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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第28話 アールスの戦い その4

 グリフォンに跨り再び空へ上がったことに、確信めいた意思はなかった。

 中空にて鷲獅子の頭を撫でてここまでの労をねぎらい、ふと南門に視線をやれば、

 そこにはさっきまでの逃げ惑う人々の嘆き声とは全く異なる怒声が鳴り響いている。


「やっと来てくれたにゃ」


「ああ」


 あのとき街の南で煙を目にし、即座にグリフォンを召喚。

 ライル達を置き去りにしてクロと二人で空から街の外壁を突破したけれど、

 街から引き離された他の連中も、急ぎ反転しアールスを目指してくれたようだ。


 街中で暴れまわるゴブリンを一匹ずつ潰して回っている余裕はない。

 一刻も早く街の平穏を取り戻すには、召喚術士を探し当てて送還させるしかない。

 ゴブリンの相手は外から戻ってきた奴らに任せ、

 オレは自分にできることを為すべきだ。


 敵召喚術士がどこにいるかは分からない。

 ひょっとすると、どこかの家屋に隠れているのかもしれない。


 ただ、予感があった。

 

――多分どこかから見ている。


『どこか』までは分からない。

 でも、オレが敵の立場ならどうするかを考えれば答えは二択。

 ことが済むまで絶対安全な場所に隠れるか、

 発見されるリスクを取りつつも全景を見渡せるところに陣取るか。


 街ひとつ滅ぼすなんて大事をかましているのに、ゴブリンを適当に暴れさせるだけというのは腑に落ちない。

 常に状況を監視し適切な箇所にゴブリンを投入しないと、仕掛けの割には成果が上がらないのではないか。

 何しろ、ゴブリンは最弱と言っても過言ではない魔物。

 街の人間だって必死になれば十分仕留め得るほどの力しかないのだから。

 ……おやっさんのような例外は除くとしても。


 隠れているか、見ているか。

 オレは後者に賭けた。


 ここまでのことをやらかす人間が、大一番に身を隠すような臆病者であるとは思えなかった。

 作戦の完遂に向けて、多少の危険に身を晒すことを厭わないのではないか。

 この敵は多分そうするという奇妙な確信があった。


 グリフォンに跨って空を旋回、地上を偵察すること暫し、

 下街中央の高い家の屋根に、灰色の怪しい人影を発見。

 マントから抜き出した右手が光り輝き、何匹ものゴブリンが現れては街に散ってゆく。


――当たりだ。でも……


 背後からの奇襲は――無理か。

 頭を上げた灰色マントの顔がこちらを向いている。

 その内側を垣間見ることはできないけれど、奴もまたオレを見過ごしたりはしないだろう。

 戦うしかない、正面から。



 ☆



「僥倖など、そう何度も続くものではないな」


 クロとともにグリフォンから相手と同じ屋根に飛び降り、こちらも左手に『万象の書』を構える。

 対峙した灰色マント――顔を白い仮面で隠している。怪しすぎる――は、こちらの姿を見るなり自嘲気味に笑った。


――僥倖?


 この状況下でこの相手から聞くには、あまり気分の良くない言葉を耳にして眉を寄せる。

 眼前の若い女――声からそう判断した――の左手には、金と銀の装丁の薄く輝く一冊の書。


「……やっぱり召喚術士か」


 予想できていたこととはいえ、嘆息を禁じ得ない。


「こちらも、街にあの男以外の召喚術士がいるとは聞いていない」


 仮面のせいか少しくぐもったその声は、どこかで聞き覚えがあるような気がした。

 少しハスキーで、どこか不満げで、苛立たしげな。


「鏡見ろよ」


 オレも、クライトス以外に同年代の召喚術士がいるなんて話は聞いたことがない。


「私の正体など、どうでもいいだろう?」


 嘲るように、小馬鹿にするように問いかける仮面。


「どうでもよくはねぇ。これからブチのめして全部吐いてもらわなきゃならんからな」


「そうにゃ、素直に全部ゲロするニャ!」

 

