表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
30/128

第29話 アールスの戦い その5


「な、何で……」


 なんでリデルが街を襲うのか?

 なんでハーフエルフのリデルが『万象の書』を持つ召喚術士なのか?

 なんで……


 突然現れた衝撃的な光景に、しばしの間絶句する。


「質問には答えられない」


 人違いだと思いたかった。

 でも、その不愛想な声はオレのよく知る声で。

 その瞳も……髪も……仕草のひとつひとつも、すべて俺のよく知る姿で。


「リデル、どうして……」


「ボクが召喚術士であることが、そんなに不思議?」


 軽く首をかしげるリデル。

 それは、だって……

 聖典に曰く『万象の書』は、神が人間種族に与えた力のはず。

 他種族の召喚術士なんて聞いたことがない。

 

――いや、待てよ。ハーフエルフは人間にカウントされるってことか!


 人間の血が混ざっていれば人間。だから『万象の書』持ちとして生まれる可能性はある。

 単に今まで事例がなかったというだけで。


 いや、混血児とりわけ人間とエルフの間に産まれるハーフエルフは、

 寿命の違いにより人間社会からは弾き出され、

 他種族を見下しがちなエルフの社会からもはじき出される。


 元から『万象の書』持ちのハーフエルフは存在していたけれども、

 報告されることなく早々に始末されてしまっていたのかもしれない。


「伝え聞いたことをそのまま信じるのは、とても危険」


 オレに色々教えてくれた親切な声で、また一つオレの間違いを指摘してくるリデル。

 その言葉の真偽を確かめている余裕は、ない。


「……どうしてアールスの街を焼くんだ?」


 身体の痺れが取れたので、グリフォンに頼んで屋根に降ろしてもらう。

 鷲獅子は空中に待機。空を飛んでる間にあの雷光を食らったら墜落必至。

 さすがにまとめて落ちてはシャレにならない。


「そんなこと聞いてどうするの?」


「……止めるに、決まってんだろうがよぉ!」


 右手を腰に。

 差されているのは、護身用の短剣。

 魔術があるからいらないと言ったオレに、

 念のために持っておくよう諭してくれたのはリデルだ。


 こちらの姿に何を思ったのか、リデルが言葉を紡ぐ。


「……ポラリス、ボクたちはとても良く似ているね」


「何ッ?」


「本当に大切なたった一つのものを手に入れるために――他の全てを平気で捨てることができるッ」


 雷光ではなく魔剣そのもので切りかかるリデル。

 腰の短剣を抜いて、受ける。

 耳障りな音を立てて鍔競り合い。

 互いの力と力が拮抗し、刃が――身体が震える。


 ギリギリまで接近した顔と顔。

 リデルの唇から零れ落ちる言葉。


「君は過去を、ボクは家族を」


「んなろうッ!」


 元々体術に自信があるほうではないし、

 短剣はあっても護身用にすらまともに使えないほどの腕前。

 たった今、刃を受けることができているのは、本当の偶然に過ぎないし、

 そんなことはオレに諸事を教えてくれたリデルが一番よく知っている。


――引いたらやられる。でも!


 無理やり押し返そうとしたところを、急に体を引かれて倒れ込みそうになる。

 そこに、膝。


「ぐふっ」


 腹に一撃貰って、しかし無理やり体を横倒しにして上からの刃を躱す。

 そのまま屋根の上を転がりまわって、辛うじて間合いを外す。


『舞え、風の精霊よ』


 精霊術。

 世界に遍在する精霊に言葉と魔力を与えて力となす業。

 理によって世界を改変する魔術とは異なり、

 精霊の意思が介在するため効果は不安定になりがちだが、

 指示を出した後の行動の自由度で魔術に勝る。

 エルフやハーフエルフといった妖精種が持つ力。


 風の精霊たちが不可視の拳となって、オレの身体を打ち据える。


「オレ達を家族と呼ぶその口で、オレ達を殺すのか、リデル!」


「そうだよ。君だってできるはずだ」


「違う、オレはそんなことはしない!!」


 リデルが再び短剣を振りかざし、こちらは止む無く受ける。

 体格に優れるリデルは、刃を通して体重をかけてくる。


「そう来るってんなら!」


 短剣を構えていた手の力を抜く。

 カランと音を立てて落ちる短剣、僅かに前のめりになるリデル。

 未だ力の戻らぬ左手に精神を集中し、宙に浮いたその右手首を取る。

 身体を回転させて内に入り、右手で相手の右腕を取る。

 軽く膝を利かせながら左手を引き、腰を跳ね上げる!


