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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第23話 急転 その2


「た、隊長、我々だけでは……」


「増援、増援はまだか―――ッ!」


 衛兵が槍を両手で構えながら叫ぶ。

 周囲には血まみれになった物言わぬ同僚たち。

 頭や手足、胴体のどこかしらが砕け、

 この世と既に分かたれてしまった仲間。

 残った連中も、すぐ彼らの後を追うことになるだろう。


――騒々しい連中だな。


 配下の方が裂帛の気合を込めて突き出した槍は、


「グオッ」


 巨大熊の腕の一振りでからめとられ、

 バランスを崩した衛兵が足をもつれさせて転がる。


「やっちまえ!」


「ひ、ひぃぃ―――!」


 ほのかに燐光を放つ暖かい毛皮に跨りながら叫ぶと、

 熊は嬉しそうに歩みを進め――


「や、止めろ、助け……うぎ」


 頬を張られた勢いで首があらぬ方向に折れ曲がり、沈黙。


「この……魔女め」


 残された隊長が、ありったけの憎悪を込めて唾を吐き、抜剣。


「ここは、絶対に――」


「そういうのは別にいいよ」


 通さんぞ、とでも続けようとしたのだろうか。

 最後まで言葉を吐くことなく、熊のタックルを食らって壁に激突。

 ごきりという音に奇妙な水音が混じり、血飛沫が飛ぶ。

 辛うじてピクピクと動いていた両手の指は、

 蹲った身体に何度となく熊と壁に挟まれているうちに硬直。


「さて、これであらかた片付いたかな」


 ヘルハウンドの背中を撫で、あたりの様子をうかがう。

 召喚したのはヘルハウンドとビッグベア。

 相手の戦力が今一つよくわからなかったので豪勢に行くことにした。


 冥界の猟犬ことヘルハウンドは久々の召喚。

 水気に弱い魔物だが、屋内で使う分には問題ない。

 南海諸島に来てから出番がなかった猟犬は、

 嬉しそうに兵士の首を咥えて引きずっている。


「ふっふーん、邪魔する奴らは皆殺しだぜ!」


「ばうっ!」


 牢屋周りの掃除を終えて、上階を目指そうとしたその時、


「ガウッ」


 兵士を齧っていたヘルハウンドが身を震わせつつ戦闘態勢に移行。

 少し遅れて熊も、階段の方に向かって身を低める。

 上への階段の奥は暗がりになっているせいで、

 オレの目ではその先を確認することはできないが、

 似たような状況はアールスですでに体験済み。


「おい、そこにいる奴。隠れてないで出てこい!」


 回答を待つも、沈黙が続く。


「やれ」


「ぐおぉ」


 警戒しながらビッグベアに指示を下す。

 熊はそこらに転がっている死体から、

 ある程度もとの形を残したものを選んで階段に放り込む。

 すると――


「うひゃ」


 聞き覚えのある声とともに、足音を立てずに現れる影。

 全身を黒いスーツで固めたその姿は、まるで闇が実体化したかのよう。

 ほの明るい灯りに照らされた身体は、優雅な曲線を描いていて。

 長い栗色の髪を頭の後ろでまとめたその女は――


「お前、テニアか?」


「そうだよ、もう」


 いきなり死体投げつけるってひどくない?

