第24話 急転 その3
「えっと、ステラはどれくらいわかってる?」
現在の状況について尋ねたのはオレのはずなのに、逆に質問を返される。
話を拗らせたいわけでもなく、別に嘘をつく必要もないので普通に答えるけど。
――『犯人はお前だ!』……じゃないよなこの場合。
「自称海王が出てきて、オレを聖王国に引き渡すとかなんとか」
あまり詳細とは言えないオレの返答を聞いて、
「『自称』海王はいいね」
笑える、とテニアは苦笑を顔に貼りつける。
「んで、どうなんだ実際のところは?」
「ん~っと、大体そのまんまだね」
ただ、その話には続きがある、と。
水気を含んだポニーテールを鬱陶しそうに後ろに流しながら、
「海王がステラを引き渡そうとしたところに反対意見が出てね」
「へぇ、誰から?」
「ファナ様」
「ほう……」
蒼い海王代理は、一体何を口にしたのだろう。
いや――
「そもそもおかしくないか?」
「何が?」
首をかしげるテニア。
その仕草はあまりに自然で、とぼけている風には見えない。
「『万象の書』だよ」
海王家に伝わる『海神の書』が海王代理であるファナの手に渡っているのなら、
海王家の実権もまたファナに渡っているはず。
王侯貴族における『万象の書』の扱いとはそういうモノ。
そして『万象の書』を跡継ぎに継承した者は、相談役のようなポジションに移行するはず。
アールスで揉めたクライトスの実家のような事例もなくはないが、あれはあくまで例外的。
「すでに実権を握っているファナの意見より、海王の意見が優先されるのはなんでだ?」
海王と海王代理による権力の二重構造にも疑問がわく。
海王『代理』という中途半端な地位も気になるところだが、
後見人であるはずの海王が直々に出張ってまで、
こんな国家の一大事をファナの意見を排して独断で進めることができるものだろうか。
「え……あ~、そういうこと?」
「うん?」
「それはステラが勘違いしてるというか……」
テニアは語る。
南海諸島海王家において、真に実権を持つのは神器である『海神の標』を持つ者であると。
『海神の書』は後継者の証ではあるが、それ自体が権力を保証するものではないということらしい。
それで気にかかっていた疑問に得心がいった。
クラーケン退治のような大事に際し、
なぜ王の代理人であるファナがあれほど苦労して、
たったの船二隻しか戦力を持ち出せなかったのか。
事実は逆で、最高権力者である海王の許可が出ていない中で、
あの女はよく船を(ブッ飛ばす前提で)準備できたと驚くべきだったのだ。
「『海神の標』って、あのオッサンが持ってた槍みたいなやつか?」
「そう、それ」
「そうか、あれはそんなに大層なもんだったのか」
いっそのことあの場で暴れて奪っておけばよかったかもしれない。
そうぼやくと、意外にもテニアは真顔でうなずいた。
「そうしといてくれたら、どんだけ楽だったか」
「……マジで?」
暴れるって、海王死んじまうと思うぞ。
人のことを言えた筋ではないが、コイツの発言も時々怪しいな。
「ま、いいや。それでファナ様なんだけど、ステラの引き渡しに反対してね」
海王とぶつかり合った結果、あっさり負けて軟禁されてしまったとのこと。
これまで統制が取れていると思われていた配下に背かれて。
「アイツはなんでオレの引き渡しに反対したんだ?」
「なんでって……ステラ自分の立場わかってる?」
眉を顰めるテニア。
強くなった雨脚にウンザリしているのではなく、
理解が足りないオレに呆れているのがありありとわかる。
「聖王国からはエオルディアを奪ったことで目の敵にされてるだろうってのは、まあ」
「う~ん、もう一声。もし聖王国に連行されたらどうなると思う?」
もしオレが聖王国に連れていかれたら、か……
首に張り付く髪を指で後ろに流しながら、しばし黙考。
「どうって……拷問とか?」
「じゃなくって、帝国の方」
「そりゃ……」
言いかけて口淀む。
今のオレは帝国貴族ではないけれども、聖王国に捕えられたら、
今の帝国の連中はどう反応するだろう?
「何でそこで悩むのか謎過ぎるんだけど」
ファナの考えを先に言うと、最悪戦争になると予測しているらしい。
「あ、あ~、そゆこと?」
「勿論海王もわかってる。その上での引き渡しだからね」
海王は両国をかみ合わせることで相対的に南海諸島の勢力を増そうと考え、
ファナは戦争を引き起こすような愚行は控えるべきとして対立。
「そういうわけだから、ファナ様に海王位を継いでもらわないと」
このままだとステラたちにとっても都合が悪いでしょ。
テニアはニヤリと笑いながらこちらを見つめてくる。
「だから協力しろってか……」
なるほどねぇ。
うまい話にゃ裏があるとは言うけれど、
今回の件に限って言えば、オレ達にも利得はある。
「そういうことなら、助けてやっか」
ついでに恩の一つも売れれば、あの気に食わない女のちょっといい顔が見られるかもしれない。
「やった!」
ありがとうステラ!
