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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第22話 急転 その1


「ん……んう?」


 南海諸島に似つかわしくない、ひんやりとした肌触りで目が覚めた。


――あれ……ここは一体?


 クロを呼ぼうとするが、猿轡(さるぐつわ)をきつく噛まされていて声が出せない。

 同時に、後ろ手に縛られていることに気付く。


 目を凝らせば真っ暗闇の先にうっすらと見える鉄格子。

 肌に伝わる冷たい石の床と小さな砂埃の感触。

 鼻につくのは潮の(かお)りとは正反対の()えた臭い。


――何だこりゃ? 牢屋みたいじゃねぇか。


 ではなく、どう見ても牢獄である。

 ブチ込まれる心当たりは数あれど、

 実際に牢屋送りになった記憶はない。


――賞金稼ぎに捕まった……わけじゃねぇよな?


 鼻で呼吸をしつつ、目を閉じて記憶の糸を手繰(たぐ)る。

 昨日は体調が戻り、ニブル島での仕事の報酬もあって懐も暖かく、

 クロとフローラの三人で久々に買い物に行った。


 オレはクラーケンに放り捨てられた杖の代わりを。

 クロはいつの間にか市場に詳しくなっていて、

 煌めく魚の間をひょいひょい駆け回って買い物を済ませていった。


 フローラとは宿の前で別れ、クロと二人で晩飯を食った。

 焼き魚をむしってクロの口に放り込みながら、

 テニアが勧めてくれたタダ酒を飲んだ。


 随分とあっさりした飲みやすい酒で、

 普段はあまり飲まないオレも結構な量を口にしたと思う。

 そして酔っぱらったクロをベッドに放り出して、自分も――


 カツン――カン――


 ふと、暗闇の彼方から足音が響いた。

 石の床を踏む硬い音。杖か何かを打ちつける音。

 うすぼんやりした灯りを伴って、

 カツン、カツンとこちらに近づいてくる。

 動くこともままならず、イモムシのように転がったまま待つこと暫し。


「フン、目が覚めたか」


 唐突に向けられた灯の光が目を焼き、

 逆光から響く野太い男の声が耳に届く。

 年のころは中年か。少なくとも十代あるいは二十代ではない。

 その人影の背は高く筋肉質で、

 身にまとう衣服は闇の中でも一目でわかる絹製の高級品。

 鉄格子を隔てて漂う強い香料の匂い。

 奇妙に(ねじ)れた杖らしきものを構えてはいるが、とても魔術士には見えない。


――杖……じゃねーな。槍か?


 南海諸島に来てからは、あまりお目にかからないタイプの人間だが、

 得物が槍だとすると、あの蒼い海王代理と被る部分もある。

 

 その男の傍に黒マントが控えている。

 フードは深く、顔は見えない。性別すら不明。

 そのありようはアールス事件の際のリデルを思わせるが――


――別人だな。


 リデル本人とここまで接近すれば、さすがに気配でわかる。

 黒マントなんて正体を隠したい奴なら珍しい格好でもなし、

 いちいち反応していては、こっちの身が保たない。


「この娘が……」


 値踏みするような視線が体中を這いまわる。

 灯りのおかげで気づいたが、こちらの衣服は下着姿。

 つまり宿で眠ったまま、ここに連れてこられたらしい。


――あれ、これはヤバくないか?


 暗い牢屋。

 偉そうな男と下着姿の少女。

 当然何も起こらないはずは――


「たとえ『竜遣い』(ドラゴンルーラー)などと呼ばれていようとも、召喚術士など口を塞いでしまえばどうということはない」


――ん? 召喚術士?


 オレが召喚術士であることは、ニブル島の一件で広く知れ渡ってしまったけれど、

 だからと言ってこんな手荒な方法で誘拐しようなどという人間は、

 南海諸島にはいないと思うのだが。

 少なくともこの国に入ってからは、悪事を働いた記憶はない。


 目の前の男の衣装は南海諸島のそれではないが、

 だからと言って大陸の人間のものとも異なる。


――誰だ、コイツ?


 目をすぼめて睨み付ける。

 ……ダメだ、全く記憶にない。

 

「なんだその眼は、不敬であるぞ!」


 こちらの視線を感じたか、男が声を荒げる。

 さして広くもない牢屋に反響する怒声がイラつかせるが、

 あいにく手が使えないので耳を塞げない。


「帝国の貴族とは言え所詮は小娘、真に高貴なるものの振る舞いが身についておらんようだ」


 どこがこの男の怒りのツボなのかよくわからなかったが、

 なんかどうでもいいところで腹を立てている模様。

『真に高貴なるもの』とか自分で言うかね、普通。

 

「我こそは、この南海諸島の真の王である。平伏せよ!」 


――この体勢でどうやって平伏しろと!?


