけど!?


「どういうことだ?」


「う~ん、詳しくは言えないんだけど。海王にはそういう力があるって思っといて」


 海王は文字どおりの意味で『南海諸島の支配者』だから、

 今のままではこの海域からの脱出は不可能だと。


「そんなこと言われても信じられるか!」


 いやいや、そんな与太話をそのまま受け入れろと言われても困るんだけど。


「そう言われてもなぁ」


 チラリとファナに視線を送るテニア、頷く蒼髪の少女。


「海王には……南海諸島の全ての船の臨検を行う権利があるから」


 いくらクラーケンで移動できるとはいえ召喚術には限界がある。

 結局のところ外海へ出るなら船に乗るしかなく、

 海王が外に出る船全てに調査を行えば発見は容易。

 そうなると南海諸島全軍との海戦に発展する。

 海上のクラーケンは確かに強いが、

 永遠に召喚し続けて戦うわけにもいかないのはすでに述べたとおり。


 ということは、勝算がどうとかの話ではなく、

 何が何でも勝たなきゃならんということだ。

 結局オレ一人ここで抜けてもどうにもならない。


「了解。やってやんよ」


 どのみちこちらも海王をどうにかしないと、

 この国からおさらばすることもできやしないのなら、

 正々堂々、真正面から突破してやるよ。


「でも、やり過ぎは勘弁してね」


「……なんでみんなしてそう言うかね?」


「自分の胸に聞いてみるといいにゃ」


「だってよ」


 胸の痣をトントンと叩いてみたが、反応はなかった。


次回より『反撃、サザナ島攻略作戦』となります。

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