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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第2章 南海の召喚術士
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第5話 おいでませ南海諸島 その4


「ほい、到着!」


 ファナ姫との一幕の後、ずっと無言で歩き詰めだったところにギルマン男の声。

 見上げれば、既に傾いた夕日に照らされる石造りの頑丈そうな宿。

 入り口にかかっている看板には――


「『海竜亭』?」


「おう、この国一番の宿さ!」


「『金竜亭』のパクリみたい」


 思わず素直な感想が口を付いて出てしまった。


「『金竜亭』っつーと、アールスの?」


 男の問いに頷くと、


「ハッ、こっちの方が古い!」


 アールスの『金竜亭』こそパクリだと胸を張る。

 さらに『古くはあっても古臭くはない』と付け加えた。


「まあ、そんなことはどうでもいいや」


 さっさと入ろうぜ、と返事を待つ前にドアを開けて中に入るギルマン男。

 足元のクロに視線を送ると、


「……特に怪しいところではなさそうにゃん」


「じゃあ、入るか」


 早くしろよ~と中から漏れてくる声に急かされるように、

 オレ達もまた『海竜亭』とやらに足を踏み入れる。


「ほぉ」


 中は『金竜亭』のように広くはないが、

 空間には余裕があり、外見ほどの圧迫感はない。

 ロビーの隣には食堂が設置されていて、

 もうすぐ食事時だからだろう、いい香りがそこら中に漂っている。

 まあ、中もごく普通の宿と言って差し支えなさそうだ。

 きょろきょろとあたりを見回していると、正面のカウンターから、


「やっほー、いらっしゃい」


 歴史を感じさせる木製のカウンターに肘をついてこちらに手を振る女性。

 おそらくこの宿の受付兼看板娘的な立場なのだろう。

『緑の小鹿亭』にはいなかったが、大体どの宿にも似たような女がいるものだ。


 年のころはオレより多分二つ三つ上。

 乗り出し気味の上半身から察するに背もあちらの方が高いだろう。

 栗色の髪を後ろでポニーテールにまとめ、

 南海諸島独特の露出度の高い服を身に纏っている。

 整っているが、どことなく愛嬌のある顔立ちに笑顔を浮かべ、

 そして何より――


――デケェ!


 乳が。

 乳がデカい。

 大事なことなので二回言いました。

 

――負けたな、『金竜亭』……


「どーよテニア、お二人様ごあんな~い!」


 ギルマン男がニヤニヤと鼻を伸ばしながらテニアと呼ばれた受付に話しかける。

 視線が胸に集中しているのは悲しい男のサガということにしておこう。

 ……エロが種族を超越する瞬間を見てしまった。


「そうだねぇ」


 男を適当にあしらいつつテニアがこちらに向き直り、宿の説明に入る。

 宿泊料は『緑の小鹿亭』とほとんど同じだが、こちらは食事が別料金。

 ……特に問題はない。

 あちらが安すぎただけで、これくらいが一般的な代金だろうという範囲内。


「ちっちゃいネコ君は同じ部屋で構わない?」


「料金はどうなる?」


「あははっ、一部屋分でいいよ」


――悪くないな。


 屈み込んで、クロの意見を伺う。


「ここに決めちまっていいか?」


「とりあえず今日はここでいいんではないかにゃ?」


 色々あって疲れたし、さっさと飯を食って休みたい。

 仕事の方についてはまだ確認できてないが、

 これは実際に受けてみないと分からないし、

 気に入らなければ改めて宿を探せばいいだろう。


「ああ、とりあえず一日……いや三日ほど部屋を借りたい」


「まいどあり。サービスするから、期待しててね!」


 えっと……

 言いよどむようなテニアの仕草に、まだこちらが名乗っていなかったことを思い出す。


「オレはポラリス。こいつはクロ」


「ポラリスちゃんにクロ君だね。よろしく」


 満面の笑顔を浮かべるテニア。

 そして何故か喜ぶギルマン男。


「そ、それじゃテニア、これで――」


「うん、貸しはチャラってことで」


 またよろしく~と手を振るテニアに鼻の下を伸ばしたまま、男は宿を立ち去った。


「なぁ」


「ん?」


「貸しって何か聞いていい?」


「ギャンブル」


 素っ裸になるまでひん剥いてやったら、どうやっても返せないって泣きつかれたんで、

 客引きしてくれた分で差し引きにしてあげてるの、だと。


「ほぅ」


 あの男はオレ達からは金をとらないが、テニアへの借りが返せてハッピーというわけだ。


「……これで六回目だったかな?」


 常習犯か。またやりそうだな。


「何回やっても勝てないと思うけどねぇ」


 ニヤニヤ笑いながら胸元の布を弄る。

 表情はいたずら小僧のようでいて、どこか蠱惑的。


「ギャンブルってのは怖ーな」


「同感だね」


 互いに顔を見合わせてハハハと笑う。

 うん、昼間にあったファナ姫とは違い、コイツとは気が合いそうだ。


「んじゃ、これ」


 棚から鍵を取り出してこちらに手渡す。

 少し古びた鉄の鍵。


「部屋は二階の奥。晩ご飯は荷物を置いてからね」


「了解」


 