蛸の上で抱きしめてくるテニア。
「じゃ、案内するから」
この蛸お願いね!
喜びを全身で表すテニアは、
溜め込んできた不安が払しょくされたように見える。
「あいよ」
こちらの疑問はきれいになってはいないが、今は様子見と行こうか。
なぜこいつはオレを攫い、そして助けようとしたか。
自作自演の救出劇の目的は?
――最悪、お前に絡みついてるタコ足がグシャリといっちまうぜ。
☆
いざファナを迎えに行くとして、その前に自分たちの現在位置を把握しなければなるまい。
テニアに聞いたところによると、ここはサザナ島から離れていない海域。
クラーケンに乗っていけば、ものの数時間で島につくほどの距離とのこと。
「そんな近いとこにいたのか」
「海王は用心深いからね」
危険人物は目の届く場所に置き厳重に監視するはずと言う。
「そんなに監視されてたか?」
「あれだけやっておいてよく言う……」
疲れた声でテニアがぼやくが、
牢屋の話を言っているのなら、どこが厳重だったのかと問い詰めたいくらい。
あの程度の包囲なら、これまで何度でも切り抜けてきたぞ、こちとら。
「見えた、サザナ島!」
「どこに向かえばいいか教えてくれ」
テニアの言に従ってクラーケンを進ませると、海王城から随分離れた浜辺に向かえとの指示。
強くなる一方の雨に濡れるのも構わず突き進めば、陸地には追いかけられている女と黒いケットシー。
クロの方はともかく、もう一人の女にも見覚えが――あれはフローラ?
「ファナ様、こっち!」
「え?」
突然のテニアの叫びに仰天する。
あの温和な雰囲気のフローラと、刺々しいファナのイメージが一致しない。
クロを抱きかかえてこちらに合流しようとしている女は、
緩やかにウェーブする蒼い髪をサイドにまとめたシルエット。
フローラによく似ているけれど、目を凝らすと表情がファナだった。
「詐欺かよ!」
「何言ってんの、ステラ?」
「おお~い、ごしゅじ~ん」
「さっさと乗れ」
二人に向かってクラーケンの足が差し出されるも、
追いかけてくる衛兵が容赦なく槍を突き出してくる。
幸い二人に当たりはしないものの、
雨風厳しいこの状況では、こちらに乗り移ることもままならない。
――ったく!
「邪魔だ、どけ!」
クラーケンの頭を叩いて追撃してくる衛兵を薙ぎ払わせる。
大ダコの足一振りで大きく吹き飛ばされる男たち。
中にはあらぬ方向に身体が折れ曲がり、赤い血を流している者もいる。
幼生とはいえクラーケンのパワーは絶大。
何の対策も講じていない人間など物の数ではない。
「急げ!」
クラーケンの足にからめとられた二人を回収。
さっさと撤退しようと思った矢先に、
「何をやっているの、あなたは!」
助けてやったファナの第一声がこれ。
「あん?」
思わず険のこもった声になるのも無理はないと思いたい。
「人間相手にあそこまでする必要があるの?」
その指先には、今にもこの世とお別れしそうになっている兵士たち。
救援が来なければ、まず間に合うまい。
……でも、それが何か?
「バッカかお前、武器持って襲ってくる奴は敵だろうが!」
敵に情けをかけてどうすんだ。
出会って早々いきなりこれかよ!
コイツとは、ホントとことん噛み合わない。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
「オレは冷静だっつーの」
「余計な口を挟まないで、テニア!」
「あ……はい」
でも脱出しないとまずいと思うんだ。
テニアが指さす方を見れば、弓を構えた兵士たちの姿。
――弓はマズいな。
矢避けの魔術で対応可能だが、あれは絶対安全とまでは言えない。
この天候でこちらを狙い撃てるかどうかはともかくとして、
撃たれない距離まで離れる方が確実ではある。
「撤退だ。テニア、どこに行けばいい?」
「とりあえずここを離れよう!」
「意外と後先考えてねーな、お前!」
「それをステラに言われたくなかった!」
心底嫌そうなテニア。
その言われよう、地味に傷つく。
「追手のかかりそうにないところに逃げるのが、今のところはいいんじゃないかにゃ?」
「そりゃそうだ。よーしテニア、案内しろ」
「はいよ」
明後日の方向に降り注ぐ矢を無視して、
荒れ狂う海を踏破すべくクラーケンの頭を叩いて命令。
隣のファナが何か言いたそうな顔をしていたが、今のところは無視することに。
成り行き上、仕方なかったとは思うものの……
――メンドクサイことになったかもしれねぇ。