 会うなり文句をつけてくる『海竜亭』の看板娘。

 ここに捕まってどれほどの時間が経過したのかは不明だが、

 体感では、つい昨晩に別れて以来の久々でもない再会。

 それに――


「……何しに来た?」


「何しにって、助けに来たんじゃない」


 肩をすくめて心外そうにぼやく。


「大体、ステラはどうやって牢を脱出したのさ?」


「あんなもん、縄さえ外せばどうとでもなるだろうが」


「いや、だからどうやって縄を外したの……」


「縄抜けなんてのはな、帝国じゃ嗜みみたいなもんさ」


「……へぇ……」


 あからさまに信じていない風にジト目でこちらを睨んでくるが、

 あいにくこれは本当の話。

 帝国の貴族家、それもそこそこ以上の名家では、

 男女を問わずこの手の技術は子供のうちに叩き込まれる。

 営利目的の誘拐だけじゃなく、色々トラブルがつきものだからな。

 下手をすると、冗談抜きに命にかかわるようなことがある。

 それくらいの心構えがないと、やってられない世界なのよ。


「まぁいいや。手間が省けたと思おう」


 帝国貴族の事情はともかく、

 自分の中で現実と折り合いがついたらしいテニアは、

 上に向かう階段に足を踏み入れて、


「案内するよ、ステラ」


「あ、おい……しゃーねーな」


 こちらの返事を待たずに、

 ひらひらと舞うポニーテールを残して闇に消えていった。



 ☆



 正直なところを言えば、テニアの案内は別に必要なかった。

 向かってくる敵は片っ端から熊とヘルハウンドの餌食となり、

 そのうちこちらの姿を見ただけで戦意を喪失し逃げ出す始末。


「ステラって容赦ないね……」


 拍子抜けしたらしいテニアが、

 両手の短剣を持て余し気味にくるくると回しつつ、

 何とも言葉にし難い表情を作る。


「敵に容赦してどうすんだ?」


「いや……うん……別にいいや」


 ハッキリしないテニアに指示されたとおりに道を進むと、無事出口に到達。

 コイツがいなければ、すべての部屋を漁ることになっていただろうから、

 まあ、役には立ってくれている。


「外は雨か……」


 耳を澄ますと漏れ聞こえる雨音。

 それも結構大きい。

 

――しばらく続きそうか……


 すぐに止みそうなら、屋根も休憩室もあるこの建物で、

 しばらく休憩という手もあるのだが。


「雨だと何か都合悪いの?」


「ん~、こいつがな」


 ヘルハウンドの首を撫でてやると、かすかにその巨体が震えている。

 地獄の猟犬ことヘルハウンドの大きな弱点、それが水。

 川とか海とか超苦手で、雨や嵐もからっきし。

 命令すれば無理やり外を走らせることは可能だろうが、

 それは人間を裸にひん剥いて、炎の中に突っ込ませるのと同じだ。

 オレはそんなことはしたくないし、させたくもない。


「よし、お疲れさん」


『万象の証』を取り出してヘルハウンドにかざすと、

『オン』とご機嫌な声を上げて光の中に消える。

 

「外はどうなってる?」


「う~ん、海が近いね」


「じゃあ問題ないな」


 ヘルハウンドの『証』をしまい、今度は別の『証』を取り出す。

 

「大丈夫、今のところ外には誰もいない」


 外の様子を探っていたテニアの言葉を信じて外に飛び出し、

 先導されるまま熊とともに雨の中を走る。

 しばらく進むと、誰の邪魔も入らずに海岸線に到達。

 増援がどうとか言っていたが、あれは島外からの話だったのだろうか。

 この天候では船もそう簡単には動かなかろうに。


 まあ、誰とも出会わなかったのは僥倖といってもよい。

 とは言え、見つかったらその都度ぶっ殺せばいいだけなので、

 誰にとって幸運かは意見が分かれるところだろう。


「よし、お前もお疲れさん」


 ビッグベアをねぎらい送還。

 雨を吸った砂浜に足をつけ、そして――


「記されし万象の欠片よ、我ステラ=アルハザートの声を聴け! 出でよ『クラーケン』!」


 光とともに海に浮かぶ巨大ダコが姿を現す。


「うわっ!?」


 狼狽するテニア。

 情報としては耳に入れていたはずだが、

 実物の迫力は想像を容易に上回る。

 脚まで含むと、オレ達が泊まってる『海竜亭』よりデカいからなぁ。

 なにしろ船を食っちまうくらいだし。


「ほれ、乗せてやっからさっさとしろ」


 クラーケンから延ばされた脚を体に巻き付けて、大きく膨らんだ頭部に移動。


「召喚術士、何でもアリすぎる……」


 続いて体を固定されたテニアも蛸の上に移動。

 巻きつけられた足はそのままで。


「よし、出発」


 軽く頭を叩いてやると、クラーケンは浜辺を離れ海の上へ。

 雨が降って荒れてはいるが、足に固定されたオレ達を乗せての移動は実にスムーズ。

 強いて言えば雨を防ぐマントが欲しいくらい。


「えっとステラ」


「ん?」


 しばらく海を進んだところで、テニアから声がかかる。

 強めの雨と波の音に負けないくらいの大きさで。


「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」


「言ってみろ」


「あ~その、拾ってほしい人がいるんだよね」


「誰?」


「……ファナ様」


 なんで脱獄犯に海王代理を誘拐させるのか、それがわからない。


「なあテニア」


「ダメかな?」


「いや……いいか悪いかっつーより、そもそも今はどういう状況なんだ?」


 ファナを助けるかどうかも状況次第。

 いったい何がどうなってこんなことになっているのか。

 ここからどうすればいいのか、何も分からないままに脱獄してしまったが、

 今後の展望もなく行動し続けるのは、あまりいい気がしない。

 ……いや、脱獄自体は悪い事じゃないんだけど。


『契約者よ……』


 魂の領域からエオルディアの声。

 胸の痣をトントンと叩いて、心の中で返す。


――まあ待て、その話は後な。


『……契約者がそれでよいというのならば、我は構わぬ』


 あちらもそれほど『あの件』を重視しているわけでもなさそうで、あっさりと口をつぐむ。

 そう――


『契約者を連れ去ったのは、宿の娘だ』


 エオルディアは見ていた。


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