 クロが短い指を灰色マントに突き付ける。 


「ふむ、そうか、お前は……」


 こちらの言葉を無視して続ける仮面の女。

 ボロ布に隠された肩が、不気味に揺れ震えている。


「そう言えば噂になっていたな。家出した帝国貴族のご令嬢」


 何を思ったか、突然語りだす仮面。


「四大公爵家が一、アルハザート家の末姫にして未来の皇妃」


「ご、ご主人、そんなに偉い人だったんかニャ!?」


 隣のクロが驚いたように叫ぶ。

 耳と尻尾がピンピンに張っている。

 どんだけ驚いてんだ、コイツ。


「……オレのことはどーでもいいだろ」


 どこまで行っても過去が追いかけてくる。

 いい加減うんざりだぜ。


「花の妖精と謳われた美貌」


 面と向かって言われると恥ずかしいな、それ。

 足元のクロが小さく震えているのは、

 無理やり笑いを堪えているせいではないと信じたい。

 

「春を思わせる桃色の髪! 夜明けの空の瞳ッ! 新雪よりもなお白い肌ッ!!」


 だんだんとヒステリックになる仮面の女。

 何か思うところでもあるのだろうか、心の内はうかがい知れない。

 いつの間にか恨みを買うことはあるけれど、それを言い出したら切りがない。

 ……生まれつきの見てくれのことを言われても困るのだがなぁ。


「『万象の書』を産まれ持つ、神に愛された娘ッ!」


 眼前の一人舞台は最高潮に達している。


「すべてを持って生まれ、すべてを手に入れるはずだった女ッ!! 万人が望んで止まないすべてを投げ捨てた女ッ!!」


 仮面の叫びと共に、その右手に握られていた手札から光とともに新手が現れる。

 その数、三匹。

 いずれもが、一般的な小鬼よりも一回りも二回りも大きい。

 あの日馬車を襲っていた姿を思い出させる。

 ホブゴブリンだ。


「ステラ=アルハザートッ!!」


「行けっ、クロ!」


「合点承知!」


 召喚された直後、まだ状況を理解できていない鬼たちに向かって突進するクロ。

 そしてこちらは援護のための魔術の詠唱を開始。


「我が手に集いし雷よ、疾く走りて我が敵を討て!」


 この期に及んで召喚すべきは最後の切り札となる者のはず。

 それが、三匹とはいえたかがホブゴブリン。

 つまり奴の『万象の書』は、おそらくほぼゴブリン族だらけ。

 少量の魔力で頭数をばら撒くタイプの召喚術士。

 戦う力を持たない弱者には強く、そして強者には弱い速効型。


 街ひとつ滅ぼすこの作戦を遂行するために必要なものは圧倒的な兵力。

 そのためにゴブリンをありったけ詰め込んだのだろう。

 その数は百か、二百か。


――いや、その程度では済むまい。


 召喚できる魔物の数は持ち主の魔力に比例する。

 一匹ごとの負担は小さくとも、それだけの召喚を行えば余裕はなくなる。

 大胆な作戦をとるにふさわしい徹底的に割り切った構築。

 敵ながらあっぱれと言いたいところだが、

 その構成では追いつめられた時に巻き返しが効かない。


「『雷撃』!」


 クロという圧倒的戦力がいる以上、オレの仕事は相手の足を止めること。

 それならば、この雷撃の魔術!


「疾れッ『雷切』ッ!!」


 殺意に満ちた声とともに、フードに隠されていた右手が跳ねる。

 そこに握られていたのは薄いカードではなく、歪な形をした短剣。


――あの剣は!?


 想像が回答に至るより早く、いきなり出現した紫色の光に視界が埋め尽くされ――


「ガハッ」


 雷光直撃。

 身体はその場に崩れ落ち、一瞬意識が遠のく。


「で、電撃の魔剣、だと……」


 迂闊だったというほかない。

 召喚術士だからと言って、最後の切り札まですべて魔物とは限らない。

 魔剣というのは想定外だが、強力な武装を隠し持っている可能性は十分にあった。

 とはいうものの……


「……一撃というわけにはいかんか」


「ご、ご主人!?」


 ホブゴブリン二匹を踊るように引き裂きながらクロが叫ぶ。

 いつもはふさふさの手による打撃戦を重視するところ、

 今回は爪を伸ばして殺傷力の高い斬撃仕様。

 

――お前はホブゴブリンに集中しろ!


