第34話 対決、伝承の魔物 その5
「囮はこっちで受け持つから、お前らは撤退しろ!」
空中でドラゴンの火球を躱しながら絶叫。
しかし何度呼び掛けても、地上の連中はこちらの言うことなど聞きはしない。
「けっ、そうはいくかい!」
「的はひとつでも多い方がいいんじゃないかな?」
「一人で調子に乗ってんじゃねぇよ!」
誰一人として、この戦場から引き揚げようとせず果敢にエオルディアに向かっていく。
「バカ、このバカ! 死ぬ気か!!」
数多の修羅場を乗り越えてきた腕利きといえども、今回は相手が悪すぎる。
回避を図るもの、魔術で障壁を展開するもの。
それぞれが思い思いの方策で竜に対応を試みる。
しかし、その全てが常に成功するわけではない。
「あぁ、うわぁ~~~~ッ!」
爆炎とともに姿を消す一団がいる。
爪に引き裂かれて無残な屍を晒す者もいる。
丸太のような尻尾に薙ぎ払われて吹き飛ばされる奴がいる。
「クソ……あの野郎、なんで動かねぇんだ!」
――これじゃ、救出部隊が近寄れねぇ。
オレにしても空中で距離を取っているから回避できているのであって、
迂闊に近づいたら、たちまち炎にまかれてこの世とお別れすることになりそうだ。
だが、この間合いでは――
「……打つ手がない」
召喚術を除けば、オレの魔術師としての力量はごく一般的な人間の範囲に留まる。
つまりドラゴン相手に傷を負わせるほどの技がない。
奴の気を引くにしても、ロクにダメージを与えられる手段がないと、
さっさと見切られて無視されてしまうだろう。
左手に携える『万象の書』の頁をめくる。
既に召喚されているのはヘルハウンドとグリフォン。
そしてリデルにぶちまけたスライムの証は灰色に変色している。
……他にあのドラゴンとやり合えるような大物は見当たらない。
――普通に戦ってたらダメだ!
色とりどりの頁を皿のように『証』を凝視する。
魔術の基本は等価交換。
消費する魔力と発動する効果は同一とされ、この法則は召喚術にも適用される。
だけど、これはあくまで基本原則。
魔術としては等価であっても、物理現象としてはこの法則は適用されない場合がある。
一枚一枚では及ばなくても、複数の『証』を併用することで、
より強大な効果を得る手段というのは存在する。
「相手がドラゴンってのがなぁ、チクショー」
グリフォンにしがみついて竜の吐息を逃れながらぼやく。
使えそうな技ぐらいは常日頃から考えている。
ゴブリンに自爆魔術をかけて突っ込ませるとか、
細かい虫を大量に召喚してターゲットにまとわりつかせてから火を放つとか。
これらの手管は普通の魔物が相手なら有効なのだ。
残念ながら強大に過ぎるドラゴン相手では効果が薄い。
堅牢な防御と圧倒的な大火力、そのシンプルな組み合わせ。
強いものが勝つというわかりやすい回答例そのものの存在。
――あんなのと戦うなんて想定外なんだよ。
奥歯が割れかねないほどに歯ぎしりしつつ、改めて翠竜エオルディアに視線を送る。
巨大な体躯に鉄壁の装甲。
強靭な四肢に鋭利な爪。
同じく鋭い牙に覆われた口は、炎の発射口でもある。
そして長くしなやかな尾は、規格外の威力を誇る鞭となって破壊の嵐を巻き起こす。
攻撃、防御の手段がすべて無理なく無駄なくまとまっている。
あれだけの戦力を整えているのなら、下手な小細工など打たず力に任せて押し切るのが正道。
オレだって同じ条件ならそうする。
わざわざ無駄に敵手の意表を突く作戦なんて必要ない。
変に色気を出そうとすれば、足元をすくわれるもの。
策士策に溺れるなんて言葉を知ってるのかどうかは定かでないが、
少なくとも、あのドラゴンはそこまで愚かではない。
――このまま戦い続けても勝ち筋が見えねぇ。
『万象の書』から無地の『証』を引き抜き、じっと見つめる。
アニタが語り、みなが納得した最後の切り札。
それがオレ、そして召喚術。
ギリギリまで削り、奴を消耗させたところでコイツを仕掛けて奴を支配下に置く。
だが――
迷っている間にも状況は刻一刻と変化し続ける。
翠竜の内側に溜め込まれた膨大な魔力が脈動し、
奴を拘束していた最後の綱が引き千切られる。
「うォッ!」
誰の目にも瞭然な魔力爆発と、ひときわ大きく天に向けて吠えるその姿。
召喚術士でなくとも、その場にいる誰もが理解した。
翠竜エオルディアが、自由を取り戻した!