 ☆



 用意された部屋は、『緑の小鹿亭』とあまり変わらず。

 想像していたよりも清潔だったので一安心。

 荷物を置いて受付に戻ると、そのまま食堂に通される。


 食堂は真ん中に大きなテーブル、端にいくつかの小テーブル。

 部屋数の割には飯を食っている人数は多く、

 その大半は、同業者というよりも漁師や水夫と言った海関係の人間の模様。

 一様に日に焼けた逞しい身体を薄着で覆い、酒だ飯だ博打だと活気にあふれている。


「開いてるとこ座っててね」


 足音をさせず、いつの間にか背後にいたテニア。

 両手に料理の皿が乗った木製のプレートを一枚ずつ掲げている。

 促されるままに中央テーブルの空いた席にクロと座ると、すぐさまテニアがやってくる。


「今日はパンと特製スープだよ。お酒は?」


「麦」


「麦酒にゃ」 


 あいよ、麦酒二丁いただきました!

 元気よく答えるテニアの声は、ガヤガヤうるさい食堂内にきれいに通る。


「おかわりと他の料理は別料金。素材持ち込みも可」


 そっちもよろしく!

 言いおいて早々に厨房に引っ込んでいく。


「持ち込みねぇ」


「そう言うのもあるのかニャ」


「おうよ、何つってもここは魚が美味い」


 隣に座っていた漁師のオッサンが割り込んでくる。

 

「魚!」


 目をキラキラと輝かせるクロ。

 長い髭も上下にユラユラ。ずいぶんと興奮しているよう。

 オッサンはジョッキをテーブルに叩きつけ力説する。


「そう、大きい奴からちんまいのまで、ココに来たなら魚を食わなきゃ意味がねぇ」


「さかな、魚、サカナ!」


 左右からさかなさかなの大合唱。

 オッサンはともかく、クロはまだ酒が入ってないのに。

 思えば船内でずっと苦しんでいた分のストレスが溜まっていたのかもしれない。

 ハッキリ言ってうるさいけれど、水を注すのも悪い気がする。


「はい、おまちどうさま」


 再び音もなく現れたテニアが、大ジョッキふたつとパン皿二枚、

 そして深皿にたっぷり注がれた真っ赤なスープをオレ達の前に置く。

 無言でジョッキをこちらに押し付けるクロ。

 まずは自分の、そしてクロのジョッキに『氷結』の魔術を唱え、

 麦酒を冷え冷えに。


「それじゃ、とりあえずお疲れ様」


「乾杯にゃ!」


「おう、乾杯!」


 互いのジョッキを打ち鳴らし、冷えた麦酒を喉に流し込む。


「かーっ、きたこれ!」


「うーん、久々の一杯ニャ!」


 爽快なのど越しと微かな苦味。

 暑い気候に熱気あふれる食堂で、この冷たい快感は犯罪的だ。

 しかも長い船旅の間は飲むこともできなかった分、久々の酒は格別に利く。


「お姉さんおかわりにゃ!」


「おや、ネコ君は随分やるねぇ」


 そっちはどうすんのと目で問われて、こちらは首を横に振る。

 じゃ次持ってくるね。

 クロの頭を一撫でして、他の注文を聞いて回るテニア。


「は~いお触り禁止!」


「カードはまた後でね」


「ほら、ちょっとそっち詰めて」


 荒々しい男たちの中を慣れた様子で泳ぎ回る軽装の美少女。

 後ろで束ねた髪とか、他に何処とは言わないけれど実に躍動的な動きに思わず目を奪われる。


「ご主人?」


「な、なんでもねーよ」

 

 さ、スープいただくぞ。

 誤魔化すように咳払いしつつ匙を取り上げ、赤みがかったスープを掬う。


――ものすごく辛そうだが、大丈夫か?


 鼻をゆっくり近づけてみると、どうも酸味が勝っている模様。

 はて、とそのまま口に放り込んでみると、これが――


「うまっ」


「にゃ――!」


 美味い。

 トマトベースの野菜の味と、その底にうねる独特の魚の旨味が手に手を取って喉を通り抜ける。

 煮込まれた野菜は柔らかく、分量こそ少ないものの魚の身はほろほろと崩れ、思わず何度も匙を口に運んでしまう。

 気が付けば、スープは空になっておりパンだけが残されている。


「やべ、何これ」


 無意識のうちに声が出てしまい、慌てて口を抑える。


「『海竜亭』自慢の海鮮野菜スープ、楽しんでいただけたかにゃ~」


 背後からのテニアの声はからかい半分で。

 横を見ればうっとりとした表情でクロも椀を空けている。


「……ああ、めっちゃ美味かった」


 おかわり頼むわ。

 そう言うと我に返ったクロが『吾輩も』と手を挙げる。


「は~い、スープ二丁追加!」


 テニアが戻ってくるまでの間に、パンをちぎって口の中に入れていると、


「どうよ、海の味は?」


「最高ニャ!」


 漁師のオッサンとクロがすっかり意気投合している。


――すまねぇ。


 心の中で『緑の小鹿亭』のおやっさんに詫びを入れる。

 恩人に拾われて腹に詰め込んだ命の味。

 あのスープこそ一番美味いと今日まで思ってきたけれど、


――ここのスープ、うめぇわ……


 なんか、泣きそう。

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