 指示を飛ばせない己の身体を呪う。


 三階建ての屋根の上で身体が動かせないという現実は厳しい。

 あの魔剣の雷にしても、至近距離では非常に厄介。

 一撃ごとの威力はなくとも、あの速度では回避は困難。

 何度も打たれてはただでは済まない。


 魔剣か、ゴブリンか。

 奴の手札は二つに一つ。

 どちらにせよ魔力を消耗するというのなら、どっちを選ぶか。


――やれるもんなら、やってみやがれ。


 先ほどの一撃から察するに、魔剣にはこちらを即死させるほどの威力はない。

 使うとすればゴブリンだろうか。

 ゴブリン相手なら、すぐに殺されるということはなかろう。


 身体の動く箇所をフル稼働させて、

 地面に落ちた虫が蠢くようなみっともない動作。

 なりふり構ってなど居られない。

 いまだ震え続ける膝に手をついて、辛うじて立ち上がる。


 ……オレの手には既に切り札が握られている。

 たとえゴブリンに集られようとも、この手札は切らない。

 奴がオレに接近して止めを刺そうとするその瞬間まで、オレは耐える。


――たとえオレがどうなろうとも、お前を倒せばこっちの勝ちだ。


 だが、そんなこちらの意図に反して仮面女は『万象の書』を開かない。

 かといって、魔剣の雷を閃かせることもしない。


「フン、まあいい。私の目的はとうに達せられている」


 忌々しい姿に気を取られ、つい熱くなったと仮面の奥で笑う。


「どういう、ことだ?」


 途切れ途切れの質問に、女は答えることなく。

 代わりとばかりに街の中央近くでひときわ大きな爆音が響く。

 あれは――


「言ったはずだ。僥倖だった、と」


 人間の魔術士数人がかりでもかくやと思わせる威力の炎。

 内壁の人間がやってきてゴブリンを掃討してくれている?

 そんな都合のいい話はない。

 先ほど空に上がったついでに見たのだ、固く閉じられた内門を。

 外に出た人間はようやく戻り、ゴブリンを掃討し始めているところ。

 となると残されている可能性は――


「あ、あれは、まさか……」


 痺れの取れない身体が忌まわしい。

 この状況で考えられることは一つしかない。

 

 余計なことに気を取られた瞬間に、腹に衝撃。

 一瞬で間合いを詰められて蹴り飛ばされた。

 だが、ただではやられてやらないッ!


――この瞬間を待っていたッ!

 

「来い、『スライム』!!」

 

「何ッ!?」


 身体が空に放り出される僅かな時間を、

 オレは自分の身を守ることよりも奴を倒すために使う。

 ゼロ距離でこそ真価を発揮する切り札。

 あのダンジョンで人狩りどもを丸のみにした、このスライムでッ!


「ゥアッ、き、貴様ぁッ!!」


 絡みつくスライムに向けて残った魔力を全力で放出し捕食を避ける仮面女。

 しかし強力な酸の身体を持つ魔物は、女を守る衣服を溶かし――

 白仮面とマントの奥に隠されていた顔の一部を陽光のもとに晒す。

 金色の瞳、そして尖った耳――


――あれはッ!?


 衝撃的な光景に、自分の置かれている状況を忘れた。

 痛みを感じる暇もなく、動かない身体を吹き飛ばされ、

 ふっと重力から解放された奇妙な感覚に包まれる。

 屋根の上から宙を舞ったオレの身体は、

 しかし地面に叩きつけられて赤い花を咲かせることはなく。


「クェエェェェッ!」


 危機一髪。

 召喚したまま空中に待機させていたグリフォンが間に合い、ボフっとその背中に受け止められる。


「くぇぇ……」


「サンキュー、よくやった!」


 ぽんぽんと頭を叩いて感謝を示す。


「へぇ……ずいぶん魔物と仲がいいんだね、ポラリス?」


 この場にそぐわない耳慣れた声。

 アールスに来てから毎日のように見慣れた姿。

 手入れされていない銀色の髪。

 エキゾチックな小麦色の肌。


「り、リデル!?」


 ここ最近見ていなかった、オレの姉代わりの人物。

『緑の小鹿亭』のハーフエルフであるリデルが、そこにいた。

 左手に『万象の書』を携えて。

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