――クライトスの方は間に合わなかったか……
救援部隊を責める気にはならない。
元から部の悪い賭けであったのだから。
――やるしかない……
手に握る無地の『証』を凝視し、唾をのむ。
「ご主人……」
大量の劇苦回復薬のおかげで十分な魔力を取り戻すことはできたが、
それでも奴に召喚術が効くかどうかは定かでない。
そして、失敗すればこちらにはもはや打つ手がない。
文字どおりの、最後の切り札。
タイミングを間違えればすべてが終わる。
いま戦っている同業者たちだけでなく、
この街の全ての命の行方が、オレの双肩にかかっている。
「ハアッ……ハアッ……」
喉が渇く。目眩がする。おかしな汗が止まらない。
呼吸が荒くなり、頭痛が止まらない。
「ハァ……、ふぅ……」
生まれてこの方十五年。
自分の命を賭けたことは一度や二度ではないけれど、
他人の命、しかもこれほど多くの命を賭けたことは一度もない。
なんで、オレがこんな目に――
「ご主人、しっかりするニャ!」
背後からクロが叱咤する。
もはや賽は投げられた。
多くの人間が、この作戦に賭けている。
あのとき、オレが了承したから戦いは始まったのだ。
今更なかったことになんて、できない。
「お、おう。やってやる。やってやるぞ!」
正気に戻って大きく深呼吸。
跨っているグリフォンの首筋を軽くたたいて、
もっと接近するように命を下す。
近づけば撃墜リスクは高くなるが、
近づかなければ『万象の書』の効果範囲に入れない。
鷲獅子はオレの希望どおりに空を駆け、
みるみる内にドラゴンとの間合いを詰めてゆく。
ときおり放たれる炎を、ギリギリ回避しながら可能な限り直線で。
グリフォンはオレのせいで、この作戦に命を賭けさせられているのだ。
主であるオレだけが弱気になってどうする!
「あと少し、もう少し……」
『証』を右手に握りしめ、風圧に吹き飛ばされないようにグリフォンにしがみついて、
こちらの間合いに入る瞬間を待つ。
『金竜亭』跡地を背後に仁王立ちするドラゴンの姿が見る見る間に近づいてくる。
爛々と燃える瞳、牙をギラギラ光らせる口、その奥の炎。
ひとつひとつが凄まじい殺意を持ってオレ達を待ち構えている。
――あとはタイミング、先制勝負だ!
肌に感じる焼け野原となったアールスの悲鳴。
耳元でうるさい風の叫び声。
時間が限りなく引き伸ばされていく感覚の中で、
背中に感じるクロのぬくもりが現実を感じさせてくれる。
気が付けば、もうエオルディアの姿は間近に迫っていて――
――3……2……1……今っ!
「万象の繰り手たる我、ステラ=アルハザートが声を聴け! 汝の全てを我に捧げよ!」
通常の召喚術とは異なり、契約の際には真の名を告げなければならない。
本来ならばこんなところで名乗るべきではないのだが、
事ここに至っては、そんなことは言っていられない。
右手を天につき上げて、
詠唱とともに赤い光を放つ『証』を掲げる。
「その身、その力、その魂を!」
広がる輝きは収束し、一条の光となってドラゴンに向けて放たれる。
――届け、届け、とどけぇッ!!
「さあ、オレに従え翠竜エオルディアッ!」
状況を察した翠竜が、己に向かって伸びる光を避けるように後退するも、
背後にはアールス下街最大の建造物たる『金竜亭』の瓦礫が立ちふさがる。
慌てて翼を広げても、今更飛んで逃げる余裕はない。
『GUAAAAOOOOOOOO!』
その巨体は禍々しい赤光に飲み込まれ、苦悶と憤怒の咆哮を放つ。
怒涛の様に降り注ぐ光は、その形を鎖に替えて巨体のそこかしこに絡みつく。
一重、二重と束縛を強め、深緑の外皮を無慈悲な赤で覆いつくす。
長らく封印され、使役されてきた記憶がよみがえったのか。
口から迸る叫びは、これまでのどの声よりも強大で、
どの声よりも切迫して、どの声よりも悲痛に塗れていて。
「行け、行けぇ~ッ!!」
赤い光の繭がオレの意思に応じてその輝きを増す。
エオルディアはもはや身動き一つとることもできず。
「オレの、言うこと、聞きやがれッ!!」
残された魔力を振り絞って命ずるオレの声に応じ、
アールス最大の危機の中心点、
翠竜エオルディアを覆っていた赤の光芒が爆発した。
みなさま、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
今年の更新はこれで最後となります。
来年の予定については、明日活動報告を上げる予定です。
寝過ごしたり、忘れてたら……ごめんなさい!
それではみなさん、よいお年を!