 一瞬、自分の置かれている状況を忘れて心の中でツッコミを入れた。


――ふ~ん、コイツが王様ねぇ……


 ガキの頃とは言え、帝国の皇家とも多少の繋がりがあった身としては、

 目の前のオッサンは正直ちょっと物足りなく思えてしまう。

 見た感じは武人、いいとこどこぞの将軍と言ったところで、

 あまり一国を背負って立つ主という雰囲気ではない。

 出自と声のデカさだけで威厳が出るとか勘違いしてそうなタイプ。


「フン、聖王国から宝を強奪するような輩に最低限の礼儀を求めても無駄か」


――うん、宝を強奪?


『聖王国の宝』という言葉に心当たりがない。

 そもそもの話、流しの召喚術士風情に大国のお宝を盗むだなんて機会は訪れない。

 どこの天才怪盗だよ、それ。


「おのれの犯した罪を理解しておらんようだな?」


 こちらの理解を得られていないことに気付いたらしい海王は、とある魔物の名を口にする。


 翠竜エオルディア。

 苛立った男の口から漏れたその名。

 オレの魂に眠るエメラルドのドラゴン。

 何故ここで、自称南海諸島の王様からその話が出てくるのか。

 この国とはあまり関係ないように思えるのだが。


 目の前では黒フードがオッサンに近づいて何かを呟いている。

 その声を聴くことも、唇を読むこともできない。

 ……コイツの方が厄介な雰囲気。


「まぁよかろう。聖王国の連中に引き渡すまで、精々死なせないようにしておけ」


 不機嫌そうに命じ、顔を背け元来た道を戻っていく大男。

 慌てて後を追う黒マント。


 程なくして灯りが消え、完全に足音も消失。

 静寂、そして闇が牢屋を支配する。

 窓らしきものはなく、いまが昼か夜かもわからない。

 確信は持てないものの、この階層には誰もいない。


――んじゃ、始めるか。


「んっ……うう~、んがっ!」


 誰もいないことをよく確認してから、もぞもぞと動いて上半身を起こし、

 ゴキゴキと身体の内側から耳障りな鈍い音、そして痛み。

 左の肩が落ち、全身を縛っていた縄が緩む。

 慎重に腕を抜いて、猿轡を噛みしめたまま左肩を嵌め直し、

 しかる後に口を塞いでいた布を取る。


「ふぅ……痛って~な、もう」


『治癒』の魔術で肩を治しつつ、他の縄を順次外していく。


「ケッ、元帝国貴族舐めんなよ!」


 こちとら誘拐なんぞ日常茶飯事、

 対策だってガキの頃から叩き込まれてるっつーの!

 実際役に立つとは思ってなかったけれど。


 何事も覚えておいて損はないということを、

 ガキの頃のオレに教えてやりたくなった。


――お前の努力、無駄にならなかったぜ!


「おいっちに、さんし、ごーろくしちはちっと」


 自由になった全身の様子をチェックするために大きく伸び、

 ついで関節のストレッチ。

 とはいえ、ごく普通の人間なら、

 たとえその身が自由になろうとも、

 牢からの脱出は容易ではない。


「はい、ど~ん」


 だが、あいにくこちとら召喚術士。

 左手に光。現れる『万象の書』


「さて、どいつにしようかな~」


 持ち物チェックもなんのその。

 いつでもどこでも戦力を持ち込めるオレを、

 見張りもつけずに牢屋に閉じ込めようなんて甘い甘い。

 この程度の状況などピンチと呼ぶのも烏滸(おこ)がましい。


「フッ……くくく……ハッハッハッ、アーハッハッハッ」


『縄抜け』『治癒魔術』そして『召喚術』

 この三つの技を併せ持つステラ様は、

 齢十(よわいじゅう)にして帝都の守りを突破した記録を持つ脱出のプロ!

 本気で捕縛しておきたければ、この百倍は用意したまえ。


 しか~し、ガキの頃は逃げるだけだったが、

 成長した今なら片っ端から粉砕してやるからして、

 つまり百倍でも足らんということだよ!


――よ~し、なんかアガってきた!


『……ているか?』


――ん?


 召喚する魔物を物色しているさなか脳裏に響く、

 聞き覚えのある深みのある渋い声。


『聞こえているか、契約者よ……』


――オレを契約者呼ばわりするこの声は……


 服を脱がされて丸見えになった白い肌の胸元あたりに鎮座する竜の(あぎと)

 契約の証であるその痣を指先でトントンと叩く。


「エオルディアか?」


『いかにも』


 魂の中で眠っているはずのドラゴン、エオルディアの声。

 いちいち魂の領域を訪れなくとも、

 契約者であるオレとだけは会話が可能であるようだ。

 ……それはそれでちっと寂しい気もするが。


「おはようさん。何か用か?」


 これから脱獄してクロと合流するんで、手短によろしく。

 鼻歌交じりに答えたオレに、

 呆れるような、しかし真剣な声色で――


『よく聞くがいい契約者よ――』


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