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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第33話 対決、伝承の魔物 その4

 リデルによるゴブリンの襲撃から始まった、

 アールスの街を突如襲った災禍は、今や最終段階を迎えている。

 奇しくもその名を取った『金竜亭』跡地に陣取っている最強の魔物、ドラゴン。

 輝く緑色の鱗に覆われた伝説の存在。


 これに対するアールスの人間連合。

 しかし翠竜エオルディアとの力の差は歴然で、竜の息吹ひとつで幾つもの人間の命の火が消える。

 エオルディアは鋭い爪、巨大な腕そして長い尻尾を振りかざし、迂闊に近づくことすら許さない。


 広場を大きく迂回していた斥候組にも容赦なく火炎弾が降り注ぐ。

 いったいどこに目をつけているのか、この魔物、おおよそ隙というものが見当たらない。

 幸い建物が邪魔になって直撃こそしていないものの、

 クライトス救出のために当初想定されていた行程を進むことは叶わず、時間だけが過ぎていく。


 そして――


「クソッ、間に合わねぇ!」


「ポラリス!?」


 エオルディアの翠の鱗を覆っていた禍々しい赤の光が激しく明滅し、いまにも消えようとしている。

 召喚術を修める者のみが目にすることができるその光。

 かつて竜の全身を縛り苛んでいた輝きは、鱗の内側から発する緑光の鼓動によって引き裂かれそう。

 赤い縛鎖の消失は、神話にすら謳われた最強の魔物の完全復活を意味する。


「ドラゴンのせいで、斥候連中が『金竜亭』にたどり着けねぇ」


 でかい図体に似合わずなかなか細かい野郎だ。

 先ほどから時々前衛組を無視してそこらに火炎を放り、周囲をけん制していやがる。

 いったいどれほどの経験を持ち合わせているのか、かなりの戦闘巧者だ。


 ぎゅっと抱きしめられていたアニタの両手を強引に引きはがし、

 口から垂れた魔法薬を袖で拭う。

 ドラゴンの挙動を、破滅の予兆を見逃さないように。


「……オレも囮に回る」


「ポラリス!」


 大きく深呼吸を一つ、傍に控えていたグリフォンの首筋を撫でる。

 一枚の証から召喚できる魔物は一日一匹。

 一枚の証から召喚できる回数は一日一回。

 手持ちの魔物で空が飛べる奴がコイツしかいない以上、

 ドラゴン相手に囮を務めるには、とことん付き合ってもらうしかない。


――勝手な話だ。


 右手を通してグリフォンの身体から震えが伝わってくる。

 鷲の頭と翼、そして獅子の身体を持つこの魔物は、人間と会話はできなくとも確かな知性が存在する。

 だから言われるまでもなく状況を理解しているし、召喚者であるオレが次に命ずることも察している。


――オレが呼ばなければ、コイツはこんな空を舞う必要なんてなかった。


 伝説の魔物との空中戦。

 それは人間の社会にあっては強豪とされるグリフォンにとってもあまりに理不尽。

 あの森ですべてを諦めたサーベルタイガーの姿が脳裏にちらつく。

 奴とグリフォンならグリフォンの方が格は上だが、

 ドラゴンを前にすればその差はあまりにも微々たるもの。


 戦えば死、逆らえば死、そして逃げることすらままならず死。

 だからこそ、オレは命じなければならない。


 召喚術士であるオレの懇願は、魔物にとっては事実上の命令。

 逆らうことなど許されない最優先事項してその身を縛る。

 ゆえにオレは、使役する魔物に懇願してはならない。


 召喚術士の懇願に応える魔物。

 傍から見れば美談に見えるその一幕は、

 真実を知る者から見ればただの茶番なのだから。

 オレは、そこまで恥知らずにはなりたくない。


「行くぞ」


「ぐるるるる」


 鷲獅子は首を垂れて主であるこの身を背に乗せ、彼方で身じろぎする緑の巨体に視線を送る。


「ポラリス!」


「作戦どおりだろ。最後はオレが決めるにしても、近くにいた方が都合がいい」


「で、でも!」


