第27話 南海の少女たち その1
「さて、ニブル島についたわけだが」
どうする、と一行を見回す。
数日間のサバイバル生活とクラーケンの活躍のおかげで、
海王の追っ手に発見されることなく、
こうして当初の目的地に到着できたわけだが、
残念ながらトラブルなし、という訳には行かなかった。
「とりあえず、周囲を警戒しながら人里を目指そう」
というテニアの背から伸びる蒼い髪。
サザナ島脱出の頃から様子がおかしかったファナが、
二つ目の無人島を出発してしばらく経ってから、
クラーケンの上で熱を出した。
蛸の頭の上は柔らかく、
波の揺れを緩和してくれてはいるようだが(その証拠にクロが元気)、
水しぶきや風に当たりっぱなしで健康的とは言い難い。
よって本来のニブル島到達時の行動指針では、
人目のつきにくい夜間に上陸するはずだったけれど、
ファナの体調を鑑み、やむなく予定を繰り上げ。
明るいうちに上陸し、誰にも見つからないよう周囲の気配に気を配りつつ、
雨風が凌げそうな洞窟を捜索、一時的な休憩所を設置し状況の好転を待つ。
とはいえ、現状は無人島暮らしとさほど変わらず、
このままではファナの体力回復にも時間がかかる。
おかしな病気を貰ってしまえば、さらなる苦難が予想される。
同行しているオレ達に病気がうつる可能性もあるわけで。
なかなかこれはシャレにならない問題である。
テニアに導かれるままにこの島を訪れたけれど、
ここが本当に安全な島かどうかは本人にも確証が持てていない様子。
栗色の頭を引っ叩いて『今さらかよ』と言いたくもなるが、
目的地不明のまま海の上で途方に暮れるよりはマシだったことは確か。
「オレがファナを担ぐから、お前が先行しろ」
「……頼むね」
「おお」
テニアからファナを預かり、背嚢の代わりに担ぎ上げる。
高熱にあえぐファナの吐息が耳にかかり、
背中に感じる大きくて柔らかな感触に驚かされる。
――テニアほどじゃないけど……ゴクリ。
蒼髪姫をこちらに渡して身軽になったテニアが斥候役として前に出る。
昼間にはかえって目立つ隠密衣装にポニーテール。
クロが二人分の荷物を抱えつつ、オレの足元で備える二段構えで海岸線を進むこと暫し、
「おや、ステラちゃんじゃないか」
唐突な声は背後から。
慌てて振り向くと、水面から見覚えのある頭がにょきっと生えていた。
その鱗顔には見覚えがある。
共にクラーケンと戦ったギルマンの水夫だ。
「あ、ああ、えっと、お久しぶりで」
――水中からかよ!
その発想はなかった!
☆
「おやまあ、みなさま方」
鱗頭の水夫に案内されるまま、懐かしの『めだか亭』に足を踏み入れると、
縫い物が得意な女将さんと久しぶりの再会。
「遠いところをよくぞいらっしゃいました」
「すみません、いきなり押しかけちゃって」
『テニアちゃんったら何年ぶりかしら』と笑いかける女将さん。
「いやだわ、そんなの気にしなくていいのに」
突然の訪問に顔色一つ変えず対応してくれる。
この様子を見る限り、まだオレ達に手配はかかっていない模様。
オレの背中でグッタリしているファナを見て目を丸くする。
「ちょっとファナ様じゃない!? どうされたの?」
細かいところは誤魔化しつつ、とりあえず風邪をひいたらしいことだけ告げる。
我ながら思いっきり怪しい。怪しすぎる。
病身の国王代理を背負ってもう少しマシな言い訳を思いつかなかったのかと、
心の中でひとりツッコミを入れる。
だけど――女将さんはそのことにはあえて触れることなく、
「それじゃ、こっちの部屋で休ませてさしあげて」
案内された部屋は、綺麗に整えられたベッドがあるかなり広めの一室。
前に訪れたときには使っていなかった部屋だ。
「ほら、これ使いなさい」
ファナを横にして汗に濡れた服を脱がせ、
渡された大きめの布で身体を拭い、
水を絞った小さめの布を額に当てる。
「お夕飯はどうするんだい?」
「あ、できれば部屋でいただきたいんですが」
「あいよ」
あからさまにおかしなオレ達に何も言わず、
簡素だが滋養に富む暖かな食事と、病人用の粥が差し入れられる。
――ありがとう、女将さん。
「ファナ、大丈夫そうか?」
「今のところはね」
最近、色々あったから弱ってたのかなあ。
いまだ夢うつつのファナの頬にかかる髪を掬いながら、
テニアがぽつりと呟く。
「お前まで弱気になってんじゃねーぞ」
「そうにゃ」
魚を丸かじりしたクロが同意すると、
そうだね、と軽く笑って、