――たとえ身体が覚えてなくたって……


「オレの魂はさぁッ!」


 こちらの小さな身体の上で一回転し、受け身を取れないまま屋根に叩きつけられるリデル。


「カハァッ!」


 落下の衝撃で硬直する身体に圧し掛かり、

 両手を押さえて覆いかぶさる。

 そして――


「く、『雷き――」


「させるかッ」


 魔剣の雷を止めるために口をふさがなければならない。

 しかしこちらの両腕は使えない。

 残るは――


「う……ウムッ」


「むぅ……」


 リデルの整った顔にこちらも顔を近づけ、そして――唇と唇。

 互いに息もできないまま、時間が止まる。


「……っう!」


 口中を刺す激痛。


「子供が、大人の真似をするッ!」


 腹に衝撃。脚を畳んだリデルに蹴りを貰って吹っ飛ばされる。

 口の端からしたたり落ちる命の液体。


 初めてのキスは、熱い血の味がした。


「……あんな技、教えた覚えがない」


「だろうな。さっきのが初お披露目さ」


 警戒を露わにするリデルに精一杯強がってみせる。

 不利とわかっていても、弱みを見せるわけにはいかない。

 基本的な身体能力で劣るこちらは、切り札を一枚切るたびに追い込まれていく。

 

――クソッ、これはマジでヤバいぞ!


「ご主人!」


 声とともにリデルが大きく横に飛び去る。

 ホブゴブリンを短時間で殲滅したクロが、

 死角となる背後から飛び蹴りを繰り出してくれた。

 奇襲を回避し、距離を取るリデル。

 さすがに感嘆した面持ちで、


「……これは予想外。クロ君は本当にやる」


 リデルもまた、口から流れ落ちる血を拭いながら。


「互いに耳と酒を酌み交わした仲にゃが」


 やりすぎてしまうかもしれんニャ。

 戦闘態勢のまま、厳しい口調でリデルを睨むクロ。

 赤いマフラーを激しく風になびかせて、その小柄な体の内に秘めた戦意を物語っているよう。

 しかし――そこに爆音。


「にゃ!?」


「……ここまでかな」


 街の中央からふらふらと飛んできた炎の塊が、近くの民家に当たって爆発。

 緊張させていた身体を弛緩させ、立ち去ろうとするリデル。


「ま、待て!」


「待たない。君は一体どうしたいんだい?」


 ボクを捕えたいのか。

 それとも街を守りたいのか。


「そ、それは……」


 問いに、逡巡した。

 その隙を逃すことなく、リデルはマントから取り出した煙玉を叩きつけ姿をくらます。

 咄嗟の煙幕に反応が遅れ、煙が晴れたころにはもうリデルの姿はなかった。


「ご主人、いいのかニャ?」


――追うか?


 リデルが先ほどまでいた屋根を凝視し、そして自問する。

 リデルこそが今回アールスの街を陥れた主犯。

 街を襲い、みんなを一家を苦しめた許しがたい敵。


――あと少し遅ければ、『緑の小鹿亭』は、みんなは……


 戦いの狂熱が去って、最初に襲いかかってきたのは困惑。

 次第に裏切られたという思いが胸に溢れ、目の前が赤く暗い激情に燃える。


 頭を覆う、重く熱い怒りに魂まで灼かれそうになる。

 奥歯が割れそうなほど、ギリギリと噛みしめる歯の痛みが、殺意を倍増させる。


――チクショー! リデル……何でだ!?


 しかし……それでも、残った僅かな理性が呼びかける。


 今は追えない。


 召喚術士であるリデルを抑えても、アイツはゴブリンを送還しない。

 それに事ここに至っては、もはやゴブリンは問題にならない。

 アールス市民街の中央区画から襲い来る爆発が、それを物語っている。


 激情を飲み込み、結論を下す。


「……今はリデルのことは置こう」


 誰にもしゃべるなよ。

 そうクロに口止めすると、『分かったニャ』と素直な返事が戻ってくる。

 敵対者には容赦がないクロも、リデルの件には思うところがあるのだろう。


『本当に大切なたった一つのものを手に入れるために、他の全てを平気で捨てることができる』


 リデルの言葉が脳裏に蘇り、首を振って頭の中から追い出す。


「オレは……お前とは違う……」


 戦場の周りを飛んでいたグリフォンを呼び寄せ、軽く首筋を撫でる。


「悪いんだけど、あっちに向かってくれないか?」


「クェェェ~~~!!」


 指さした先は燃え上がる街のど真ん中。

 猛烈に嫌がるグリフォン。

 ……いや、オレもできれば見なかったことにしたいけど。

 このまま放っておけば、助けたおやっさんたちも、生き残った街の住人も残らず消し炭にされてしまう。

 

「終わったらご褒美やるから、な?」


「くぇぇ」


 諦めたように首を垂れ、オレ達二人を乗せて指示どおりの方向に向かってくれるグリフォン。

 頭をなでてやると、気のせいか、鋭いはずの鷲頭の瞳は潤み、

 どこか先ほどのパメラの瞳を思い出させる。


――泣きたくなるわな、そりゃ。


 心の中で手を合わせつつも、残酷な命令を下す。

 これもまた、召喚術士の業の一つ。


 目指すべき場所、街の中心『金竜亭』周辺からひっきりなしに鳴り響く爆音。

 吹き荒れる炎と魔力の奔流が否応なしにその存在を自覚させる。


――翠竜エオルディア……ドラゴンか……


 伝承に曰く神すら恐れた恐怖の権化。

 今となってはアールス最大の危機となったその猛威、

 何とかしなければ、この街は終わる。

 痺れが収まり、『万象の書』を抱え込んだ両手に力が籠る。


――これが……最後の戦いだ。


次回「対決、伝承の魔物」始まります。

第一章ラストスパートです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