 なおも言い募るアニタをその場に置き去りにして、黒煙立つ空に舞い上がる。

 作戦どおりではないが、作戦どおりというしかない。

 クライトスの救出は難航、エオルディアのダメージは軽微。

 このままここで待ち続けることはできない。


――戦えば死ぬ。こんなのはまともじゃない。


 頭のどこかでもう一人のオレが大声で叫んでいる。

 このまま反転してどこかへ逃げれば、万が一とは言え生き残る機会があると。

 しかし、その選択肢は却下だ。


『本当に大切なたった一つのものを手に入れるために、他の全てを平気で捨てることができる』


 リデルの言葉が思い出される。


「オレは……お前とは違う」


 声に出しても震えが止まらない。

 呼吸は浅く、視界が歪む。


「ご主人!」


 いつの間にか再びオレの腰に貼りついたクロの声。


「……お前、付いて来るのか?」


「愚問にゃ」


 何故クロはここまで躊躇いなく前を向くことができるのだろう。

 ふと疑問が頭をよぎったが、あえて問うことはしない。

 今は、その勇気と姿勢だけを借りる。


「行くぞ! 気ぃ引き締めろ!」


「応ニャ」


「ぐるるるるぅ!」



 ☆



「でけぇ……」


 グリフォンの背に乗って空から改めて観察した第一印象。

 地上から見上げても巨大だったその身体、

 空中からその全身を周りの瓦礫と比べてみれば一目瞭然。


「正面からやりあうなんて、正気じゃない」


 今更過ぎる感想に、我がことながらため息が出る。

 そのフレーズが脳裏に浮かび上がるのと、

 閉じられていたドラゴンの口から炎があふれ出したのがほぼ同時。

 狙いはモロにこちら。


「うおっ、か、回避、回避ッ!!」


 グリフォンの背を叩き声を枯らして叫ぶ。

 鷲獅子が器用に飛行ルートを変更し、

 先ほどまでオレ達が飛んでいた道の先に灼熱の槍が撃ち放たれる。

 ギリギリで回避に成功した炎の根元、竜の瞳に宿る光。

 命令されたものではなく、自らの確かな意志をもって放たれた吐息だ。


 これまでで最大の咆哮とともに叩きつけられる殺意。

 さらに合わせて三連の火球が吐き出され、

 グリフォンはその持ち前の機動力で、触れれば必死の炎を回避し続ける。

 行き場を失った火の玉が街の建物を吹き飛ばすが、そこまで気を回している余裕などない。


「ははは……い、意外と死なないもんだな」


 引き攣った笑みを浮かべながら、慄くグリフォンの背を撫でる。

 オレは何にもしていない。全部コイツの功績だ。

 エオルディアの気をこちらに引きつければ、

 ほんの少しでも地上組の生存率は高まるしクライトスの救出の一助にもなろう。

 そう考えての作戦繰り上げだが、これは想像以上の難易度。

 いつまで逃げ切れるか分かったもんじゃない。


「これが終わったらうまいもん食わせてやっからな」


「ぐるるるるぅ」


 口にしたオレも、耳にしたグリフォンもまるで信じていないであろうその言葉。

 完膚なきまでにでたらめで、まさしく空元気としか言いようがないけれど。


「だからこの戦い、絶対勝つ!」


「にゃ!」


 戦いは、心が折れたら負けだ。

 それぐらいのことはお互いに理解している。

 たとえ伝説に詠われる最強の生命体であろうとも、

 不老不死でもなければ、絶対無敵というわけでもない。


 現にかつてクライトスの実家によって封印されたことがあるのだ。

 昔の人間にできて、今のオレ達にできないなんてことはない。


 必要なのは、勇気。

 最後まであきらめない執念。

 絶対に勝つという強い意思の力こそが、

 魔術に限らず召喚術に限らず、希望を照らす一手になる。


 聖典に曰く神から『万象の書』を最初に受け取った人々だって、

 きっとそうやって戦ってきたに違いない。

 その集大成が、いまこの瞬間。

 なればこそ――


「負けられない、負けられないんだ!」


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