「よし。これからしばらくは、アタシとネコ君が交代で様子を見よう」
「水中もな」
「そ、それは悪かったと思ってるって!」
人間三人とケットシーの組み合わせ。
気を張っていたとはいえ疲労も溜まっていたし、
まさか海でサボっていた(と本人がゲロした)ギルマンに偶々見つかるとか。
今のところ状況は悪くなっていないけれど、二度目はないようにしたいところ。
「ま、腹もいっぱいになったし、ひと休みと行きたいところではあるが」
「が?」
「その前に、何がどうなってるのか詳しく教えろ」
「え~、それはちょっと」
「ここまで巻き込んどいてそれはないだろ!」
「だよね……」
観念したらしいテニアが、『アタシが知ってる範囲だけだよ』と前置きして、
これまでのいきさつを語りだした。
☆
「身も蓋もない話だけど、ステラって最初からマークされてたんだよね」
のっけから剣呑な話が始まった。
最初っていつからだよ。
「なんでまた」
「そりゃそうでしょ」
大げさに驚くテニア。
帝国最大級の貴族アルハザート家の元令嬢にして、
アールスの一件で聖王国からドラゴンを巻き上げた、
どこにも所属していない召喚術士。
「もうこの時点で歩く爆弾みたいな存在になってるよね」
「にゃ」
監視して当然と言わんばかりに何度もうなずく。
当の本人として言いたいことはなくもなかったが、
話の腰を折らず黙って先を促す。
「こちらの港につく日に関しては、ボーゲン出港時の記録とか『海の人々』から届けられる報告で予想はつくし」
初日に声をかけてきたギルマンもまたテニアの手によるもの。
余計な揉め事を起こす前に自分の手の届く範囲に収めようとしたとのこと。
……オレのことを一体何だと思っているのか、この女は。
「途中でファナ様が先走っちゃったのは誤算だったけど」
予定外のことをされると困るんだよね、現場は。
そう慨嘆するテニアだが、こちらとしては、
ファナをこそちゃんと見張れと無言で睨む。
「まあ、何はともあれウチに連れ込めてよかったよかった」
「翌日のフローラ……じゃなくってファナの変装は?」
「本人が直接確かめないと気が済まないって」
昨日の今日で正体がバレないように変装させろって言われた私の身にもなってよ。
まったく同情する気になれないテニアの言は置いておく。
「結果として噂にあるような危険人物ではないって自分で確認されたからよかったんだけど」
☆
「なあ、ところでお前は何なんだ?」
「何ってあたしテニア」
ぶりっ子マジウゼェ。
「じゃなくって、王女であるファナと随分親しいじゃねぇか」
「そりゃ姉妹だからね」
「え?」
突然の告白に思わず二人の顔を見比べる。
髪の色が全然違うせいか、全くそういう風には見えないのだけれど。
姉妹ってことは、『海竜亭』のスケベ系看板娘が王族!?
それは一大スキャンダルなのでは?
「冗談。乳兄弟」
あ、女だから乳姉妹か。
ワザとらしく付け足してくる。
悪戯が成功したみたいにニヤニヤ笑顔を顔に張り付けて。
「ところでさ、乳姉妹って響きが何かイヤらしくない?」
イヒヒと笑いながら自身の豊かな胸を両手で持ち上げる。
大きいということは、ただそれだけですさまじい引力を発生させる。
ド迫力なパワー……だから耐えられずに思いっきり見たオレは悪くない。
「ゲフン」
「ハッ」
クロの大きな息で正気に返る。
「……嫌味のつもりか?」
「え、いや~別にそういうつもりじゃないけど」
何も言ってないじゃん。
寄せてあげられて大きく見える乳をワザとらしく揺らす。
見下ろせばそこあるのは、将来性に期待せざるを得ない我が未開の地。
「てめぇ、いつか絶対殺す」
この女は、触れてはいけない部分に触れてしまったッ!
見せつけられることは許す。むしろありがとう。
でも、オレに当てこすることは許されないッ!
「話が逸れてるにゃ」
ずずずと湯を啜りながら冷静に指摘するクロ。
「てめぇ今ごまかそうとした!?」
「チッ」
コイツ、本当に油断ならない。
クロがいなければ、乳の話題で何もかも有耶無耶にするつもりだったのか。
「しっかし、王女の乳兄弟が何で下町の宿屋に勤めてんの?」
そうにゃ、とクロも首をひねる。
当然のはずの疑問に、テニアは一点の曇りもない笑顔で答えた。
「ははは、アタシに宮仕えができると思ってんの?」
行き場がなくなったからファナ様が用意してくれたんだよ、
などと嘘か本当か判断しがたいことを抜かす。
――なんだ、この説得力……
すげー反論しづらい。




