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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第26話 急転 その5


 後ろで括ってひとまとめにしている桃色の髪の毛を、

 何本か引き抜いて繋ぎ合わせて一本の糸状に。

 片方を落ちていた木の枝に結び、反対側に小さな曲がった針金を装着。

 そこらの石を引っ繰り返して発見した虫的な生き物を針金に刺して海面に投入。


 いくら無人島とはいえ、さすがに洞窟の外で全裸というわけにもいかないので、

 クロが持ってきてくれた荷物からビキニを取り出して身にまとっている。


 晴天は高く、海は昨日の嵐を忘れたかのように静かに寄せては返す。

 肌に感じる陽気と一定のリズムで刻まれる波の音に当てられて、

 ついあくびを一つ。ねむ~。


「何やってるの、ステラ?」


 穏やかな世界でついウトウトしていたところに乱入者。

 振り返れば、クロを小脇に抱えたテニアの姿。

 メリハリのある褐色ボディの胸と腰を隠し、頭はトレードマークのポニーテール。

 これだけ見れば、まさか逃亡中の脱獄犯とは思えない。オレもだが。


「見りゃわかるだろ、釣りだよ」


「……サボって寝てなかった?」


――この女、見ていたなッ!


 ほんの僅か、ごく一瞬だけ意識を飛ばした瞬間を!

 だが、謂れのない風評は勘弁してもらいたいものだ。

 ……だぁ~か~ら~、持ち上げられたクロと二人で、

 疑惑に満ちた視線をこちらに向けるのは止めてくれないか。


「ばっかやろー、これは食料調達と魔術の訓練を兼ねただなぁ」


「ああ~、はいはい」


 聞けよ、このアマ。

 高度な精神集中を要求されるこの一連の流れを。


「ホントだぞ。魚にバレないように釣竿を魔術で強化するのは難しいんだからな」


「わかった、わかったから」


 そんなに力説しなくていいって。

 追い払うような仕草と、あからさまに信じてない口調。

 ……イラッ!


「つーか、お前らこそ何しに来たんだよ?」


「ん~、魚獲り」


 そう答えたきり、クロを抱えて離れていくテニア。

 海に入って中腰に黒猫を構えると――


「ニャッ!」


 クロの右手が一閃。

 キラキラと光を反射する何かが空に弧を描いて浜辺に落ちる。


「ニャッ、ニャニャニャ!」


 クロの両手が鋭く回転するたびに、

 光る何かが山なりに海から浜へ飛んでいく。


「ま、まさか……」


 竿を置いて近づいてみると、そこにはピチピチ跳ねる魚の姿。


「いや~、さすがネコ君」


「それほどでもないニャ!」


 背後から掛けられるわざとらしい声。


「そう言えばステラ、何匹釣れたの?」


「わかってて聞くなよ、チクショー!」


 ゼロだよ!



 ☆



 島を脱出するためには、再びクラーケンを呼んで乗せてもらうしかないのだけれど、

『海の悪魔』などと呼ばれて畏れられるだけのことはあり、

 海の魔物の中でも大物扱いのあの蛸は、たとえ幼生とはいえ毎日召喚できるものではない。


 そして昨晩クロから提供された乾物で手持ちの食料を食べきってしまったオレ達は、

 無人島でのサバイバルを余儀なくされていた。

 ……つっても、浜辺の件でわかるように、テニアとクロがほとんど何とかしちまうんだが。

 

 昼食を済ませ、手持ち無沙汰になって浜辺を散歩していると、

 恵まれた天候と美しい海に囲まれてちょっとしたリゾート気分。


 ……いや、待ってほしい。

 オレは別にサボっているわけではない。

 海王の手の者が追ってきていないか、浜辺の監視をしているのだ。

 まぁ、そんな気配は微塵もないんだけど。


 誰にということもなく心の中で言い訳を述べていると、前に人影。

 蒼い髪、豊かなボディのフローラもといファナ。

 こちらに気付いていないようで、ぼんやりと海を眺めている。

 今日の髪型はテニアが整えたらしくいつもの王女型。

 

――しっかし、二人が同一人物とは……


 どちらとも身近に接する機会があったのに全く気付かなかった。

 クロも同様らしく、『海竜亭』で正体を告げられて驚いたとのこと。

 鈍感なオレはともかく、クロにすらバレないって相当堂に入ってるよな、変装。


「こうして見てもまだ信じらんねぇ」


「……何が信じられないのかしら?」


 零れた小声を拾われる。

 その声にいつもの張りはなく、気落ちしているようにも聞こえる。

 サザナ島を出てからのファナは、どこか様子がおかしい。


「なんでもねーよ」


「そう……」


 それっきり反論もなく、食いついてくることもなくだんまり。

 何か気を患っていることがあるようだが、話すつもりはないらしい。


「ねぇ」


「ん?」


「あなたは……確か帝国の皇太子の婚約者なのよね?」


「……第一皇子の元婚約者、な」


 レオ――第一皇子レオンハルト――は、まだ立太子されてなかったから、

 皇太子と呼ぶべきではない。呼ぶと色々ややこしくなる。

 ついでにオレは五年も前にトンズラしているので、もう婚約者ではない。

 この辺は本当にデリケートな問題だから、言葉選びは慎重にしないとマジでヤバイ。


「どうして逃げたの?」


「どうしてって、そりゃ……」


 こうも面と向かって問われると、何とも返しに困る質問だ。

 かつてアールスの街でリデルが叫んでいたように、

 傍から見ればオレは『すべてを手に入れた女』に見えていた。

 そのことに反論するつもりはない。

 大陸において未来の皇妃と目されるとはそういうことだ。

 

――だけど、どいつもこいつもわかっていない。


『すべてを手に入れる』ということは『すべてを抱え込む』ということ。

 オレは……おそらくその重さに耐えられない。

 想像しただけで逃げ出したぐらいだったんだぜ。

 誰にも言ったことはねーけど。


「そんなの、お前に関係ないだろ」


「無責任だわ」


 こちらを向くことなく(なじ)るファナ。


「無責任って……」


「帝国の公爵家に産まれ、人の上に立つことを運命づけられていたはずのあなたが!」

 

「だったらこっちも聞くけどよぉ」


「……何かしら?」


「初めて会った日のこと」


「はぁ」


 要領を得ない声。


「なんであのカエルを見殺しにしようとしたんだ?」


 同じ召喚術士として、尋ねずにはいられなかった。

 暴漢に囮として差し向けたことは、

 あまりオレも偉そうに言えた口ではないが、

 ことが済めば働いてくれた魔物をねぎらい、

 怪我をしていれば癒すのが筋ではないのか。


 召喚術士であるならば当然であるはずのことをしないこの女に、

 オレの責任についてとやかく言われる筋合いはない。


「どうして、そんなことが気になるの?」


 しかし、その質問はファナにとって意外だったようで、

 秀麗な眉を顰め、疑念を顔に浮かべる。


「どうしてって……可哀想だろうが!」


「可哀想って、魔物よ?」


「魔物つったら『海の人々』だって同じじゃねーか!」


 さすがに本人たちの前では言わないけど。

 クラーケン退治の際、ファナは彼らとはうまく付き合っているように見えた。

『万象の書』の分類に従えば、彼らはカエルと同じ魔物扱いのはず。

 しかもサハギンに至っては人語を口にすることもできない。

 ところによっては魔物として駆逐されてもおかしくはない。


「彼らは、この国の正当な住民よ」


 海王代理として彼らを庇護するのは当然だとファナは言う。

 わからない、その区別の根底に何があるのか。

 ファナの質問を遮ったこちらの問いは、彼女の強い声に阻まれて消える。

 そして――


「あなたは」


「ん?」


「クロさんと契約はしていないのね?」


「ああ」


「どうして?」


 心の底からわからないと言わんばかりのファナ。

 こちらとしては、何でそんなことを問うのだろうと不思議に思う。

 話せば話すほど、オレとこの女は噛み合わない。

 そのことだけは理解できる。


「クロは相棒(ダチ)だ。首に鎖は掛けられねぇ」



 ☆



「二人で仲良く話してると思ったから様子見てたのに……」


 なんでさらにギスギスしてるの、あんた達!

 夕方になって洞窟に戻ってきたテニアが額に手を当てて空を仰ぐ。


「コイツが!」


「この人が!」


「なんだよ」


「なんですの」


「二人とも、そろそろ魚焼けるから落ち着いて、ね?」


「「フン!」」


 とことんファナとはソリが合わない。

 互いにひとこと口にすればふたこと反論する有様で、

 一度口に火がつくと、とことん燃え広がって終わりが見えず、

 テニアの仲裁もまるで意味をなさない。


 遠火に焙られる魚の匂いが満ち、

 ほんのり明るくサラマンダーが照らす影が踊る洞窟で、


「ダメだこりゃ……」


 にゃ~とクロが鳴いた。

次回より『南海の少女たち』となります。

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